うたまる
- 記録初日
- 2009年12月10日
- 経過日数
- 798日
- 読んだ本
- 677冊(1日平均0.37冊)
- 読んだページ
- 218502ページ(1日平均115ページ)
- 感想/レビュー
- 481件(投稿率71%)
- 本棚
- 0棚
- 性別
- 男
- 現住所
- 大阪府
- 自己紹介
- まさかとは思うが・・・
誰もこのページに気づかないだろう。「おおっ!」と思ってもナイスは打たないし、気になってちょいちょい覗く読書家さんがいてもお気に入りにしてないし、一切つぶやかないし、相性が上がると25%以上にならないよう低ユーザー本を連読したりしてるから。
まさかとは思うが・・・
それでも読友検索で「ふたまる」とか「うたまろ」とか「こなくそ」とか入力する際、間違いで訪問されるケースがあるかも知れない。そんな時、「なぜ感想じゃなく抜書きなんだろう?」なんて疑問を持たれたらどうしよう。
まさかとは思うが・・・
疑問を晴らすべくメールで聞いてみよう、と思われたらどうしよう。そう、先に書いておけば納得してもらえるだろうか。似たような作品なら常に同じような感想になってしまうから。作者ごとに異なる表現やアプローチが楽しめるだろうから。再読のたびに新たな言葉に魅かれるから。運よく得ることができた新たな知見を手放したくないから。意味よりもその語感やリズムの虜になることがあるから。その時はよく分からなかった言葉でも時の経過により感応や熟成をすることがあると信じているから。また、気に入らない作品でも罵詈雑言を書かなくて済むから。
まさかとは思うが・・・
メールは送られなくても読書履歴から変わり者と思われはしないだろうか。ジャンルを散らすのは視点が固定化しないために。ノンフィクションが多いのは教養の足しにしたいから。文芸を噛ませるのは未だ人の心がよく分からないから。歴史ものを読むのは目の前の景色にさらに深みと愛着を感じることができるようになるから。ビジネス書を挿むのは仕事で役立てばという嫌らしさから。海外作品は私なりの国際交流。伝記は糞生意気な自分への戒めに。エンタメ系は読書の骨休めに。文庫が多いのはスペースと経済的理由から。
だけど、それが伝わるものなのか。
まさかとは思うが・・・
履歴から私の心の揺らぎを読み取られないだろうか。過去に抜書きした箇所が後から見るとこっ恥ずかしい時、読了はしたが実は内容を読みきれなかった時、1年以上積読扱いにしている本のリストを眺める時、登録した本が「no image」だった時、の揺らぎを。
まさかとは思うが・・・
こんな文章、誰一人読まないのでは・・・
平成24年より感想も書くようになりました。
恐れていたように、毒が溢れ出して止まりません。
なるべく穏やかに書くようにしているつもりですが、毒が溢れ出して止まりません。
不愉快になる可能性大ですので、読むことはお勧めしません。
新着情報
痛い本。それも激痛の部類。そもそも「街場」を語んのに、非街場的な言葉しか出てこうへん不思議。300ページ近く費やしとんのに伝わらんのは読者のせえか?解説の内田氏まで「たぶんそのような一連のふるまいのことではないか」と言う始末。地元愛から来る独善的排他的与太言葉で罵倒するのはええ。いやむしろ歓迎する。そやけど、安倍元総理を腐すのに宮台真司は無いやろ、ミシュランを笑うのにアラン・デュカスは無いやろ。独りで喧嘩もでけへんただのヘタレなら、大阪人でも応援でけへん。
読み終わった本(677冊)
最近のコメント(481件)
![]() | 陰陽師 太極ノ巻 (文春文庫) 「そ、それはつまり、美というものがこの世に在るためには、それを見る者と、見られるものが必要ということか」「そういうことだ、博雅」「む、むう」「源博雅だけがいて、月が無いのでは美はない。月だけがあって、源博雅がいないのでは、やはりそこに美はない。源博雅がいて、月があって、はじめてそこに美というものが生ずるのだ」(東国より上る人、鬼にあうこと) 02/15 |






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