AICHANさんの感想・レビュー一覧(204)
AICHAN >> 戦争と国土―司馬遼太郎対話選集〈6〉 (文春文庫)
奇しくも司馬さんの命日に再読を終えた。司馬さんは昭和30年代初頭から日本の国土が何の思想もなく破壊され投機の対象になっていくのをリアルタイムで目撃し続け、このままでは日本は滅びると深刻に悩んだ。司馬さんは土地は「公」であり土地を共有する思想が不可欠だとの考えに辿り着く。後のバブルとその崩壊を予言するような言葉も散見される。8編の対談の最後は司馬さんの遺稿のひとつとなった「日本人への遺言」。他に、昭和軍部の愚かさの象徴とも言えるノモンハン事件についての対談なども。すべて噛み締めて読ませていただいた。
02/12 コメント(0)
奇しくも司馬さんの命日に再読を終えた。司馬さんは昭和30年代初頭から日本の国土が何の思想もなく破壊され投機の対象になっていくのをリアルタイムで目撃し続け、このままでは日本は滅びると深刻に悩んだ。司馬さんは土地は「公」であり土地を共有する思想が不可欠だとの考えに辿り着く。後のバブルとその崩壊を予言するような言葉も散見される。8編の対談の最後は司馬さんの遺稿のひとつとなった「日本人への遺言」。他に、昭和軍部の愚かさの象徴とも言えるノモンハン事件についての対談なども。すべて噛み締めて読ませていただいた。02/12 コメント(0)
AICHAN >> 歴史をかえた誤訳―原爆投下を招いた誤訳とは! (新潮OH!文庫)
洋画を観ていて「外国人はよく口喧嘩するな」といつも感じる。だから私は外国には住めないと思う。ただし外国人たちは口喧嘩してもすぐ謝ったりフォローすることが多い。相手を傷付けないルールがあるのだろう。日本人は口喧嘩を事前に避けようとする。これは一例にすぎないが外国と日本はそれほど違う。従って両者の政治・経済・文化交流は難しく、両者の間に入る翻訳・通訳の誤訳が多発する。この本では歴史を過らせた「誤訳」が沢山紹介されている。「黙殺」が「拒否」と誤訳されて原爆が落とされた怖い誤訳から呆れて笑ってしまう誤訳まで。
02/09 コメント(0)
洋画を観ていて「外国人はよく口喧嘩するな」といつも感じる。だから私は外国には住めないと思う。ただし外国人たちは口喧嘩してもすぐ謝ったりフォローすることが多い。相手を傷付けないルールがあるのだろう。日本人は口喧嘩を事前に避けようとする。これは一例にすぎないが外国と日本はそれほど違う。従って両者の政治・経済・文化交流は難しく、両者の間に入る翻訳・通訳の誤訳が多発する。この本では歴史を過らせた「誤訳」が沢山紹介されている。「黙殺」が「拒否」と誤訳されて原爆が落とされた怖い誤訳から呆れて笑ってしまう誤訳まで。02/09 コメント(0)
AICHAN >> ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)
「聖書は非科学的記述だらけなのになぜ西洋人はキリスト教を信仰できるのか、キリスト教はなぜ世界宗教になったのか」という私が抱える長年の謎は解決されなかった。曰く「科学を作った人びとだからこそ奇蹟を信じることができる。これが一神教的に正しい。(奇蹟は)合理的な自然法則(を認めた上で、それ)に対する…例外…。このことは一神教文化圏の常識だし国際常識」。詭弁のようなこの説明で日本人が納得できるとは思えなかったが、「ははあ」と受け入れることはできるかもしれない。キリスト教が余計に「ふしぎ」になってしまったかも。
02/02 コメント(4)
「聖書は非科学的記述だらけなのになぜ西洋人はキリスト教を信仰できるのか、キリスト教はなぜ世界宗教になったのか」という私が抱える長年の謎は解決されなかった。曰く「科学を作った人びとだからこそ奇蹟を信じることができる。これが一神教的に正しい。(奇蹟は)合理的な自然法則(を認めた上で、それ)に対する…例外…。このことは一神教文化圏の常識だし国際常識」。詭弁のようなこの説明で日本人が納得できるとは思えなかったが、「ははあ」と受け入れることはできるかもしれない。キリスト教が余計に「ふしぎ」になってしまったかも。02/02 コメント(4)
AICHAN >> ライジング・サン (ハヤカワ文庫NV)
この小説を初めて読んだとき私は出版業界にいて、アナログ作業がデジタル作業に一変するまさにその瞬間をリアルタイムで目撃していた。だからフィルムをデジタル加工する話には驚かされたが「あり得る」と受け入れることができた(そんな技術は当時すでに開発・実用化されていたが私は知らなかった)。クライトンの描く世界は常に未来予想図だった。しかし「日出ずる国」は今や凋落してしまった。クライトンでもそれは予測不能だった。今後の日本は「日没する国」でいいと思う。山は昇り切った。あとは下山すべきだ。置き忘れてきたものを探すため。
01/29 コメント(0)
この小説を初めて読んだとき私は出版業界にいて、アナログ作業がデジタル作業に一変するまさにその瞬間をリアルタイムで目撃していた。だからフィルムをデジタル加工する話には驚かされたが「あり得る」と受け入れることができた(そんな技術は当時すでに開発・実用化されていたが私は知らなかった)。クライトンの描く世界は常に未来予想図だった。しかし「日出ずる国」は今や凋落してしまった。クライトンでもそれは予測不能だった。今後の日本は「日没する国」でいいと思う。山は昇り切った。あとは下山すべきだ。置き忘れてきたものを探すため。01/29 コメント(0)
AICHAN >> わが師大山倍達―1200万人への道
大山倍達の“伝説”を裏付け極真会館内部抗争の原因を暗示する本。当時、極真会館では多くの高弟が去る事件が頻発し、大山批判の本が出るなどして内外ともに揺れていた。この本出版の目的は極真ファンを納得させ引き止めることだったろう。著者とはこの本が出版された数年後に取材で会い、著者の語る生のマス・大山像に私は戸惑い、勝手に美化していた大山像が崩れた。その口調等から、著者自身が進んで執筆したのではないなと感じた。取材中、大山氏が急逝した。その後、今度は極真会館が多くの派に分裂し著者も主流派を批判し別派を立てた。嗚呼。
01/24 コメント(0)
大山倍達の“伝説”を裏付け極真会館内部抗争の原因を暗示する本。当時、極真会館では多くの高弟が去る事件が頻発し、大山批判の本が出るなどして内外ともに揺れていた。この本出版の目的は極真ファンを納得させ引き止めることだったろう。著者とはこの本が出版された数年後に取材で会い、著者の語る生のマス・大山像に私は戸惑い、勝手に美化していた大山像が崩れた。その口調等から、著者自身が進んで執筆したのではないなと感じた。取材中、大山氏が急逝した。その後、今度は極真会館が多くの派に分裂し著者も主流派を批判し別派を立てた。嗚呼。01/24 コメント(0)
AICHAN >> 五人のカルテ (ハヤカワ文庫NF)
故M・クライトンが医学生のとき体験したことを元に1970年にまとめ、「ER」の原点にもなった作品。医学と医術、病院と医師と医師会、診療と医師教育の実態と問題点などについて、救急病棟に運ばれた症例を紹介しながら考察している。1994年に著者自身がこの自著を読んでこう振り返る。「医学がいかに変わったか…また、それと同時に、いかに変わらなかったか」と。内容は示唆的で現代にも十分に通用する。病院を公益事業ではなく産業と考える人、病院と診療はこんなもんだとあきらめている患者、そして医師たちにぜひ読んでほしい。
01/23 コメント(0)
故M・クライトンが医学生のとき体験したことを元に1970年にまとめ、「ER」の原点にもなった作品。医学と医術、病院と医師と医師会、診療と医師教育の実態と問題点などについて、救急病棟に運ばれた症例を紹介しながら考察している。1994年に著者自身がこの自著を読んでこう振り返る。「医学がいかに変わったか…また、それと同時に、いかに変わらなかったか」と。内容は示唆的で現代にも十分に通用する。病院を公益事業ではなく産業と考える人、病院と診療はこんなもんだとあきらめている患者、そして医師たちにぜひ読んでほしい。01/23 コメント(0)
AICHAN >> 雑学 古代日本の謎と不思議―日本人の祖先(ルーツ)をめぐる秘話がいっぱい!!
歴史の教科書的な体裁だが中身は違う。定説も紹介しているが学会で承認されていないような説も紹介している。ただの教科書的内容なら読む気にならないがこういう内容なので何度も再読してしまう。以前、何かの書き込みで教科書的な一般論ではなく私なりの自分の考えで歴史について書いた。すると「あんた、教科書も勉強してないんでしょ」というお高いレスがあって驚いた。教科書がそんなに信用されていることに驚いた。そして、そんな人が高学歴者に多いとしたら、自国の歴史認識の甘い人がこの国を動かしていくことになると思って寒気がした。
01/20 コメント(0)
歴史の教科書的な体裁だが中身は違う。定説も紹介しているが学会で承認されていないような説も紹介している。ただの教科書的内容なら読む気にならないがこういう内容なので何度も再読してしまう。以前、何かの書き込みで教科書的な一般論ではなく私なりの自分の考えで歴史について書いた。すると「あんた、教科書も勉強してないんでしょ」というお高いレスがあって驚いた。教科書がそんなに信用されていることに驚いた。そして、そんな人が高学歴者に多いとしたら、自国の歴史認識の甘い人がこの国を動かしていくことになると思って寒気がした。01/20 コメント(0)
AICHAN >> だれが聖書を書いたのか
聖書を書いたのはキリストの弟子たちであることがほぼはっきりしているから、この本は「だれが書いたのか」の答えを見付ける本ではないようだ。多くの人間の文章の寄せ集めなのに聖書は文学と言っていいほど完成されている(欧米では聖書の文章が「国語」の手本になっていることが多い。日本にそういう文章がないのは民族の哀しさのひとつだ)。聖書はユダヤ民族の芸術性の高さを示していると言える。明快な表現をすることで有名な著者が「だれ」にこだわらず聖書の文学性の高さをしきりに強調するのは、この本でそのことを言いたかったのだろう。
01/18 コメント(0)
聖書を書いたのはキリストの弟子たちであることがほぼはっきりしているから、この本は「だれが書いたのか」の答えを見付ける本ではないようだ。多くの人間の文章の寄せ集めなのに聖書は文学と言っていいほど完成されている(欧米では聖書の文章が「国語」の手本になっていることが多い。日本にそういう文章がないのは民族の哀しさのひとつだ)。聖書はユダヤ民族の芸術性の高さを示していると言える。明快な表現をすることで有名な著者が「だれ」にこだわらず聖書の文学性の高さをしきりに強調するのは、この本でそのことを言いたかったのだろう。01/18 コメント(0)
AICHAN >> 日本人の正体―大王たちのまほろば
私たちが教科書で習う日本の古代史は「日本書紀」に依存するところ大だ。しかし、その「日本書紀」が嘘だらけなのは普通人が普通の目で見ればすぐわかる。例えば聖徳太子なんていなかったと見たほうが自然だし、大化改新は並立していた大王家同士の争いだったと見たほうが事実に近いと思うし、天皇家の祖先は朝鮮半島から渡来したと考えるのがごく自然なのだ。しかし古代史と考古学を牛耳る専門家たちは自分らの説に都合のいいように古墳の築造年代や史跡の年代を決めたりする。彼らには学閥、派閥を抜け出す勇気はないのか。
01/13 コメント(0)
私たちが教科書で習う日本の古代史は「日本書紀」に依存するところ大だ。しかし、その「日本書紀」が嘘だらけなのは普通人が普通の目で見ればすぐわかる。例えば聖徳太子なんていなかったと見たほうが自然だし、大化改新は並立していた大王家同士の争いだったと見たほうが事実に近いと思うし、天皇家の祖先は朝鮮半島から渡来したと考えるのがごく自然なのだ。しかし古代史と考古学を牛耳る専門家たちは自分らの説に都合のいいように古墳の築造年代や史跡の年代を決めたりする。彼らには学閥、派閥を抜け出す勇気はないのか。01/13 コメント(0)



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