steve
思春期から大人へ、主人公の2人が孤独という自分の世界を不器用であるが現実の世界と渡り合って行こうとしている。しかしながら、大人である彼らの親も周りもやはり孤独の中でもがき苦しんでいる。つまり、人間は自己がある限り孤独が当然であるということか。この当たり前の孤独に対して、ひとりひとり自分もやり方で順応していくのが人生なのかも知れない。しかし、それは決して悪いことではなく、生きている意味そのものなのかも知れない。などと考えせられた。うーん、いい本だ。

素数たちの孤独(ハヤカワepiブック・プラネット)
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- 02/03
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ナイスした読書家さんと感想
隣り合っているのに、決して交わることのないもの。それは素数であり、親友であり、恋人であり、家族である。心に傷を負ったマッツィアとアリーチェ。2人の恋愛模様を軸に読むと物足りないのだが、それはきっと作者の意図しているものではない。ヴィオラのパーティーで2人が手を繋いで現れたシーン、その、2人で1人であるかのような姿が目に浮かぶ。映画版で最も観たい場面。ラストは決して明るいものではないが、一筋の希望の光が2人をそれぞれに照らすかのようで、美しく、優しい。それにしても、数字って小説のモチーフとして優秀だなあ。
心の傷が身体を傷つけ、体の傷が心を傷つける。 心象風景が近いからこそ一緒になることを選べない。 それは最終的な別れを恐れているからなのか。 人は誰しも孤独なもの。割り切れる自然数だってその約数とイコールなわけではないのだから。 でも隣には常に連続する数字がいる。イコールじゃなくても人生を共に出来る。 それにマッティアが気付きますように。
タイトルは少々強面だけど、ぐいぐい読ませる力のある物語でした。欠落をいとおしむ主人公のふたりを素数になぞらえた物語。なにもかもわかりきることは出来ないそれぞれの宇宙を抱えて、誰しも孤独であり自由であるのだな。小川洋子の「猫を抱いて象と泳ぐ」をちょっと思い出した。






