tomo*tin
薄い膜が常にある。破れそうで破れない。おかげでうまく交わることができない。世界との差異、他者との差異、膜はその境界を見せつける。感情や感覚は曖昧で、けれどその曖昧なものに依存することで彼らは息をする。形あるものは融合しない、ならば形ないものならばどうか。隙間なく埋め尽くされ重なり合うことは可能か。可能だとして、それを願うことは罪か。粉砕された骨が砂の様に降る中、私は正しいことと正しくないことの差異について思いを馳せる。著者の書く言葉は世界に真摯だ。とても美しく、とても好き。

骨、家へかえる (講談社Birth)
ナイス! ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ -
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- 07/03
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ナイスした読書家さんと感想
「うまれたことのこうかいか/しんでいくことのこうかいか」行き先などとっくに失くしてしまっていた。出口のない森に迷い込んだちっぽけな自分を思い浮かべる。悲しく愛おしい。言葉がひとつひとつ沁み込んでくる。痛みを実感。なのにこのやさしさはいったいなんなんだろう?詩も読んでみよう。
★★★★★ 人は「差異」を敏感に捕獲し蓄える。この小説では四人の男女の「差異」による内省が、スクランブル交叉点を歩く人間の如く同時に、肩をぶつからせながら描かれている。貴方又はあの人と私、記憶と現在、真意と意図。一つ言えるのはそこには私が常在し、私による価値基準で、私が持つ判断材料で「差異」と下し距離を置くのである。私が私であるが故に感じてしまう「差異」であれば私でなければ良い、と前に読んだ著者の詩集で、もや掛かる違和感があったのだが、今回は受容があり感じなかった。独自の美しい言葉が置かれている。






















