lisa
女の一生のなかで、少女と呼ばれる一瞬の時期がいちばん残酷で、いやらしい性を持ち合わせているのだとおもう。じぶんの衝動に正直で、他人を傷つけることもいとわない。それでも許され、惹き付けられるのが少女だ。でも、いつか少女は女になり、手に入れた様々なものを捨てなければならなくなる。だから、少女は神々しい。ラストで未紀が、十五、六歳という設定なら、私のなかでは完璧。

聖少女 (新潮文庫)
ナイス! ★★★★★★★★ -
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- 06/06
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ナイスした読書家さんと感想
喫茶店「モンク」の様式にあるように 戦後のゴシック文化の原点として見る人もいる。当時は澁澤龍彦はサド裁判の渦中。本書も初版は装丁も耽美な豪華本だったそう。成熟拒否の少女意識と結託するとゴシックいう意味で、未紀は元祖ゴシック・ロリータか。少女幻想にとどまるなら 後に出る元祖オタク・森茉莉の延命少女意識の妄想世界があるが、魅惑的な少女幻想世界をつくりあげたうえで それをおしげもなく葬り去ろうというが この小説。これを最重要少女小説とする桜庭一樹の「砂糖菓子・・」も 今読みなおすと本書を相当意識している。
荒唐無稽な神話も、時計の針がすすむにつれて、いともたやすく日常へと変わってしまう。空から月が消えれば、人はみな驚き慌てふためくだろうが、いつしかその世界に慣れてしまう。このトロイアの木馬という獄を知らずに、圧倒的な非日常を望む子供たち。彼彼女は、どうにかして抜け出せない世界から解脱を計ろうとする。それは喩えば、英雄になることであったり、禁忌を犯すことだったりする。そして、最期には誰もが気づいてしまうのだ。「現実を喰いつくすことはだれにもできない」、と。あるいは、それが大人になるということなのかもしれない。
一年ぶりに読み返す。流麗な文章の中で私は窒息しながら恍惚を思う。少女は少女であるがために残酷で美しいのではなく、残酷で美しくあるがために少女なのであり、そこに介入する物語は暗い幸福を彩る花なのだと思う。そして私は「かつて少女だった」作家がお気に入りで、降り続く雪を「無数の白い蝶の死骸」と書く著者が大好きです。桜庭さんの解説も良い。










