左脳
思春期未満の少年は、日常の全てを冒険にすることができる。その時はそれが特別なことだとは気付かない。しばらく時間がたってから、ふと振り返った時に記憶の中で輝く何かが見える。我々1人1人の中に思い出という幾つかの小さな神話が眠っているのだ。

南の島のティオ (文春文庫)
ナイス! ★★★★★★★★★ -
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- 05/14
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ナイスした読書家さんと感想
今回初めて読んだのだけど、南の島の太陽や潮の匂いに既読感を覚えました。子ども頃、このような日焼けの匂いのする健康的なお話をたくさん読んだからでしょうか。いえ、既読感なのではなく、既視感なのかも。むかしむかしに、ティオたちに会ったことがあるかもしれません。この本を読むまで、すっかり忘れていたけれど。
豊かな自然と人間味あふれる常夏の島に暮らすティオ。自然の美しさ・偉大さ・不思議さと、自然と人間の共生の素晴らしさを感じました。注意深く読むと、ティオの成長とともにこの南の島の生活も少しずつ変わっていく様子がわかります。
『思い出袋』で引用されており読破。南の島のおだやかな生活。そこに惹かれてくるもの、去るもの。ティオを中心に様々な人々との出会いや出来事。これらを通したティオの成長も感じることができる。特に、最後の章でのエミリオとの友情を通した未知(大人)の世界への旅立ち。神との触れ合い。表裏もなくまっすぐな少年。さわやかな印象である。一方で、失われる「大切なもの」があることを再認識するとともに、その貴重さをも訴えているようにも感じた。これは魚の獲り方などだけではなく、マリアとホセの”時間”もそうだと思う。「勇気は愛」。カ
児童文学として子供だけに読ませておくのは勿体無い。一方、大人のための上質な癒し、みたいなタグを付けて本棚に放り込んでおくのも同じように勿体無い。何かこう、幻想の中で生の本質的な部分に鋭く触れられているような気がして、おののく。
僕が関わっていたのはまさにこんな地域で、そりゃもちろん紛争の傷跡生々しいのだけれど、それでも人々の心のどこかにはティオたちと同じあたたかい海のような精神が息づいていた。たとえばせっかく豊作で収入が増えたくせに貯金もせずその晩のお祭り騒ぎですっからかんにしてしまうのも、実は神さまにお礼とお祈りを捧げているからなのかも。そして凶作のときに僕たちは異常気象だと嘆くけど、彼らは「神さまが怒った」と平気でいう。こんなとき、僕はどっちが正しいのかわからなくなる。だって事実を知ることと安心することは全然違うことなのだ。
気分転換に日帰りの小旅行に出かけてきたみたいな読後感。ティオの目を通してみた島での出来事が10篇にまとめられて、その1つ1つが共鳴し合い、心地よいハーモニーを創り出しています。ちょっと不思議な出来事もありのままに受け止められるのは、人と自然の距離が都会でくらす私よりもずっと近いせいでしょうか。池澤夏樹さんの文章と世界観はほんとに素敵です。手元において何度も読み返したい一冊。
行ったことのない場所、あったことのない人たちなのに、何だかなつかしいような気持ちになる。昔(もしかしたら生まれる前に)私はこの人たちと親しくお付き合いしていたのではないか、と思えるような人たちの、少し不思議で名残惜しいような物語でした。












