ナイスした読書家さんと感想
もう終わってしまったこと。男も女も、殺したものも、殺されたものも、苦しみも、憎しみも、愛も、みんな墓の中。。。マジックリアリズムを取り入れたとか、駆使したとかじゃなくて、この作品自体がマジックリアリズムの純粋な「結晶」って感じだ。一切の余分をそぎ落とした文章の中に、切なさ、はかなさ、無常さが凝縮されている奇跡のような一冊。
どうしてこんなになってしまったのか、驚愕である。この小説の言葉は、私たちの世界の言葉とはあまりにもかけ離れていて、ここにあり得ないほど奇異で凄惨な世界が立ち上がっている。本書を語ろうとするとそういう言語コードの齟齬が生じて何も考えられない。断片を繋ぎ合せる極小の円環と小説全体を包む極大の円環が読者の遠近感を錯乱させ、妙に生き生きした、不毛の大地に支配された不思議な語り口が狂おしいほどの熱狂を一手に引き受けている。今はそれしかわからないが、この世界には全く理解の範疇を越えた自分の知らない場所がまだあるのだ。
愛も血もグッシャングッシャンにかき回されて重油の様になった感じで、読んでいる時はかなりストレスが溜まるが、読み終わった後の印象もとても大きい小説。固有名詞が多くて、ボンヤリしていると訳がわからなくなったりするのでチューイ。
「父さんが殺されたんだよ」「じゃ母さんを殺したのは誰?」。主人公が訪れた死者の町。徘徊する死者たち。濃密な死の雰囲気の中で短い断章が暴力を、美しい緑を、強欲な男を、町の死を力強く描いていく。一つの短篇集と一つの長編だけを残した作者の全てが凝縮している。「夜は罪でいっぱいなの、フスティナ?」「そうよ、スサナ」
ラテンアメリカ文学でおそらくははじめて語りに錯綜する時間意識を取り込んだ傑作。生者と死者の脱境界的な混淆は、日常=非日常のマジックリアリズムの「ただしい」古典ともいうべき。「夜空に満ちあふれる星空をみてがっかりした。わたしは静かな空がみたかったのだから」
正直、最初のうちは戸惑った。過去→現在→未来というシーケンスが完全に無視されているばかりか、生と死の境界すら定かではない。末期の人間の頭の中を覗いてみたら、案外こんなかもしれない。あまりに曖昧な世界。にもかかわらず、そこからは雨上がりの土の匂いが、砂の混じった風の感触が、そして窒息しそうなほど濃密な夜が、たしかに立ち上ってくる。これほど妖気に満ちた(?)傑作はそうそうないと思う。あんまり似てもいないのだが、エイモス・チュツオーラの『やし酒飲み』を思い出した。凄い。
顔も知らぬ父親ペドロ・パラモを探して死者の町コマラへやってきた「おれ」。死者や亡霊たちと関わり合っていくうちに、次第に語りの時空はねじれ始める。そしてあらわになるペドロ・パラモの生涯と「おれ」の正体。傑作。


ナイス!

















いやぁなんだかもうぐるんぐるんで凄そう!!そして、その三半規管がぶっ壊れる感じに追い付けなくて挫折もしそう!で、別の意味での迷い子になってどこかぴよーんと放りだされそう!なんとも難しそうな本です。ああでも素敵。
ぐるんぐるんで凄かったです!けど、そんなに難しくはない…と思います、たぶんね(笑)きっとRoyさんなら迷子にならずに辿り着けると思いますよ~。よかったら順番待ちの一冊に加えてやってください(笑)