「心の専門家」はいらない (新書y)
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「心の専門家」はいらないの感想・レビュー(30)
臨床心理学、カウンセリングを通して、社会の心理学化と心のモノ化に警鐘を鳴らす本。元々現場で働いていただけあってその批判は鋭く、カウンセリングに伴う権力関係や心理学による個人の内面への閉じ込めを上手く批判している。けれど、だから心の専門家より地域の繋がりや家族関係、人間の繋がりを復興しよう、というのは非現実な感覚はどうしてもつきまとう。むしろ、それが機能不全だから心理学化が進んだんじゃないかな。そうした偏りを除けば、概ね読んで損はない、秀逸な本だ
10/14:ヌーベル
08/16:たか
07/20:おしゅむしゅむ
06/20:ボブ
01/30:弓兵 Lv.2
12/07:wakabaroom
11/30:shogo
11/09:たわ
09/02:overture
02/21:凶香
カウンセリングは問題設定をすり替える技術であり、問題を社会的な状況から切り離して個人のものにしてしまう、という指摘は重要。ただし、例として出てくる児童虐待や医療(含む精神科医療)に対する知識・理解は不十分で、許容できないレベル。あと、第3章に出てくる「短期療法」はいかにもオカルトっぽくて笑えた。
11/26:overture
10/22:白薔薇
10/11:TsumuRi
カウンセリングの問題点は、「問題を抱えた主体」をゆるめると同時に強化するという二律背反につきる。自分が問題視していなかった事柄さえ、語っていくうちに「問題という物語」として語り出してしまう。そうすると、問題を解消するためにカウンセリングに行くのか、それともカウンセリングに行ってしゃべっているから問題にとらわれたままなのかよくわからなくなってくるのである。カウンセリングという場を相対化していく度量ももちあわせないと、案外「問題という物語」に幽閉されたまま、独語論をつぶやき続けることになるかもしれない
p.130、『「心の問題」というのは、(中略)現実にはしょせん生き方の問題のことである。』/主張に納得。人に話すことが出来るということは、つまりその相手を信頼していると言うことは、あると思う。/カウンセリングは、問題の所在を、外部から個人的なものに摩り替えてしまう(恐れがある)、とある。身近な人に話すことで、その関係が崩れかねない現実があるからカウンセラーなり専門家のところに行くのだとすると、ジレンマだ、と思う。
05/15:hiro
01/23:sugar
02/26:不動 明
11/04:蘇我倉山田石川麻呂
11/26:ふぇるけん
--/--:ごーえんじ
--/--:ニニギ
--/--:哲学者ゲリノビッチ
さすが、洋泉社!wwなんて書き方をすると怒られるが、非常にはっきりとした対抗路線の内容。臨床心理士を斜めに見ているソーシャルワーカーの私にとっては、たいへんよいエネルギーと側面を与えられた。一昔前に流行になった心理士職を目指していた同期たちは、今これを読んだらどう思うかな~。。
--/--:스크리바시온
「心の専門家」はいらないの
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感想・レビュー:6件














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