メメント・モリ
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メメント・モリの感想・レビュー(119)
心がざわめく言葉がいっぱい。“病院では死にたくないと思った。なぜなら、死は病ではないのですから”“かみさまの、あたたかい小さな筆さばき。”“黄色と呼べば、優しすぎ、黄金色と呼べば、艶やかに過ぎる。朽葉色と呼べば、人の心が通う。”“人体はあらかじめ仏の象を内包している。”“死のとき、闇にまようか 光に満ちるか 心がそれを選びとる。”
メメントモリ。心の深い所に波風をたてる本です。ショッキングな写真も、何でもない写真も心をゆさぶります。魂が宿る写真!現状の生活を大切にしながら、人間の本当に大切なものを感じたい時に眺めて行きたい本です。
心がざわつかずには居られない。読了後はしばらく、ぼぉ~としてしまった。
★★★★★ 良書。読むたびに気付かされることがある。例えば、「真最中」という言葉が書かれた頁。木が写った写真に真最中と書かれている。何が真っ最中なんだ、と思ったが、考えてみるとある事に気付かされた。見えている部分で動き続けていることがその物事の真っ最中ということではない。僕らの見えていない部分でも木にとっては何かの真っ最中なのだ。それは光合成かもしれない。呼吸かもしれない。もしかしたら恋なのかもしれない。その真実はわからないが、それがとても大切な事はわかる。様々な事に気付かされる。
????? 初の判定不能(笑)ミスチルの「花」という歌のサブタイトルとしても使っており、また先輩に紹介されたので購入。「死を想え」という意味で、中身は写真集であり詩集。衝撃的な写真もあり、理解するにはこっちが浅い人間なのか、それとも最初から意味不明なのか・・・。まさに判定不能。
写真は引き込まれるものばかりだし、それに添えられているフレーズも印象的。美しい写真と醜い写真、どちらもあるが、美しさと醜さが一冊に詰め込まれていることが、この本の題名を彷彿とさせる。「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」という言葉が最も心に残っている。犬に食べられることもできるぐらいだし、ニンゲンはやろうと思えばいろんなことができるんだろう。
図書館でふと目に入った題名。『メメント・モリ』、死を想え。思わず手に取った。パラパラめくり、写真に惹かれ、言葉に翻弄され、数分の間で魅せられる。/契り一秒、離別<わかれ>一生。この世は誰もが不如帰<ほととぎす>。
メメント・モリは1983年の初版を持っていたが、21世紀エディションが出ていることを知り購入。久しぶりにぱらぱらとページをめくった。新たに幾つか写真が増えたのがうれしい。自分にとって一生出会えそうもない風景と、どこかで出会ったような懐かしい風景が1冊の本に共存しているところが気に入っている。藤原さんが写真につけたコピーも写真とマッチして印象的だ。
図。andymoriのバンド名がここから来てるらしく借りてみた。/一冊に込められているエネルギー。/あえて文字を銀色にし写真の中に溶け込ませている理由。/この本で人生が劇的に変わったわけではないが、人生、生死を考える際には手元にあるべき。
「ちょっとそこのあんた、顔がないですよ」からの始まりにはっとさせられました。前半は「死」を表現した写真が多く、後半に進むにつれ鮮やかな写真が増えてくるので次第に穏やかな気持ちになります。とくに青空の写真は「これほどまでに青く澄み渡った空が存在するのか」と思うほど。読み終えた後には少し顔に表情を取り戻すことができたんじゃないかな。
報道を見ながら、いろいろなことを考えて、ふと開いた。『メメントモリ』とは、死を考えることで、逆接的に生を考えるということに気づく。生きることを全うした『死』と突然の災害で奪われる理不尽な『死』。『死』という事象は同じでも、その意味はまったく異なる。今日あった日常が明日も来るという保証はない、わかっているつもりだったが、やるせない…
圧倒……写真も重ければ言葉もすごい。メディアを通して見た死ではなく、本物を見たからこそのか……魅せるというよりも、イメージの爆発を絶え間なく鑑賞させられる感じ。傑作。
たじろがないことばと、息を飲むような写真の嵐。鮮やかな色合いのなかにひそむ銀色の文字。光を当てながら読んでいると、手が震えました。これは著者の言うとおり、手元に置いておきたい本…。
かなりエネルギーのある本だ。読む(見る?)タイミングによっては人生を変えるぐらいのインパクトがある。本との波長が合えば共振し増幅するが、波長が会わなければなんの影響も受けないだろう。若く感性が過敏な時期に読んだ人の中で少なくない人が人生が変化したかも知れないと考えてしまう。そんな一冊だ。本書のような写真を撮影してみたい。
「契り一秒、離別一生。この世は誰もが不如帰。」死のイメージを映した写真集。改訂版には、東大の後期試験でとりあげられたあの日本人形の写真がないのが少し残念。
藤原新也氏の写真集ということで、図書館で発見して借りる。文字量が少ないからと言って、一日で一気に読むことも可能だろう。しかしそういう読み方よりも、著者も言うとおり、手元に置かれて「コーランのように」読まれるのが本著のあるべき姿だと思う。「足もとに、いつも無限の死がひそんでいる」とはよく言ったものだ。
一読しただけでは自分の中に総て入ってこないが、こんな世の中だからこそ実物の生死と向き合うことを忘れてはいけないんだと感じた。「眠りは、成仏のための、日々の練磨のようなもの。」が心に残る。
重い荷物を肩に背負わされたような気分。次第にその重さに耐えられなくなって頁を捲るのも勇気が要った。火の中からのぞく両足。燃やされている人間。その写真には「(焼かれた人間から)焼け落ちた炭素は土に栄養を与えて、マリーゴールドの花を咲かせ、カリフラワーを育てるかもしれない。」とあり、言葉と写真の比重につい悩んでしまう。
偶然手にしてページをめくると、蝶翳という文字、それと、「歩きつづけると、女は子供を孕むことがあります。歩きつづけると、男は自分の名前を忘れることがあります。」の一節。小説を書くネタにできるかと図書館より借りてきてみたが、それ以上のものがあった。これ以上は、なんとコメントしてよいか分からない。
ある程度の安全を保障されている社会という枠組みの中で、日々を過ごしている間に失われてゆく、動物的な死生観。普段目にしている全ての生在るもの、その危うさに気づいて初めて、自分の生きていることを認識させられた。色褪せないのはきっと、僕等とは切っても切り離せない根っこの部分が、写真の向こうに見え隠れするから。
「おくりびと」の対談(@ほぼ日)で知って読む。手元においてぼろぼろになるまで読んだらいいという作者の狙い。シルバーの文字が読みづらいのはわざとかな?
メメント・モリの
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感想・レビュー:47件














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