神話が考える ネットワーク社会の文化論
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神話が考える ネットワーク社会の文化論の感想・レビュー(173)
難解だった。何度もよみなおしたい。サブカル論が多く扱われるが、構造主義やポストモダン思想をそれなりに理解していないと読めない。個人的には、2ちゃんねるやニコニコ動画で頻繁に使われる「w」が、表音文字でも表意文字でもないにもかかわらず、コミュニケーションを安定させる役割をもつ、という指摘がおもしろかった。本書によれば、これはノンセンスの一例であり、リベラル化が進む民主主義社会では、ノンセンスとコモンセンスの二重化が可能になる交錯点が重要である。
当分、何度も参照することになるだろう理論的な争点も含む、また現代社会と対峙していく際の、特に「時間」を軸にした現代文化の変容に対応する視座を綿密なコンセプトで描いた良書。この手の文芸評論にありがちな難渋な表現を排した理系書のような構成にも好感が持てる。若い世代には身近なサブカルチャー(ヲタク文化)からシステム論への誘いの書として、また商工業者には今後10年を見据えたマーケティング論の実用書として、広く薦めたい。
情報社会における文化についての考え方を提示してくれる本。 神話を「文化における情報処理の様式」と定義し、「不思議の国のアリス」から「ニコニコ動画」に至るまで、幅広いジャンルについて、どのような神話があるかを記している。 著者曰く、「キーワード集的にこの本を書いた」ということで、思想や哲学関連の用語がたびたび登場し、知識がないとかなり厳しい;; とはいえ、簡単に理解できる箇所だけでも、おもしろい知見が得られたので満足。
神話は前史を語る。バルトの「作者の死」、既存の組み合わせで書かれるように。中国で軽小説が人気、郭敬明がバカ売れ、発行雑誌「最小説」が月50万部。村上春樹はグローバル化世界における「場所喪失」文学、規格品の拡がりと空間的制約の解除を利用。構造主義は基本的要素を結びつけるメカニズムの分析。ブームは通と消費者の接続、かつてはマスメディアが接続。フーコーの「生かす権力」、福祉。ホームズは遊歩民、マーロウは労働者。自由を訴える美学的作品、ネットワークを利用する生態学的作品。消費社会は消費生活の分析で作品が作られる。
難しかった。難しくてだらだら読んでしまい、結局あまりよくわからなかった。この本の中で神話とは「文化における情報処理の様式」として定義されており、具体的には(1)コミュニケーションを通じて「理解可能性」や「意味」、あるいは「リアリティ」といったものを提供し、(2)変換、変形、圧縮、置換といった操作を内蔵する。その上で、(3)「時間」にまつわる処理を本質的なものと見なしている。そうです。わからない。p15のツイッターの指摘とp36の感染性のコミュニケーション(口コミ)の話は面白かった。再読したい。
ネットワークで使われている「リンク」をキーワードにして、現代社会をシステムとして捉えなおそうという試み。比較的若い頃からインターネットに親しんでいる人なら、なんとなく著者が言わんとしている世界観がイメージできるのではないかと思う。東浩紀と関心が似ているがこちらはシステム論としての性格が強いように思う。原理となる考え方は文化論に関わらず応用できるものだろう。その分難しいので精読が必要だが。
現代社会における文化、神話のシステム論的役割を追及した本。柳田民俗学から東方、春樹に西尾維新まで取り扱う対象が多彩だが、論旨には相当一貫性がある。データベースと物語、人間の関係など東浩紀図式の優等生と言った感じだが、最終的に目指す試みはなかなか大きい。特にキャロル論が面白かったが私の読み込み不足の感があるのでまた再読したい。鈴木謙介もそうだが、ここまでくるとマーケティング論的ビジネス書としても使えると思う。ただ、神話の内在的読みなどは射程外なので宗教論とは違うだろうな
主要なテーマが「物語の消費」である以上、むしろ経済に関係する人が読むべき本なのではと思われた。暴言になっても良いからとにかく批評する!というその意気やよし。本書はそこから正しさを求めるのではなく、刺激されるために読む本である(いや、褒めてるんですよ?暴論を重ねるなんて仕事、学者にはできない類の仕事だし、それでしか成されない事もある)。
韓国の文学研究者(村上春樹研究者、フォロワーを含む)もこの本を読んでいて、韓国語の紹介論文のurlもすでにツイッターで情報が流れていた。明日は韓国人留学生が、韓国の春樹受容と変容を絡めてこの本の解題をする。 「客体」への注視については個人的にも興味大。「主体」のことを考えるのに「主体」の事ばかり考えてもダメだろう。
ほうほう、ふむふむとフルスロットルで読み走ってしまったので【要再読】 精読して「が」である所以を把握したい。結論として、これが今読みたい本だった。
学者の仕事。批判はいくらでもできるが、筆者にはお疲れさまでした、と言いたい。文藝に生きるわたしは「客体の優位性」は頭で分かっても、体では分からない。のでこれ以上の感想は差し控える。
大変な労作だが、分かったような分からないような印象も持った。それは「神話」という装置の見立てと扱い方に、ある種の無謬性を感じ、用いる事象の散漫さと相俟って論のイメージを掴めなかった点にある。また個人的には好ましかったが、この安定感に隠れた保守性も評価を分けるだろうと思った。良くも悪くも広範な事象をカバーした本書を理解するには、一読しただけでは不可能。二度三度の精読の要を感じた。あと他の人も書いているけど、ターゲットを絞った作家論を読んでみたいと思った。
一気読みしました。まず題目「神話が考える」ということで、作者は主体(人)でなく外界が考えると言ってます。内容ですが、神話は情報処理を行う際の方程式と定義づけています。対象は遠野物語から村上春樹・ガンダムまで、これらの作品を情報処理過程として捉え、神話という方程式を通して、神話素を引き出そうと試みている様に感じました。で、人ですが固定化された主体ではなく、情報(文化)処理過程のノードとして、統合したり分散したりを繰り返す存在、とのことでした。
刺激的に読みました。よく整理されていて、難解な用語を駆使しているわりに、頭に入りやすいですね。近代的な公私とポストモダン的な公私は排他的なものでなく、ユートピアをめざすには、集団言語とネットワークの情報処理の分析が欠かせないとする結論は得心がいきます。著者には数多の事例分析を積み重ねることで、より豊かな世界観をつくっていって欲しいと願います。
大江健三郎論に読めた。等価な情報が並列された宇宙の全貌を明かそうとして失敗する作品を書いていますからね。でも大江だけじゃカバーしきれないところもあった。資本主義とか口唇性とか。それ以前に彼の作品が消費者にとってコミュニケーションの結節点にならないのが一番アレですが。
ところどころナルホドと思うところもあったものの、知りたいことが書かれていないという印象。全体のシステムや構造などは重要かもしれないが、そこで語りきれない個人のふるまいや新しいものの創造などがどのように行われるのかが見えにくかった。閉じた系からの変化の動学がどのようになっているのかつかめない。それが評論家的態度なのかな・・・また、人間過剰という印象も。総じて、何かが偏っている気がする。とりあえず再読はしてみよう。
宇野常寛「ゼロ年代の想像力」+濱野智史「アーキテクチャの生態系」+aって感じだった。チャンドラーとキャロルはもっと読みたくなった。西尾維新とか村上春樹のとこはすごくクリアで解りやすい。次は割とガチガチの作家論とか作品論読んでみたいな
批評の対象の広汎で射程が長い。「ゼロ年代批評家」として東浩紀の後続が続々とデビューしている中で、サブカルそのものの構造を分析し、それを消費する側を「オタク」に限定しなかったところにこの本の強みがある。
文化的な営みを広く情報処理のプロセスだとする著者の見立ては、情報化やネットワーク化の深刻な影響の中にある現在の文芸に対する適切な理論として機能している。「作品を変える神話」と「場を変える神話」の対比も来たるべき作家論として読める、面白い。
13-106 赤40 初出 『ユリイカ』‘08.08~‘09.08「神話社会学」より。インターネットとは…その批評… 環境は考えるのか?客体の優位性とは… 現代社会における「神話」の機能を、日本のサブカルチャーやネットカルチャーを素材に鮮やかに読み解く。広範な資料を注ぎ込み、新たなスタンダードを提示する、ゼロ年代批評新人のデビュー作。
ニューアカが動態的な体系の生成過程を記述しようとした結果極めて抽象的な概念の一面的使用の連続に留まるというロマンティシズムの陥穽を免れ得なかったことを受け,一度構造主義的なスタティックな記述に立ち返ることでそのアポリアを巧みに回避しつつ,ルーマン的なシステム論を援用することでネットワーク社会のでダイナミックな側面も読み込んでいる、非常にハイブリッドで強力な論の構成。
様々なる「神話素」が散りばめられている本書だが、僕にとって最も興味深かった神話素は第四章のⅢ「村上春樹」の章。柄谷行人「終焉をめぐって」に対する回答だったので同時にそちらも再読した。「終焉〜」で柄谷が「歴史が欠落したイロニー」と評した村上春樹を、福嶋は「文学の神話論的分析」により「世界認識」を提示する作家だと言う。「終焉〜」から二〇年後の今、柄谷へ回答することで「神話〜」は文学の再認知のきっかけをくれる。
情報理論とかマーケティングの話とか、一見文化に関係なさそうだけど、この本読むと納得できる。「ハイパーリアルな神話」を、ネットを使おうが使わまいが、もう誰も無視できない、ということがわかった。レイモンド・チャンドラーとかルイス・キャロルの読み方はあれでいいのかな?とくにキャロルについてはギモンだ。なので、『不思議の国のアリス』を原著で再読してみようと思った。結局、アクションに誘発させられた、というわけ。
文体に慣れるのに少し時間がかかったけど、非常に刺激的に読んだ。氏の広汎なサンプル(東方から「不思議の国のアリス」まで)からの提示には驚かされた。文芸評論でもあり、情報社会学ともとれる本書が多くの目に触れられ、読まれることを期待したい。
29才の気鋭の批評家による、斬新な批評。独特の言葉遣いで、なかなかなじめず、内容が頭に入って来ない。たまたま著者の講演を聞く機会があり、著者の意図するところがある程度掴めたところで読むと、今度はするすると頭に入った。あーよかった。独特の文章も、データーベースを読むような感じでさらっと流し読みして、引っかかるところだけ読み込むようにすれば、なかなか心地よい。好きなところからアクセスして、一部分だけで理解することが可能なおうにしつらえられたデーターベース的文体。アリス論がよかった。
息抜きにと思って購入したが、思っていたよりもずっと楽しい読書になった。人間という演算装置が社会の複雑性を縮減するべく神話を夢見、逆に神話に夢見られるというのは何世紀も続いてきたそれこそ一つの神話。著者はそういった神話というモチーフ・神話素の反復を、技術・情報・文化環境の変遷を捉えながら実に魅力的でオリジナルな差異の織り込まれた新たな神話(の一つ)として提出することに成功している。
漠とした思いを明快にまとめていただいた感じ。ベースとしての知識があまりないにもかかわらず、実用書的に読めてしまいました。大変面白かったのです。
神話が考える ネットワーク社会の文化論の
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ナイス!



































