夜戦と永遠 フーコー・ラカン・ルジャンドル
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夜戦と永遠 フーコー・ラカン・ルジャンドルの感想・レビュー(51)
★★★★★ うーん面白かったー! 特に僕はラカンへの理解が全然だったので、佐々木氏のまとめはかなり嬉しかったです。フーコーの個所が少し長くてダラダラとした印象。おそらくこの本で日本に名が知れ渡るであろうルジャンドルの論は、新鮮でした。それにしても、この三者を通じて辿り着いた地平、「夜戦と永遠」は、こんなにもあっけらかんとして、ちょっぴり寂しいものなのでしょうか。『何も終わらない、何も』と述べるよりも、『何かがいつも始まる、何も』と肯定的に読み替えて、これから佐々木氏の思想をみていきたいと思いました。
09/24:discotic
09/20:chacha
09/09:boooook
07/22:暴威
07/10:めろぅどろぉん
06/06:alicema_gic
06/01:tatoba
ハイデガーの特権的な「死の可能性」、そしてブランショのその「死の可能性」の脱臼、ルジャンドルの近親相姦とは自己と他者にかかわる論理的な区別を壊すことという指摘、小説・詩・絵画・演劇は現実に影響力を持ち得ないということと引き替えに卑小な自由を手に入れてそこに充足しているということ、「ここに書いてある、だから、」というのは「原理主義的論証」である、ということ。私が読んで、面白い!と素直に感じられたのは上に挙げた部分だった。次読む時は、今よりも少しでも辛抱強く文章を追えるようになっていたい。
04/17:satoenban
04/01:Mr.Brown
すごく切り詰めた要約をすると、本書での著者の試みは、「主体の真理への到達の条件と限界を定めようとする思考の形式」としての「哲学」は、〈鏡〉や〈中世解釈者革命〉の産物という多分に歴史的なものでしかないので、そのような「哲学」を可能にしている「霊性」がどう3人の哲学者の中で論じられてきたかを丹念に追うこと、そして、その果てにある可視性と言表可能性の絶えざる鬩ぎ合いへと、必然性ではなく、偶然性に賭ける「夜戦と永遠」の時空に身を晒さなければならないというものである、という感じだと思う。
02/17:ziggy
02/15:makelele
02/14:Lacra
02/09:c
01/15:たらら
01/13:いたりんっ
正直完全に理解したとは言えない。でも、間違いなく共鳴したのは「疎隔」!「疎隔」!「疎隔」!原理主義と闘う手段としての「疎隔」!!!なんだよ。
nzmnzmさんが以前Twitterで引用ポストしておられて、興味を持った本です。借りて二週間かな、「繰り返すまい」と繰り返すリズム、「先へ急ごう」と逸るグルーブにすっかり没頭(テキストとのダンス!)してたので、お別れするのがなにか夢から醒めるかのよう。フーコーについては特に勉強になりました。小沢健二「うさぎ!」と語り口は違えど、向いてる方向が一緒であり、どういった知識背景からそういったことがおこるのかというのが、読了後の関心。引き合わせてみたい。
11/08:きのみき
10/25:khazu
ポスト東浩紀的な思想のインフラが垣間見える気がした。もっとも文章の絶え間ない冗長さは擁護できない。この冗長さに耐えながら再読しなければならないと思うとうんざりするけれど、でも案外と凡庸な結論からこの大部の文章の可能性を救い出すには、僕の足りない頭では、それしか方法がないような気がする。<鏡>、「女性の快楽」、法、モンタージュ、ダイアグラム、思い出していなければならないはずの、忘れがちなものたちを呼び起こす。
07/24:にっつぁん
05/17:Tadano_Kosho
05/01:kazu3
04/06:ペコ
03/24:turekuke
01/27:Foumine
12/27:Foumine
12/21:tomad
12/10:あだこ
11/07:ca22
09/23:白水
夜戦と永遠 フーコー・ラカン・ルジャンドルの
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感想・レビュー:17件














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