めぐらし屋
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めぐらし屋の感想・レビュー(126)
何か素敵なことが始まりそう…というところで終わってしまったのが残念。文章は柔らかくて、好みでした。人と人の間の、記憶と現実をめぐらす、という解釈をしました…。梅沢さんの件だけでも、最後まで見届けたかった。関連の作品はないのかしら。
短めの長編。亡くなった父親が営んでいた「めぐらし屋」というなにがなんだかわからない稼業をひょんなことから引き継ぐことになる、というお話。いつものスタイルよりはいくぶん素朴な文章で、それがまた違った味わいがあって良かったと思います。/焼肉屋での会話がゆるっと面白かったです。百葉箱・百科事典・スピーカー。
離れて暮らしていた父の遺品整理のためアパートに訪れ、そこで一冊のノートを見つける。そして、一本の電話を受け取る。ホテルや旅館ではない宿探しという不可解な電話。父は一体何をしていたのか?? 過去、現在、人、物など色々な事に思いを巡らし、そして少しずつ繋がっていきまた巡ってくる。という様な感じの本。なので、この題名はピッタリですね。私も、今までの事やこれからの事、どんな巡り合わせがあるのか考えてみるのも良いかもしれない。
一冊のノートと一本の電話を頼りに亡き父の足跡を辿る、未婚中年女性の話。作家は芥川賞をはじめ様々な受賞暦がある。が三人称で淡々と進められる文は途中途中で一人称に感じられ、少し読みにくく、文章にも瞠る点は感じられなかった。内容もさっぱりで、不必要な文を繋ぎ合わせた不必要な小説と感じた。読了後も何もない。読み手をかなり選ぶ作品かな。個人的にはジャケ買い失敗。
蕗子さんの思考があちらに向いたりこちらに向いたりしているのが、人の日常の意識ってこういう感じだよなあと思わせられる。堀江さんの作品は静かな感じが好きなのだが、今回は展開が整いすぎて、そこここで物語の向こう側にいる作者の姿がうっすら見えるような気がした。ついでながら「素足」という言葉は「生足」にとってかわられて消えていくのかなと余計なことも考えた。
蕗子さんと一緒に、記憶を共有したような不思議な感覚。蕗子さんのお父さんのような親父ではないけど。さらにいえば健在だけど。小さい頃の記憶や血のつながりの不可解で納得し難く、でも受け入れざるを得ない不条理さ。とでもいうのか。浮かんでは弾ける泡のようにぷくぷくと気持ちをざわつかせる。不思議青年・重田くんの天然さとでもいうのか。蕗子さんとのつながりはお話の中だからこそ都合が良すぎるようにも感じるが。人と人のつながりの妙が心地よかった。
やっぱり好きです堀江敏幸さんの作品。堀江さんの作品は、どれも本当に、小説以外では表現できないほど億劫で面倒くさいテーマや見せ場を作っていて、だからこそガッツり文字の世界を楽しむことが出来ます。劇的なことというか、物語なのだろうけど、無理矢理展開を考えだしていないような、こういうこともあるだろうな、という希望も嬉しい。これぞ文芸、小説でないと出せないであろう心地良さと面白さがある! 素敵でした
終わりから新たな始まりまでの静かな、けれど移りゆく心の軌跡、かな。そんな淡々としたお話でした。
亡き父の謎も面白いのだけど、心臓が「極端にやわらかくなった風船をネコが肉球でそっと押すくらいの力」しか出ていない蕗子さんを通じて、気づいていない些事に驚かされたり、ありふれた感覚を呼び起こされたりするのが楽しい。
面白みはあるけど淡々とした地味な話だった。主人公の女性のからだの悩みとかが結構リアルだったかな。父親の事情が段々分かってくるんだけど、そのあとの展開がとくに目を見張るようなものではなかったので・・。色々賞をとってる人だけど、他の作品はもうすこしぴりっとしてるのかな
作中で主人公が探求するものはあくまで過去の事実だが、そこから見えてくる未来の温かさに包まれながら本を閉じることが出来る。無駄な描写を取り除いた文章で淡々と話が進む分、読者自身の想像の余地に任せる部分も多く、そこがまた良い味を引き出している。会えない人を見つける為に会える人との交流を深めていく様子がとても心地良いように感じた。
あらすじにしたら3行ぐらいで終わりそうなお話なんだけど、日常の些細な描写の積み重ねが心地よくて、読んでいてほっと安心できる。最後まで描き切らず余韻を残す終わり方も非常に好ましい。
ごめんなさい、ムリ。会話はあっちへ行きこっちへ行き、で、なんの話だった?と思う頃ようやくたどりつく。あったかい雰囲気は伝わるけど モタモタ感にいらいら。好きなヒトにはたまらないとおもいます。
【図書館本】この話は、この始まり方でこの終わり方しかないだろうという、ちょうどいい長さの小説(私が中長編が好きなだけかも)。大きな出来事もない、淡々とした話なのに、何故かとても「いい」のだ。これぞプロの仕事、と思わせる上手い作品。いい小説はあざとさを感じさせない。いい水と同じだ。蕗子さんのおかげで、疲れが取れて、気持ちが楽になった気がする。これぞ、本読みの幸せなのだ。
10-12初・堀江さん!朝倉かすみさんに、作風が似ている様な印象を持ちました。ごめんなさい。私には良さが分かりませんでした。なーんか、ちっとも面白いところがありませんでした。
穏やかな文章で丁寧な描写が心地よかった。蕗子さんの体調不良も気になるけれど、うまく向き合っているなぁと思った。
このひとの文章が心地いいのは、日々をたゆたう物々を静かに、すこし離れた場所から矯めつ眇めつしているその距離感と丁寧さのせいだろう。大切に焙煎されたコーヒー豆をごりごりとミルで挽いて、香りをくゆらせながらゆっくりと落とす、そこまでの過程だけを描き抜く物語。香りや湯気やカップの手触りは描写されるけれど、それだけなのだ。落とされた珈琲が飲まれるのか次第に冷えてゆくのかは、読者に任される。登場人物達のにぎやかさと主人公の体調不良が、すごく上手に距離を見せている気がする。
いつも、気がつくとじぶんの手帖に、些細なことばかりを記している。この物語が居心地がいいのは、たぶん、枝豆だったり、ロイヤルミルクティだったり、さして重要ではないのかもしれない事柄が細かく描写されているからなのかも、と思う。とてもちかしい気持ちになる。きちんと丁寧に誰かがじぶんのために作ってくれたお弁当やごはんをたべていると、なぜか不意に泣きそうになるのだけれども、この物語を読んでる最中、それに似た気持ちになった。きもちのいい小説。
冒頭の黄色の傘はすごく期待感を持たせたが、尻つぼみ感は否めず。未見坂の少年目線同様、若い女の人目線にやはりやや違和感を感じてしまう。それでも独特のほんわか感は嫌いではないけれども。
堀江さんの作品には”余白”があるなといつも思う。ふわりとした心地よい空間がある。堀江さんの作品は、語り手のなにげない回想がふんだんに入ってくる。それがゆったりとした世界をもたらしているのかもしれない。今作は、新聞連載だったため、繋がっているようでありながらもやや細切れ感を感じてしまった。これがしっかり繋がっていたらより一層いいだろうなと思ってしまうがそれは仕方ないこと。細切れ感があっても、いい作品には違いない。
☆4淡々と進んでいく物語の中に、心に残る場面がいくつも出てきて。蕗子さんと共に「めぐらし屋」の謎を探りながら、記憶をめぐらし、過ぎ去った「時」に心をめぐらし、ヒトとヒトの関係に思いをめぐらし。又いつかきっと読み返したくなるに違いない、そんな一冊。
身内の遺品整理をしたことがある人は、生前知り得ていた故人の姿とそのギャップを知って、愕然としたり、懐かしさのあまり再び喪ったものの存在を感じることがある。日常生活にひそむ際限のない反復の魔を意識してその居心地のよさから脱する努力を怠っていた蕗子さんにとって父の人生を辿ることはそこから抜け出す格好の材料となったはず。甘美なものになりがちなこの種の行動だが、蕗子さんは「父の三十年」にべったりとすり寄るでもなく、かといって単なる数字として粗略に扱うわけでもない。その立ち位置がとてもいいし、爽快感さえ感じる。
◎本書『めぐらし屋』。独り暮らしをしていた父親の遺品整理をしながら、ふと机の上のノートに気付いた主人公中年女性。そのノートには「めぐらし屋」の表題が・・・雑多なメモやらよくわからない切抜きやら・・・父親の部屋の電話が鳴り、出てみると“めぐらし屋さんですか?”これだけの紹介で、人によっては読みたくなるんじゃないかな?けっしてミステリーなどではなく、芥川賞作家堀江文学である。書くべきを描き、紡ぐべき事柄を紡ぎ、いらないものは書かない。結局、“めぐらし屋”の正体はわかっても、めぐらし屋の名前の由来や、めぐらし屋
自分を見守ってくれた少女時代のまま決して距離を縮めない、暖かい謎であった父。ならば・・・と、そこに転がり落ちる蕗子さんがとても自然で、うれしくなった。小道具も懐かしく魅力的。以前読んだ「熊の敷石」がどう捉えていいのかわからなくて、敬遠していた作家さんだったのだが、 思いがけずとても良かった。 この数年の溝を少しずつ埋めてみようかと思う。
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感想・レビュー:42件














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