レディ・ジョーカー〈下〉
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レディ・ジョーカー〈下〉の感想・レビュー(403)
登場人物や社会背景が複雑に入り組む奥行きの深い構成が高村作品の魅力ではあるが、この作品は若干欲張り過ぎで焦点がぼやけてしまった感じが否めなかったので、面白かったけれど、辛めの採点で☆3つ半。
ストーリーもさることながら、各人がその行動をするまでに至った心も非常に深かった。ラストの合田「仕事や生活や人生の全部に興味を失っていたのか、・・・・一人の人間を相手に驚いたり後悔したり憎んだりしている間、無性に自分が生きていることを痛感した、」が印象的。生きるとはこういうことなのだろう。
色々な事件が重なっている大変読みごたえがりました。加納って…合田が助けを求めてもあっさりし過ぎた加納に驚いた。この二人のその後が気になります。
文庫版を読んでからの読み比べ。私は断然文庫が好きなのですが、単行本とは人物などもずいぶん印象がちがう。主に加納との関係を中心に読みなおしたのですが、単行本版のほうが二人ともやわらかい!
現実の事件[江崎グリコ森永事件]を下敷きにしているので、高村氏は書き込むプレッシャーがあったろうと思われる。「多分、私は今生まれたばかりで、何もかも怖いのだと思います。こうして生きていることが。一人の人間のことを昼も夜も考えていることが。人間は、最後は独りだということが……」テーマの抉り方、素晴らしい。
捜査は政治家をも含む闇の経済事件へ及ぶがレディ・ジョーカーはひとりも逮捕されず。故郷で競馬仲間とレディと暮らす物井おじいちゃんにほっとした。
誘拐物は世間に溢れていますが、これほど重厚で人一人の人生が書かれているものはないんじゃないかな。 ラストは意外な展開で良かったですねぇ。 つか、合田さん…… やっぱり義兄には…… (愚問につき自粛)結局二十億はどうなったんだろ。 で、半田VS合田 もウケたよ。まるで子供の喧嘩(笑) お前らいい加減にせいっと、加納検事と合唱したいよ(笑) ⇒続く
なるほど下巻は読むのを止められない、面白さ。大それた犯罪をやりきったレディ・ジョーカー事件が引き金となって、いわゆるアンタッチャブルをなくす大掃除なんて結末を、ほんの少し期待したんだけれど…。小説にしてはやけにリアルなこの作風ならあり得ないだろう。ただ硬派なこの本の中で、合田刑事と加納検事の展開にはビックリ!粘着質な手紙の一件といい、清廉潔白な人間などいないと言いたかったのかな。
日之出麦酒社長城山が,合田警部補の組織人としての資質や人間味を評価する場面が印象的。副社長倉田の若き日と比較するあたり,よほど気に入ったのだろう。組織の中で生きてきた城山の一個人としての選択とその結末。倉田の涙とともに胸に残った。 LJを仕掛ける際,物井が金が手に入れば現状を乗り越えられるのではと気にかけていた布川。彼の行く末が重く響いた。物井たちのその後はそうであればいいのにという理想に近かったが,物井が記者に見せた顔に,自らが悪鬼と呼ぶものの片鱗を見た気がした。
題材に対する拒否感があり正直な所少し辟易しながらも、長い物語を読んでいくうちに読み終わってしまうのが惜しく感じた。読後ただぼんやりと、全ての事を内包し、それでも世界は何事もなく回って行くのだなと思った。
犯罪が犯罪を呼び、増殖し続けるレディ・ジョーカー事件。犯人たちの狂奔と、それを覆い尽くす地下金融の腐臭は、いつ止むのか。そして、合田を待つ驚愕の運命とは―高村文学の新たな頂点を記す、壮大な闇の叙事詩、ここに完結。 合田が優しすぎていけないと思う。
長かった。でも、読み応えがあった。グリコ・森永事件は子供ながらに、恐ろしい事件だと思っていたし、青酸カリはアーモンドのにおいがするって、私達の世代なら誰でも知っていると思う。だから、大人になってからこういう目線で見ると、余計に物語がリアルに感じた。
★★★★★ やっと読了。どっと疲れた(いい意味で)。本当に悪いヤツらは誰だ? 巨悪を前にすれば、本筋の誘拐犯グループのしたことが善行にすら見えてしまう。長く深い物語に、たくさんのキャラ一人一人に愛着が湧いて、「やっと読み終わった」と思うと同時に読み終わるのが寂しくて、特に最終章は何度も何度も読み返した。加納と合田はその後どうしたんだろう。会ってどんな話をしたんだろう。『マークス』から「もしや?」と妄想膨らませてた2人の関係が、精神的に深く繋がっていたことが嬉しい。『太陽を曵く馬』が早く読みたい
ようやくハードカバーの上下巻を読み終えた。最善を目指し大幅改稿した文庫版から入ったわたしが、より一層完成度の判断などできるはずがないじゃないかと嘆息するような気持ちを懐きつつ。終盤の「この国はどうなっているのだ」というフレーズが重く響く。文庫版を読んでまだ1年も経っていないのに記憶が薄い頭でも覚えていたのは「もうお腹いっぱいです」という読後感。再びだった。この場からはレディ・ジョーカーがもたらしたものに怪訝な視線を向けるしかないが、和む場面もあって複雑。ところで合田さんと祐介は、こちらでも「?!」だった。
安易な救いなど期待してはいませんでしたが、最後の最後で奪われた一人の命に…しばし続きが読めませんでした。「マークス」以来、私の頭の中の合田さんは、完全にオダギリジョーです。
半田たち犯人側の状況が序盤だけで、最後になるまで一切描かれなかったので、合田よりそっちが気になった私は一気読みせざるを得ませんでした。ああ、お見事。私の負けです。
読んでいると90年代の風景が自然と浮かんでくる。警察、日の出、検察、新聞屋、そして犯人とどのパートも手抜きなしでずっしりと重い。僕にはその重さが少し辛かった。最後の競馬のシーンは切ない
文庫版を読んだ後こちらも。読後、ただなんとなくレディー・ジョーカーの面々が集まって競馬をしていた…あのシーンを思い出し切なくなるのだ。
ぴりぴり、きりきりしている登場人物たちのなかで、物井のじいさんとヨウちゃん、犬っころは物語の中でもなごみを与えてくれた。それにしても、合田さんと加納さん! 読んでいて最後に椅子から落ちそうになったよ。
「辛いことが、辛くなくなることはない。自分の腹に収める場所を見つけるだけだ。」初読から何年経っても、この一文にはグッときてしまう。
ふと気になったのだが、合田視点の文で、元妻を「義兄の妹」と書いているが、妹と結婚したから加納が義兄なのであって、元妻を表す表現でどうして「義兄」が先に来る?それだけ合田の世界では加納が中心ってことなんだろうけど。元妻は加納の付属物なのか。また、二人の関係を他者に説明する際に無難なのは「義兄弟」ではなく、「学生時代からの友人」だろうと思う。もう妹と離婚してる訳だし。いや、「友人」というカテゴリには収まらないと分かってたんだろうけど。
マイドックイヤーより一節。
「この和音や旋律は、これ以上たすものも引くものもない、純粋な情熱に満ちた魂の詠嘆だ。
この響きは、何千年来、死や貧困や憎悪などを無数に通り抜けてきても、人間はまだ純粋でいられることの証だ、人間の魂を救う響きだ、生きる価値を人間に教える響きだ」
合田に半田、城山社長に久保等々、登場人物とその背景がとても丁寧に細かく描かれていて、かなり読みごたえがあった。レディ・ジョーカーとは、結局なんだったのか。突き詰めていくと、難しく、奥深い。
文庫刊行のために再読です。利益第一の資本主義社会に復讐しようとしながらも結局はこの社会を利用している人たちに利用された物井さんたちが切なく、権力やお金などのために真実が覆い隠されようとしているのを互いに止めようとしては裏をかかれ、自身をも辛い想いを経験してしまった合田君たちに泣きそうになりました。経済社会での人間性の疎外が深く、抉り出されている作品であると改めて思いました。最後に祐介の想いが(少し)報われてよかったです。でも「太陽を曳く馬」では2人は疎遠になっているのでその間に何があったか気になります。文
これだけ読めばお腹いっぱいだ…と独りごちてみる。警察、検察、大企業と組織の中の問題がたくさん書かれているだけでなく、その当事者の葛藤などが本当に事細かに書かれていて読み応えありました。株の事は詳しくないのでちょっと理解が難しかったかな。もうすぐクリスマスイブだ。それにしても〈ほ〉の字って…。
レディ・ジョーカー事件は一体なんだったのか、という思いだけが残る。これは単なるクライム小説ではなくて人間心理の深淵を描いた素晴らしい小説だと思う。しばらく何も手がつかなくなるような放心状態になる。終章における合田の生まれ変わりがせめてもの救いだと信じたい。加納の十八年越しの想いが届いた瞬間が読めて幸せだった。
レディ・ジョーカー〈下〉の
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感想・レビュー:78件














ナイス!
































