オリエンタリズム〈上〉 (平凡社ライブラリー)
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オリエンタリズム〈上〉の感想・レビュー(76)
01/25:エスナ
01/09:めいくん
01/09:shimamura
西洋の知識人であるサイードが、我々西洋(オクシデンタル)の人間が東洋(オリエンタル)というものをどのように解釈してきたのか、その「言説」を巡った本。西洋至上主義に対する批判という面ではドゥルーズを、言説・解釈に対する考察という面ではフーコーを想起させる。 膨大な事例を駆使した主張とは「結局、私たちは東洋人というのを理解してはいないのだ」という事実であり、西洋史で描かれる東洋人というのは彼らの時代の欲望が反映された姿に過ぎないと喝破する。深淵を覗き込むとき、それが本当に深淵であるとは限らないのだ。
01/03:レイコ
12/06:teakk
12/04:もでまう
12/02:masa
11/08:Ryutaro Nakagawa
10/06:ぷりん
09/22:Ryoss
西洋人の東洋研究に潜む、支配者としての意識。こうしたテクストが権威を持つゆえに、東洋を考える際の精神は先入観に抑圧されてしまう。真実の東洋を示そうとした研究者でさえ、そのテクストの中の東洋は管理掌握され、一般化され、支配の対象として存在していた。テクストがもたらす知識の自己複製と現実化を語っているように思えた。
07/18:渡辺雄司
07/07:与吉
06/18:ねここ
06/17:椿屋
06/15:三頁(さんぺーじ)
06/08:Mr.Brown
05/23:ハル
ポスコロ・カルスタに多大な影響を与えたというサイードの代表作。ヨーロッパ人がオリエントについて学問として築き上げたオリエンタリズムは、その実、『「支配者」としてのヨーロッパ人から見たオリエント』の言説を再生産(することで強化)しているに過ぎない、と主張している(……であってるかな……?)。オリエンタリズムそのものについてはイマイチピンとこないものの、都会‐田舎、メインカルチャー‐サブカルチャーといったところにも通用する理論なのだろうか。
[大学]「教養ゼミナール・社会史方法論ほか」本文序説より「オリエンタリズムは、この内なる構成部分としてのオリエントを、文化的にも、イデオロギー的にもひとつの態様を持った言説(ディスクール)として、しかも諸制度、語彙、学識、形象、信条、さらには植民地官僚制と植民地的様式(コロニアル・スタイル)とに支えられたものとして、表現し、表象する。」
04/27:いろろ
03/23:*
02/10:Siec
12/21:hce
11/18:K
08/10:ossa_bot
08/09:くわすく
オリエンタリズムとは、オリエントを支配し再構築し威圧するための西洋の様式(スタイル)であると語り始める著者の視程の先にはヨーロッパ人への軽い憎悪がある。たぶん、日本人にはあまり見かけない感性。それだけに知り合いの欧州人が思考の基底に持っていると思うと結構衝撃的。
05/26:若い脳
05/24:なべこ
They cannot represent themselves; they must be represented. (Marx) この『ブリュメール18日』からの引用が冒頭にある。つまり、サイードは"representation"の二つの意味―代表と表象―この両面、いいかえると政治と文化ですが、それらを関係づけながら思考することの重要性を訴えている。今、政治と文学あるいは文化を完全に切り離して考える人は少ないだろうが、30年前はそうではなかったはず。
02/20:もへ子
02/09:イバラオネ
12/30:shiranui
オリエンタリズム〈上〉の
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感想・レビュー:15件














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