キャッチャー・イン・ザ・ライ
キャッチャー・イン・ザ・ライを読んだ人はこんな本も読んでいます
キャッチャー・イン・ザ・ライを追加
キャッチャー・イン・ザ・ライの感想・レビュー(697)
結構淡々として、終始同じペースで話が続いている。衝撃的なアップダウンも特になければ、感動的な結末があるわけでもない。しかし、青年期の人間が多かれ少なかれ抱く感情がごく自然に描かれていてなんとなく懐かしい気持ちが芽生えた。「世の中の何もかもが気に入らない時期」が自分にもあったけれど、結局どこか自立していなかったし、誰彼が一線を越えないように間接的・直接的に手を差し伸べてくれていた。ストーリー性に頼らず「黒い青春」を描いているからこそ後になってじわじわ来る。自分には相容れないタイプの名作。☆☆☆☆
三分の二くらいまで読んだころには、思春期の少年の文句や屁理屈を聞かされ続けているようで、なんだかウンザリとしていた。いったいこの小説はどこに落としどころをつけるのかと段々と心配になっていたのだが、最後は妹のフィービーによって尖ったものが丸くなったのだと思う。「あなたはなんでもかんでもが気に入らないのよ」と一括。そして混乱するホールデン。あらゆる不満は、その純粋さからかもしれない。その純粋で鋭利な心を鎮めたのは、妹フィービーの「可愛らしさ」なのかな。
不満多き若者のニューヨーク放浪記。グチたれ君ではあるが、大人に対する不信感や不満は何となく分かるかな。なぜかフィービーの無邪気さ、かつ率直さに癒されてしまった。知らずに村上春樹訳を読んでしまったが、ホールデンのグチっぽさは野崎訳の方がしっくり来るね。
え、ライ麦畑でつかまえてじゃないじゃん!というのが一番の感想。ライ麦畑のキャッチャーって響きは微妙だけど、こちらの方が近いですね。日本語に訳すの難しい。「捕まえて」という意識が強くて、ホールデン君はライ麦畑に働きに行って魅力的な女の子に出会って…と先走っていたのでこんな話だとは。高校時代にやんちゃしてた同級生もこんな気持ちだったのかなーとか思ったりして。最後のセリフは気に入りました。
十代で読んだ時は全く解らなかったね。今回初めて主人公のホールデン少年が理解できた。成長が遅いタイプなんだよ。でも読んでたら自分がしてきた下劣なことや、今まで会った俗っぽいヤツらを思い出してめげてきちゃったね。うちの母親ならそんなの読むから頭がおかしくなるとか言うタイプの本なんだよ。母は明快に人生で大事なことを知ってるんだよ。ホールデンの妹のフィービーのキュートさは特筆しとかなきゃいけないな。(以上村上氏訳調で書いてみました。)村上さんの訳だから読めたのか、成長した(?)から解ったのかは今のところ謎。
有名なハリウッド映画のような、ラストを盛って感動を与えるというようなものではなかった。それを期待しているのなら読まない方がいいだろう。世の中の何もかもを否定し、蔑んでいた主人公が、唯一信じている妹との触れ合いで悪あがきをやめる。もしかしたら彼は、落ちてゆく人を助けるのではなく、落ちてゆく自分をさまざまな人が助けてくれていたことを悟ったのかもしれませんね。村上さんの語り口が癖になる良作。
「The Catcher in the Rye」 村上訳 読了。 村上訳だから読めた気がする。 ぜひ、彼にバナナフィッシュも訳してほしい。 でもサリンジャーより やっぱり私はカフカが好き。
学校を退学になった元高校生が、ニューヨークを数日間うろうろする話。読んでいる途中で気付いたのだが、私の机の模様がニューヨークの地図だった!道をたどりながら楽しく読むことができた。ホールデンの皮肉や相手のことを蔑む態度には少しイライラしたが、それよりも共感する部分が多かったように思う。自分にも世の中にはびこる卑しいことがどうしても許せない時期があったから。ホールデンの心を動かしたフィービーにも大人や社会に不信感を抱く日が来たとしたら、ホールデンが彼女を助けてあげられたのかなあなんて想像してしまう。
地味に読むのがしんどい。 それはさておき、思春期に経験する自分がアウトローではないかという感情を持ちながら数日間ニューヨークを放浪して、やけくそになって西部に行こうとしながらも、結局妹を見て・話をしてやはりここに素直にいようとするというそんな話。高校時代に読みたかったな。最後の、先生の言葉はぐさっとくる。
いや、もうグサッとやられたって感じ。人間の儚さだとか不安定ぶり、そしてちょっとした幸せ。そういったものをしっかり味わえる作品でした。 ホールデンとその妹フィービーのやりとりは最高です。
思春期に読まなくてよかった気がする。 10代の頃に読んでたら、自分もそれでいいんだって主人公を正当化してアウトローをカッコいいと思ってたかもね。否定する事で自分の存在を保とうとするタイプ。そこにしか目がいかなかったかもしれない。 大人になってから読んだので共感もしたけど客観もできるし、単純に文章を楽しめた気もする。 なんだかんだで読んでよかった。悪い気はしないし、結局は主人公好きだって結論。それでいいかな。
これ、現代が舞台だったら、引きこもって終わりな気がするんだが、ホールデンはすごい。なんだかんだ言いながら、ほぼ街にいて、外界や他者と接触し続ける。ほとんどすべてのコミュニケーションに失敗するし、めげてもいるようだが、けっして懲りない。しかし、これがけっこう大事なことのような気がするのだ。「あの時、あの夜の、あの場所の、あの匂い」とかが。成熟することがよいことなのかどうかはわからない。ただ、去年の自分より少しだけタフになったことを実感する瞬間は、悪くないものだと思う。
題から勝手に想像するに、片田舎の少年の話だと思っていた。が、主人公は戦後のNYの裕福な家庭に育つ屁理屈ばかりを捏ね回す少年だった。酒とタバコと女の子にしか興味がなく社会が全て敵に見える。最後の方アントリーニ先生を訪ねるシーン、先生が主人公に切々と語る内容がこの本の真髄であり、なおかつ時代を越えても変わらない人生論的教養がこの本を名作と言わしめるのかな。読みやすかったです。
サリンジャーはホールデンという非常に感じやすい思春期特有の、半分大人で半分少年を通して、大人社会のインチキを暴くようでいて、実はそれは痛烈なアメリカ社会の批判でもあるのだと思った。アックリーやらストラドレイターやら、3日間のうちに会って気が滅入ってしまうような人たちも、アメリカ社会の病魔の象徴のような気がしてならない。タイトルでもあり、ホールデンがなりたいものでもある「ライ麦畑で崖から落ちそうになる子供をキャッチする人」は、崖から落ちる=大人になることから守りたいということなのかな。冗談ぬきで。(笑)
いや、正直な話、名作だ!とか絶賛するやつもいれば、どうしょもない話だ!なんて言うやつもいるけど、そういうのにはウンザリなんだよ。これは僕のちょっとした数日間の話なんだよ。うん、たったそれだけ。あぁホント吐きそうだよ。事実世の中の意味のある大切なことなんてのは多くの人には理解できないんだよ、本当の話。
ストーリーではなく語りによって引っ張るタイプの小説で、音楽のジャンルで譬えるならHIP-HOPに近いような読み心地がした。実はかなりの伏線が緻密に敷かれていたりして、やっぱりすごい。僕は219ページにおけるホールデンの一連のセリフが特に好きです。
『ライ麦畑〜』を読んだのは、もう30年以上前。そのときどう思ったかなんて、むろん憶えてやしない。少なくとも40代も後半の奴が読む本じゃない。駄目ってワケじゃないけれど。
アントリーニ先生が言ったように、このときのホールデンみたいな状態って誰もがどこかの時期に経験するものなのかもしれない。全部が気に入らなくて、どこにいても息苦しかったことあったなぁ。読んだ人はきっと誰もが自分とホールデンを重ねるんじゃないかな。現代にも通ずる若者特有の世界。
少しだけど、ホールデン君の気持ちが分からなくでもないよ。最初はホールデン君の口調や考え方に うんざりしちゃうんだけど、だけど読み進めていくにつれて、こいつがけっこういい奴で憎めなくなっちゃうんだよな。ほんとのはなし。 続編があったら読みたい。
初めはアメリカらしい感情的な文面で少し幼稚な印象でした。 読み進めていくうちに言葉のひとつひとつがどれも繊細で、感情の変化がよく表れているなぁと感じました。むしろこのぐらい感情的なほうが似合っているなって。 あとライ麦畑でつかまえて、よりライ麦畑のキャッチャーのほうが好きです。
大戦後間もないアメリカで、主人公のホールデン・コールフィールドが3校目を成績不振で退学させられたことをきっかけに寮を飛び出し、実家に帰るまでニューヨークを放浪する3日間の話。 自身の落ちこぼれ意識や疎外感に苛まれる主人公が、妹に問い詰められて語った夢:<自分は、広いライ麦畑で遊んでいる子どもたちが、気付かずに崖っぷちから落ちそうになったときに、捕まえてあげるような、そんな人間になりたい>若者特有の目線(社会や大人に対する反発、嫌悪)、社会の欺瞞が描かれているが、共感できず。若い時ならよかったかもね。
ひたすらホールデンの独白を辿っていれば、世界はうらぶれて、気を許せばインチキがまかり通り、最低は底なしで、気持ちは安まらない。でも途中で、あれ?と思う。僕と君がいつのまにか重なって、他人事ではなくなってしまう。息苦しいのは自分なんだって気付いて、ホールデン、お願いだから帰ってベッドに入って寝ようよ、て思い始める。10年以上経っての再読は、春樹訳で。読み終えて、野崎訳を引っ張り出してパラパラめくってみたけれど、多少言葉遣いが古い感じがしただけだった。
ホールデン君ってば、何かと言うと「自分の周りにはろくなやつが居ない」って話を延々としてる。そして、いろんな事が上手くいかないのは「そいつらのせいで気が滅入るからだ」みたいな事を言う。はっきり言って、かなり面倒臭い奴だ。でも、これくらいの歳の子って、誰でもホールデン君的一面を持ってるんじゃないかな。ちょっと格好付けて上手く立ち回ろうとするんだけど、全然上手くいかなくて、色んな事がやけにムカついちゃう、みたいなね。まあ、そういう気持ちを思い出したいって思うなら、この物語を読めば良いんじゃないかな。ほんとの話。
村上春樹訳の『ライ麦畑でつかまえて』。色んな人達がこの小説を絶賛するからそういう先入観の下で読んだ。この小説の何がそんなにも人々を魅了するのかな(別に否定的な意味ではなくて純粋な疑問として)。ホールデンの語りとホールデンの経験する出来事はどれもそんなに特別なことじゃなくて、様々な普通の友達と、普通の大人たちに囲まれてて、女の子のことを考えるとすぐセックスを連想しちゃうような、その歳にはありがちな発想だと思うけど、そのありがちを表現したのがこの文学の意味なのかなぁと思った。なんだかよくわからないけど「キラキ
ホールデンに乗せられて共感しながら読んでいるとさ、だんだん「あれ?」って思えてくるんだ。「僕はこいつと同じ視点で読み進めていってよいのだろうか?」ってね。まあ、一人称の描写に客観性なんてこれっぽっちもないに決まっているんだけどさ、それでもホールデンから見た世界は少し歪みすぎじゃないかって思えるんだよね。でもさ、そうやって胡散臭く思いながらも先に進んでいくと、今度はいつの間にか彼をぐっと身近に感じているんだ。心の中では「うじうじした野郎だな!」とか思っているくせにね。まったく、いやんなっちゃうよ。
「ライ麦畑でつかまえて」というタイトルから勝手に恋愛物だと思ってました。で、図書館で偶然見つけて有名なのに読んでなかったなーと思って読むことにしました。読んでいて、おかしいなー、まだ恋が始まらないと半分くらいまで思ってました。で、終盤にいくにつれ、恋愛ものではないなと思い始め、きっと衝撃のラストがあるに違いないと期待し、裏切られました。 そして何故この本がそんなに有名になったのか調べてわかった。うがった私の見方がいけない。変な期待、凝った物語に慣れてしまっている自分。年を取って忘れた頃にもう一度読もう。
成る程、こういうのを名作と言うのね。うん?うーん、うん。って感じ。勿論感じ入る部分はあった。然り気無い感じの、警句じみた真理には唸らせられたし、終盤のうらぶれた雰囲気は心に響いた。ただ、その60倍くらいは笑ってた気がする。しかも満たされる笑いじゃなくて、空虚になってしまう類いの笑い。ホールデンも難儀な奴だねえ。多分、感受性が強く、想像力が逞しいんだよ。不幸そうな人を見たら、心を痛めて、幸福そうな人を見たら、勝手な背景を空想して、気が滅入っちゃうんだろうさ。見てる分には面白いけど。
読んだのはかなり昔で内容もおぼろげなので文体なんかがどの程度違うのかはわからないけどやっぱり「麦わら畑~」だなぁと。ホールデンの気持ちがわかるようなわからないような思いなのは自分がいろいろな経験をして年を取ったからかな。あくまでも個人的な感じ方だけど、村上さんが訳したからなのかやけにかっこつけでいかにも日本人から見る思春期のアメリカボーイ的な気がする。なんかうまく表現できないけど。屁理屈をこねまわして「自分は悪くないよ~、みんなが自分をわかってくれないのさ」的な?もし原文が読めるなら読んでみたいな。
鬱とはちょっと違うけど体の中がカラッポになって気が沈む。大人になるまえに自分も頑張らなきゃなって思えるけど、やっぱり泣きたくなるくらい気が沈む。少なくとも、これまで見たどんな物語よりも自分を落ち込ませる話だった。冗談抜きでさ。
ホールデンが、物事、起きた事、された仕打ちを、客観的でなく、大げさに言っている。それが、読者に、「ああ、ホールデンにはそのように大げさに感じるのだな。だからしょっちゅうしょげちゃうんだな」と分かる。ライ麦畑で子供達を助ける人になりたい、これが言いたい事なのだろうか?ホールデンは、文句タラタラだが、その一点で救われているのかも。ぜひ、そういう人になって欲しい。この話の「君」とは誰だろう?最初はもう一人の自分を「君」と呼んでいるのか、と思ったが?ホールデンが泣く場面は悲しい。
昔友人に勧められて読むが理解できずに再読。16歳の少年の世間への嫌悪感のはなし?やっぱりよくは理解できなかった…。でも見るもの全てが汚く見えてしまう時期があるなぁと感じました。
キャッチャー・イン・ザ・ライの
%
感想・レビュー:156件















ナイス!






























