フランケンシュタイン (創元推理文庫 (532‐1))
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フランケンシュタインの感想・レビュー(185)
なるほどオールディスがSFの種の起源と言いたくなるのもよく分かる。 色々なものが込められているようだし、怪物を単なる化け物にしなかったのも好感が持てる。 それにしても人間とは一体何なんだろうか。 329ページ
現代ではファンタジーとして認識されそうな話だがSFの歴史の中で限りなく原点に近いところに位置する作品らしい。神話やシェイクスピアで描かれたものが作者に伝わり、そしてまたフランケンシュタインの要素が主にSFを通じて現代へと受け継がれる。プロットやその他のものから歴史の積みかさね、繋がりを感じられる作品だった。読んで損はない。
知識と感性がもたらす醜さ、美しさがこの話には詰まっている。醜くて惨めで理不尽な運命を課せられた怪物とは反対に登場する人間はあらゆる意味で恵まれた人ばかりなのが面白い。怪物の独白にはページめくるのが辛くなる時があった。まあ実際私も彼を見たら恐ろしくて逃げるだろうけど。
フランケンシュタインと怪物の知識の獲得に伴う悲劇。「人の心というのは明らかな私利私欲にでもとらわれない限り兄弟愛と慈愛にあふれているものだ」と老人は言う。しかし怪物に対してはその言葉も意味をなさない。人は偏見の呪縛から逃れられないとするなら、この老人の言葉も偏見であろう。慈愛に満ちた魂の怪物が、復讐の悪魔へと変貌する。魂の善悪が人を殺すのではなく、孤独・偏見が人を殺すのだと感じた。最終的に博士と怪物が驚くほどぴったり重なり合うのは皮肉としか言いようがない。もうこの手のパロディーを観ても笑えねえな。
延々と続くフランケンシュタインの言い訳じみた過去話にうんざりして一度読むのを止め(創った怪物が気持ち悪かったので逃げ出した、て創ってたときはそうじゃなかったのかよ)、気を取り直して再び読み始めたときには怪物の独白、苦悩とかすかな希望と、しかしその希望が無残にも打ち砕かれるだろう展開を読むに耐えず、また読むのを止め……三度目にしてようやくの読了。しかしその割には、最後の最後、フランケンシュタインの死を見届けた怪物の台詞がBLぽかったな~なんて思うとこが、私のレベルの低さなのでしょう(苦笑)。
有名な作品なので粗筋は省略。兎に角主人公が超無責任。自ら創造した怪物を恐れて逃亡、結果家族に犠牲者が出ても黙り、無実の者を死に追いやってなお、怪物を恐れるばかり。読んでいて早く責任取れよと何度思っただろう。対する怪物は知能のないケダモノではなく、人びとの暮らしを見て学び様々な知識を得るにつれて、自らの孤独と醜さに苛まれ主人公に伴侶を創造することを約束させたが、それすら最悪な形で反故にされ復讐走る。主人公の言動には終始閉口させられたが、怪物の語りと嘆き、絶望は知性と理性に裏打ちされる深いものがあった。
読んだのはいつ振りだったか・・・今日いまこのタイミングで読むと、どうしても原発のことが頭をよぎらざるを得ない。自分たちがコントロールできないような力を生み出してしまった悲劇ですね。でも一方で、宇宙探査に胸を躍らせたり、科学を信じたい部分もあるんですよね。問題は単純じゃなくて、とっても難しい。
もうずいぶん知られるようになってるけれど、フランケンシュタインって怪物じゃなくて、怪物を造った青年の名前なんですよね。このフランケンシュタイン青年の稚拙さを読み進めます。自分が造った生物が醜いからと逃げ出し、無実の女の子が死刑になるのを身勝手にも看過し、一度は承知したにもかかわらず最も逆上する仕方で怪物の要求を反古にしたり、挙げ句の果てにはあまりに無用心な新婚旅行。胸糞悪ささえ感じます。それでもきっとまた読みたくなる作品でした。今回も再読でした。
誰もが知っている人造人間の物語。生まれたてで放り投げられて、誰からも迫害されるがゆえに人間の害悪たろうとする怪物の心情に共感しました。フランケンシュタインは、言っては悪いけど研究者としては精神が成熟してなかったんだろうなぁ・・と思ってしまう。ところで、怪物の外見が一般的なそれとはかなり描写が違っていてびっくりしました。現代だったらその手の愛好家の方に受け入れられそうな気もする
映画の方もちゃんと知ってるわけじゃないですけど、「フランケンシュタイン」って科学者の名前だったんですね。確かに読んでみると醜い怪物の物語っていうかその創造主の苦悩の物語だもんなあ。百年以上前に書かれてるにも関わらず現代にも通じるものを感じます。
様々なテーマが含まれていて面白い。自分としては、科学の発達によって、人間とは如何なるものかを考えさせられた。今日でも重要なテーマでもあると思う。
映画で余りにも有名だが、原作は初読。独学で言葉を覚え、旅人の鞄から見つけた3冊の書物(『失楽園』、『プルターク英雄伝』、『若きウェルテルの悩み』)から概念を学び、知識が増える毎に、自分は何なのかと苦悩する怪物。被創造物に対する義務より人類に対する義務を選ぶフランケンシュタイン。両者の分身的な側面、エディプス・コンプレックスと愛と友情を狂おしく希求するが叶えられない苦悩。そして怪物側にある「父親殺し」のモチーフ。この本はゴシック小説であり、怪奇小説でもあるが、個人的には人類史上初めて書かれたSFだと思う。
比類なき知性と想像力の持ち主、ヴィクター・フランケンシュタイン。彼はその探究心の果てに新たな生命を生み出すが、哀しいかな彼の精神は神の如き義務と責任を負うには脆弱に過ぎた。怪物の独白は感動的ですらある一方、創造主であるヴィクターが言を左右して自分の責任から逃げ続ける姿には流石にウンザリ。科学者の倫理や疎外者の悲しみなど、考えさせられる点が多い作品だ。
少し涼しくなりたくて読んでみましたが、やりきれない悲しみでむしろ胸が熱くなりました。木の実をごく少量食べ『失楽園』を読み耽けるような怪物と、その創造主フランケンシュタインの悲劇です。怪物が無差別に惨たらしい殺生を繰り返すホラーではありません。SFの起源ともいわれているこの作品、長年の勘違いを正してもらうためにも一読する価値がありました。ちなみに「フランケン!」「フガー、フガー」はあらゆる意味で間違っていたんですね・・・。
人間に受け入れてもらえない、名前さえ付けてもらえない怪物の悲しみが印象に残った。解説にあった、知識を手に入れることの意味や科学者の責任の問題、語りの構造とかは興味深かった。
フランケンシュタインの軟弱っぷりに辟易する小説。自分で作ったくせに「なんて醜いんだあばばばばば。もうみたくないお!こんなもんを作ったぼくちゃんはなんて可哀相なんだ!」といった勢いで、哀れな怪物を見捨てた卑劣漢ことフランケンシュタイン。そのマッドサイエンティストのアホさ加減に振り回される怪物には虚しさしか感じない。誰をも愛していたのに、誰からも愛されず、親にすら見捨てられ、その愛は憎しみに変わっていく。世界に見捨てられた優しい怪物の末路には心が痛む。
『批評理論入門―『フランケンシュタイン』解剖講義』を読むための予習と思って読んでみたが、「わぁ!怪物だわ!」「殺せ!殺せ!殺せ!」「わー!ぎゃー!」みたいなハリウッド的話では全然なくて、予想以上に面白い文学作品だった。 フランケンシュタインや怪物の独白にはゲーテのウェルテルの独白に通じるものがあるし、コミュニケーションを求めながら裏切られて苦悩する怪物がとる行動なんて、そのまま現代日本の問題に通じていると思う。しかしこの知的な怪物は、ネットの発達した今の世に生まれていたら違う運命もあったかもと思うと残念だ
フランケンシュタインにまったく感情移入できなくて、読みづらかった。自分で創造した怪物に恐れをなして逃げ出すなんて、人間らしいが、少なくとも「愛と尊敬に値するもののえりぬきの見本」ではないだろう!構成はおもしろく、終わりの怪物の独白はかなりよい。
フランケンシュタインも怪物も同じなんですよね。どちらも自分のことしか考えていない。しかし逆に言えばそれが人間なのでしょうね。どんなに醜くても最後は親が助けてくれるのではないかと頼る子どもが怪物なのでしょう。どうしても自分を見てくれないから暴れる子ども。悲痛な叫び、恐喝の音が聞こえてきそうです。
フランケンシュタインは、怪物を嫌悪しているようで、実は自分自身を恐れているようにも思えた。二人は表裏一体の存在だから、共に滅ぶんだな・・・。
フランケンシュタインの
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感想・レビュー:61件














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