多読術 (ちくまプリマー新書)
多読術を読んだ人はこんな本も読んでいます
多読術を追加
多読術の感想・レビュー(891)
博覧強記 松岡正剛氏の本を初めて読んだ。読書の仕組みを解き明かしてくれていて、赤線引きまくり。本屋にいるのがなぜ楽しいかがわかったのは嬉しかった。また最近の読書次第で、今読んでる本の読み方も影響されると言う話もなるほどと思った。中盤手前あたりから氏独自の多読術が紹介されていくのだが、マニアっぷりがおかしくてしょうがない。初っ端から「寝ないように心がけました」とか、あっさり普通人には無理なことを言ってのける。他にも名言・奇言が盛り沢山。変な読み方してると自分でも思ったら、アメトーク読書芸人見た後だった。
"本の息抜きを本でする"というくだりに、なんだか光を照らされた感じ。あとこの本がきっかけで正剛さんを真似てペンはPILOT V cornを使うようになった。
「本は二回以上読むのが大事」改めて本を開くと、前読んだ時には気づかなかった部分が重要だったりする。本はやっぱり重ねて読んだ方が為になる。
著者の読書方法を実践するかどうかは別として、他人の読書方法を知る機会はなかないうえ、上級の読書方法を知ることができてよかったかと。編集工学の話も興味深かった。
「沢山の本を(うまくor楽に)読む術」でなく、「もともと沢山読める人間が、読んだ内容をうまく消化してさらに沢山読む術」という「多読術」の本。 松岡氏が語る「編集構造」は一種の「認知構造」だと私には思えるが、彼は『認知科学や(…)「読む」とは何かということを研究していない。(p.77)』と言っていて、残念に思った。 「ことばと思考」「わかったつもり」などの比較的売れた新書に、認知科学の視点から語った「読む」ことについての記述がある。 松岡氏ほどの多読家でも、興味のないことは頭に入らないのかも知れない。
多読家の方の本の読み方は興味がわきます。自分も実践できているものもあるし、なるほど~と思うことも。本は好きなペースで読んで、感想だけでなくそれにまつわるエピソードなんかも書き留めるといいかも。読書会のようなコミュニティ活動がもっとできるといいな。「無知から未知へ」という言葉が好き。
読書リズムわかります。難しい本に出会って読んでいるんだけどついつい集中力が落ちてきて、そんな時には別の息抜き出来る本を読むっていう方法。
私よくやります(笑)そんなに難しい本を読んでいる訳ではないけど。
バッテリー補充の本はミステリーだったりシャーロック・ホームズだったり歴史の謎本だったり(⌒∇⌒)
なんや、このおっさん俺のやってることと同じ事しとるやん。ってかんじ。もう一段高度なのは年齢と場所のおかげ。ただ、この年齢でそれを知った僕は彼を超えれる。と思える作品
テレビで見た印象だと、このオヤジ胡散臭えな。なんて思ったけど、やっぱりすごいわこの人。読書は「編集的相互作用」であり、単なる「記号変換」ではない。こういうこと言ってくれる人ってあんまりいないんじゃないかな。読書経験の中で培われた自分の「エンディングモデル」を使って書物を自分のほうに引き上げて何かを発見する。定型として確立された読書方法よりもこっちのほうが断然信用できる。
私には高度すぎる~!達人として仰ぎ見るぐらいで、参考になるとか以前の話でした(笑)。ならば、読書術は自分でつくらねば!(なんちゃって)。
『千夜千冊』は、読書の友として以前から活用させて頂いている。“活字中毒”(本豪)の松岡正剛氏による読書のすすめ。対話形式のため非常に読み易い。しかしながら、内容はセイゴウ流多読術で培われた読書道そのもの。“そうそうと頷けるところ、これはやっている、仰る通り、こういう見方、方法もあるのか。”等、氏の柔軟性、感性の素晴らしさに驚嘆。自己の読書に対する見方・在り方の再発見に結び付いた。個人的には、本書は、「本を読む本」、「読書について」等の類書の上に来るメタ本的な位置づけ。キーブックを増やして行きたい。
他の人の読書法や読書歴、読書に対する考え方に興味を持って読む。読書の楽しみは自覚しているが、読書について具体的に考えたことがなかった。文章化されたものを読んで、こういう事を私は確かにしている、と再認識した部分、成る程と感じた部分が多々あった。読書法も多読術も、あとがきの「自分の得意な作法にあった柔軟なものを会得する」のが無理なく続ける極意に違いない。(注意!コメント欄に引用記載あり)
読書は編集作業であるという点を背骨として、著者の読書遍歴・読書法をインタビュー形式で紹介していくもの。著者が行ってきた引用ノート・クロニクルノート(本に年度がでれば、その年と事項を記入し、年表のようなものを作成する作業)の作成は、大変面白い試みなのだが、継続できるかどうか…。自分としては心許ない。それが継続的に出来るからこそ、松岡さんはすごいと言われるのだろう。
『読書は編集である』がゆえに本へノートのように記述していく。本の読み方は人それぞれなので全員に当てはまらないとは思うけど、本は読むだけではもったいないことを再認識。にしても、蔵書が五万~六万冊って恐るべし。
鳥瞰力と微視力。読書は複合的行為。マッピング。三冊屋。三冊の並び。無知から未知へ。読前、読中、読後、自己反映。3R(リスク、リスペクト、リコメンデーション)複合読書法。カナリゼーション(運河化)オムニシエントな視線:俯瞰的に世界を眺められる「鳥の目」。オムニプレゼントな目でその世界に入って見る「足の目」。読書は他者との交際。
本について書かれている本を読んでホクホク。この本のおかげで本にマーキングするなどの行為に対する抵抗感が薄れた。ノートとしてみることもできるのか。
複数の本を同時に読み進めることで理解が深まるということ。気分がノらない時は、ジャンルを変えて読むこと。本をノートにすること。自分もそのような読書生活をしているのだけれど、知の巨人松岡氏に背中を押された思いでなんだかとても嬉しかった(笑)しかし内容は正直難しい……。読んでみたいな、という本が沢山挙げられていたので、もう少し読書体力がついたら再読してみたい。
多くの本を読みこなす為のテクニック的な本かと思っていましたが、多読のすすめみたいな内容。自家製年表やリンクを増やしていくという方法は雑然とした知識が関連付けられて新たな発見ができそうで面白いと思った。結局は自分が好きな物を好きなように読むのが一番だと思った。
たしかにその方法だと理解が深まるだろうな、とは思うけれど、本に書き込みは無理。読みやすいけど難しい。でも、自分の好きなように読むのが一番いいってセイゴオさんも言ってたので、好きなように読みたい。
速読しなきゃならんと今まで思いこんでいたのですが、速読自体にさほど意味は無く、「いろいろなものと一緒に感じる」、「複合的行為」として楽しむことが重要と認識させてもらいました。
「本」というもの、「読書」というものを多面的に考察している本。『読書を神聖なものだとか、有意義なものだとか、特別なものだと思わないほうがいい。読書はもともと多様なものだ。~~読書を愉快にさせるのは、読み手次第なのである。』 あらためて読書に向き合いたくなる。僕の「読書」はどういうものなのかな。
自分の本の読み方を再確認。「本をノートとして使う」という発想にもなるほど。セイゴオさんが挙げているいるような本を、いつの日がじっくりと時間をかけて読んでいきたい。
私には小説が読めなくなった時期がありました。何を読んでもつまらなく思えてしまったのです。しかしこの多読術を読んだおかげで、新たな小説の楽しみ方ができました。新しい本との出会いがあるたび、知の網が複雑に絡んで広がることを実感できます。ちなみに私は本に書き込みをします。
一度に多くの本を読んでいく術の書かと思いましたが違いました。一つの本からは幾つもの本がつながり合っているので多くの本を読めますよ。みたいなことでした。千夜千冊なんていいですね。それと基本単位は”三冊つなぎ”という考えはうなづきました。「町の大型書店です。それも「棚揃え」に多少の意図をもっている書店を見る」そんな書店を発見できましたが、なにせ地方で規模が小さいので哀しいですね。「松丸本舗」の本棚体験ツアーなんて羨ましすぎる。いずれにしても読書を実生活に上手くとり入れていきたい。と、思わせてくれる書でした。
目次を私は飛ばして読んでいた・・目次が発する匂いも、これからは拾って、想像して読む。年表を作るとよい、と仰る。それから書き込み読みも多いに賛成です。最後に、こういったレビュウやノートに記して、編集。こんな楽しい作業ってない!
「多読」の本であって「速読」の本ではない。「速読にとらわれるのがダメなんです。どんなテキストも一定の読み方で速くするというのは、意味がない。それって早食い競争をするようなものですから(笑)。」だそうだ。そりゃそうだ。
多読術の
%
感想・レビュー:346件















ナイス!


































