友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバル (ちくま新書)
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友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバルの感想・レビュー(244)
他人と積極的に関わることが相手を傷つけてしまうかもしれないことを危惧するとともに、他人と積極的に関わることで自分が傷つけられてしまうかもしれないという「優しさ」が場における空気の存在を大きくしている、という。自分に素直であろうとするほど、自分が傷ついていく。しかし、他者との配慮という中では身動きがとれなくなり「空気」という相互監視野本で、コミュニケーションをとることになる。なぜ、現在において、「空気」「のり」というものをそこまで重要視するのか、ということについて見方を示してくれた本であった。
自分は世代的には親の世代でもおかしくないはずだが、子どもの問題というよりも自分の問題としか感じられなかった。生きづらさ、居場所のなさ、空気を読むことの閉塞感。そして、そこから脱出する道を一番ふさいでしまっているのが自分、という苦しさ。世代間だけでなく、世界共通の問題だからこそ、なんとか脱出方法を編み出したいと思う。(著者がしっかりと実感値を持って取り組んでいて信頼感を持って読めた。こういう問題、データはあてにできないからそれが一番大切)
若者論―社会学の書籍。「今どきの子供はわからない」という大人の人や小学校~大学生には是非読んでほしいです。場の空気を読み、シラケないように関係を保つ。筆者はそれを「優しい関係」と呼び、彼らの置かれている状況が1980年代のいじめの社会問題となった時期と大きく異なっていることを指摘しています。ただ、感想にも指摘されていますが、客観的なデータや統計が少ないですし、参考文献等が書かれていない点が気になりました。
課題図書だったので読んでみました。私はこの本で述べられているような「優しい関係」から逃げ出したことがあるので、少し鬱陶しく感じるところがありましたが、感心させられるところも少なからずありました。最初から最後まで作者の主観で語られていて、違和感を感じるところがあったので、もう少し客観的なデータがほしい
友だちにも気を使う。それが人としての礼儀だという「空気」がある。確かに身に覚えがある。友だちにも思ったことが言えないから、ブログやらツイッターやらが流行るんだろうな。
「優しい関係」をキーワードに、1980年代以降の「若者の生きづらさ」を語る。恐らくそのど真ん中世代なので、実感としては著者の言いたいことは分かる。反抗する対象のいない世代。でも、背景とか、「なぜそういうことに至るか」について触れておらず主観と憶測のみで話が進む。「読み取れない」「分からない」ことが問題なんだろうけども、私はやっぱり「歴史的に見てどうか」「社会情勢がどう異なるか」まで欲しい。
客観的データが少ないことにこそ、この問題の本質がある。優しさが蔓延る世界はこんなにも息苦しい、でもそこから離れればもっと苦しい。聖書ではなく空気がバイブルの日本では避けられない事態だからこそ、自分の状況を省みるためにも「空気を読む」世代は読むべきだろう。
この本の中で分析されている「優しい関係」に、自分がその「優しい関係」に嫌気がさして逃避した人間だからか、面倒くささを感じた。社会人となった今でもそういった関係は同世代の中に見ることができるし、その輪の中へ入っていかざるをえないこともあるが、その関係に取り込まれない視点をこの本を読んで提供してもらったと思う。できるなら「優しい関係」に疲れた中高生がこの本を読んで、自分の身体感覚だけに固執するのではなく、言葉によって自分や自分を取り巻く関係を相対化する方法があること知ってほしいと思う。
図書館で読んだ本。社会問題を扱ってる本を読むときによく感じることなのだが、多様に解釈できる事例を自分の話している話題に合うように取り上げてる気がしてならない。断定調が多いのでそう感じる度合いが大きかっただけなのかもしれないが……。確かに、人によってはそういった一面もあるだろうなと感じる内容ではあったが、「一般化して論じてしまうのはどうなのかな?」と思う内容が多かった。とはいえ、ここの感想ではいい評価も多いみたいだし、私の読み方が悪かったのかなぁ……。
集団自殺を例にしたネット上でのコミュニケーションに関して、その関係が虚構であるからこそ、その上に純度の高いリアルを感じられるという展開が新鮮だった。「死」がテーマになっているからこその展開かもしれないが、ネット上のコミュニケーション全体にはどこまで適用できるだろうか。
「優しい関係」とはコミュニケーションにおける見かけ(建前)の効用が最大限に引き出された関係性と言い換えてもよい。お互いが分かり合えていないということを全員が知っているにも関わらず(だからこそ)お互い分かり合えているふりをしなければならない。常に演技が強いられる現実のコミュニケーションと、その反動で過度な身体性(純粋さ)に傾倒するケータイ・インターネット上のコミュニケーション。「空気を読む」子供たちの繊細で過剰なコミュニケーションの在り様をいじめ問題、リスカ問題、ケータイ文化、ネット自殺などから読み解く。
これ学術書だよね?非常に心揺さぶられる。読んでて辛い。「やさしい関係」は非常にしんどい。自我と現実の差異。身体的な携帯コミュニケーション。コミュ力=その人の評価。答えは出されていない。生きづらさにもがき苦しみ、でも私はいきていかなきゃ。とは思う。最初の「学校は例えていえば地雷原」が鮮烈。
「空気を読む」世代に入るであろう私にとって、とても示唆に富んだ内容でした。近いうちに読み返したい一冊です。「優しい関係」という呼び名に納得。自分の経験と照らし合わせ、類似点や相違点を確認しながら本書を読み進めました。高野悦子と南条あやは初耳です。第四章に関しては大丈夫でした。ケータイには昔ほど拘らなくなってきているので。「生きづらさと正面から向きあう」ことを再認識しました。
再読。前半はバカバカしいと思いながら読んでいたが、後半にいくにつれて、バカにできないかもと感じてきた。そしてつらくなってきた。人生変わったかも。
「キャラ化する子どもたち」が面白かったので,こちらにも手を出してみた.学生に対して感じていた一種の気味悪さが「優しい関係」というキーワードでなんとなく理解できたような気がする.個を確立した学生が浮き上がる感じや,ネットでのべたべたとした感じも,納得ができた.自己肯定感のもてず,相対化される今だから,親である自分が我が子とどう関わるかが大切になるんかな?
再読。データが雑誌とか新聞もののばかりで信用できるのか疑問に思った。共感できるところもあれば、全くできないところもある。私には合わない本だったのかもなぁ。
この本で土井 隆義を知りましたがとても好きで個人的に信頼できる大学の先生です。「現代の子供たちの人間関係は希薄してるのではなく、その逆で、常に緊張した状態に置かれ互いを傷つけ合わないように空気を読みながらただひたすらお互い承認しあってる」という分析は今やスタンダードになっていると思いますが、この本を読んだら調査の実施時期からちょうど僕の世代ってことが分かって自分たちの事を説明してくれて、本人たちの自己責任ではなく社会と関わって行く中で身についた生き残る術であると説明しています。
大学の授業で扱われたので読んでみた。ついこの前まで女子高生だった身としては、ケータイに関しての内容に頷かざるを得ない。共感する部分もあれば首を傾げる部分もあるけれど、読んでよかったと思う。さて、私はこれからどう歩いていけるのかな。
「優しい関係」というキーワードを切り口に、現代の若者の生きづらさについて、そのメカニズムや実態を記した一冊。過剰に繊細な空気の読み合いによる「優しい関係」。そこから生まれる自己に対する認識、他者の捉え方。それらをひきこもり、自傷行動、ケータイの使われ方、ネット自殺などの社会現象から繰り広げられる考察は非常に興味深く、1人の若者として純粋に共感できるものも数多くあった。特に第2章に描かれる高野と南条の日記の比較は、両者ともに極端な例とは言え、だからこそ見えることもあって面白い。全ての年代に読んでほしい。
今の若者を取り巻く環境がよく分かりました。「生きづらさ」を抱えるのはいつの時代も同じ。でも,環境は大きく違う。それが今の若者の「生きづらさ」をさらに難しくしているのだと思う。でも ♪み~んな悩んで大きくなったっ。
一若者として、納得したり、共感したりした部分が多かった。後は、こういう社会に、自分がどういう態度で接していくかを、しっかりと決めることが重要なんだと思う。
「優しい関係」の中に生き、「自立」よりも「自己の承認」を渇望する若者たち。いじめや自殺を無くすにはどうしたらいいかという話ではなく、現代の若者をとりまく、いじめや自殺の原因となる心理や環境が描かれていた。今22歳の私は、この本の言うことにとても共感できた。私も「自己の承認」を渇望し、「優しい関係」を生き抜くための折り合いの付け方を学んできた。自分もそうやって苦しんで生きたのに、そうやって苦しむ子どもたちに何ができるか?と言われたら、悩んでしまう。
読後感に「どうしたらいいの?」という感覚が残るが、著者の気持ちはあとがきで述べられてますよ。
自殺等への具体的な救済はすべきですが、息苦しさは取り除くべきでないと改めて感じました。
要点は判ったが、で、どうしたらというのは、今後の課題なんだろう。何にも判らないよりはましかな。とはいえ自分の子供時代でも似たような関係性は多少はあったと思う。今はそれに携帯とかネットが加わりさらに加速しているのだと思う。結局は自分ひとりになって考えたり壁にぶつからないと解決しないのかも?自分がそうだったように
若者の生きづらさの分析。自分や周りの人はどうか,考えながら読んだ。大いに共感できる部分があった。これをどう生きていくかは安直に答えを求めるべきではないのかもしれない
後半にドッグイヤ多し。
いじめ発生の文脈が世代により異なっているなら、数世代上の方々がいじめ対策と銘打って取り組むことに、どれ程の効果が望めるんだろうか。/携帯メールで用件を伝えるんでなく、メールをすることが目的ってのは、別に日常の会話でもやってるんではないのか。『いい天気ね!きょうはどちらまで?』『ちょっとそこまで〜』…でも本心が言いやすい、ともあるしなぁ。分からない。
キーワードは「優しい関係」。葛藤と和解を繰り返し相手を深く理解して強固な関係を築こうとするのではなく、相手を傷つけず自分が傷つかないような配慮に多大なエネルギーを費やす若者の関係に焦点を当てた本。『二十歳の原点』と『卒業式まで死にません』を対比した章が面白かった。著者は1960年生まれ。筑波大学社会科学研究科教授。
◎再読。個人的に高校生・大学生、および子供を育てている方々(とくに中学・高校の教師)には読んでもらいたい本だと思った。構成や語彙、引用の多用で少し読みにくいところがあるものの、本書の内容は非常に興味深いものがある。本書で扱われている「死」へのとらえ方や、友人との友好関係の形成などを話題が題名と「それなりに」マッチしているのも良い。ただ、明らかに題名から連想される内容とは異なる文章も見受けられるのが残念。『親と衝突したとき、自分たちが家を出るよりも、親を殺す方が容易だと感じてしまう。』
友だち地獄―「空気を読む」世代のサバイバルの
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