終わりなき日常を生きろ―オウム完全克服マニュアル (ちくま文庫)
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終わりなき日常を生きろ―オウム完全克服マニュアルを追加
終わりなき日常を生きろ―オウム完全克服マニュアルの感想・レビュー(163)
02/12:暴威
02/04:リキカテ
02/03:yaka
02/01:Ryota Kobayashi
01/30:simomurayoshio
01/22:A&L
01/18:gumB46
01/17:DADAgadadatoiu
01/08:appleman
12/27:砂
12/22:W.Taka
12/22:てゅっぴゃー
12/19:Kohei Ikegami
12/12:D.N
俺の予言が当たっていた、みたいな書き方は学者の性(さが)なんでしょうかね。この点が少々うんざりするが、「コミュニケーション負荷」「薄ぼけた自分を抱えたまま生きろ」「欠落を抱えた自分を全体として肯定できるチャンスは、宗教と性(恋愛)」「低い分析コストや結果の明晰さに惹かれるのは複雑な社会を生き抜く知恵としては最悪」など、なるほどと思える論は多々あった。
ゼロ年代批評的には宮台真司は相当に重要な人物らしいが、実際に読んだことがなかったので入門として触れてみた。終わらない日常とかユートピアじゃね、と思っていたのだが、そうでもないようだ。大きな物語(?)亡き後はコミュニケーションスキルが重要になってくるというような箇所でちょっと刺さった。しかし大きな出来事が起こらない閉塞した世界というのは個人的にはやっぱり魅力的なように思える。これは地下鉄サリンや阪神大震災後に書かれたものらしいが、終わりなき日常は今にも連綿と続いてるんだろうか。
11/19:on0si
11/10:Sensitiver
11/09:ろーと
11/08:山本知慧
11/07:hukukozy
「良心」という抽象的な観念は、神のまなざしを前にした「倫理」と、共同体のまなざしを前にした「道徳」という、排他的な二つの類型に分割できる。/「終わらない日常」に苛立ち、「核戦争後の共同性」を早急に実現しようとする者たち。「震災の廃墟」を「鏡」として自分の輪郭を取り戻そうとする学生たち。「震災の廃墟」さえ訪れれば若者らしさが回復すると期待する役人たち。みんな同じアナのムジナではないのか、「終わらない日常」を耐えて生きる知恵を知らないという意味で―。
10/24:mkgy
10/22:HARADA・Jでございます。
10/22:北中でぐち
成熟した社会においては,誰からも共有される一定の価値観は存在せず, 「永久に輝きを失った世界」の中で,人はそれぞれの物語を生きるようになる. そんな「終わらない日常」に適応できる若者と適応できない若者について言及し,後者がサリン事件に繋がったと状況分析している. 後の,東浩紀や宇野常寛につながる考え方が多く述べられていて非常に面白かった.
10/10:田中太郎
10/09:しまった
10/05:にらとん
09/27:国際的ねずみ
「終わりなき日常」…などと言うと無茶苦茶格好いいが、つまりは社会の抱える閉塞感ということ。現在は、それを打破する時代ではなくなって、いかに妥協していくか、という生き方が肯定されるようになってしまったのか。
09/02:破れ奉行
「終わり」は、英語で「END」で、「目的」、「存在理由」の意味もある。戦後日本は、70年代に入ると、高度経済成長期におけるような進歩に対する希望、マルクス主義のような巨大イデオロギーが失われ、若者は自分の生きる目的を失い、シラケ世代が出現した。これらの若者はどのように時代に適応したか。新人類、ヲタク、新新宗教の登場である。この内、浅田彰の『逃走論』に見られる新人類のような生き方は経済的悪化に伴い、新新宗教はオウムのような先鋭化に伴い、社会的に受容されなくなった。最終的に現在まで生き残ったのがヲタクなのか。
09/01:readingmemo
08/23:ムーンライトあきら
08/19:たかやま
08/13:Kohei Ikegami
07/30:natsuiro
終わりなき日常を生きろ―オウム完全克服マニュアルの
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感想・レビュー:37件














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