科学的とはどういう意味か (幻冬舎新書)
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科学的とはどういう意味かの感想・レビュー(412)
最近小説を書いてくれないので読んでみた。これまで色々なところで主張してきたことをテーマを絞って明確に書いている。自分は工学系のエンジニアだが、確かに自称文系を主張する人には仕事上でも「文系(営業)だから」と”逃げ”を打つ人が多いのが実情だ。なお、文系・理系の話は地球儀のスライスの解説で富樫義博がイメージ図を書いているのが分かり良いので、見ていない人は是非。
小説はおもしろくないけど読んでみた。 全くその通りだと思った。文系が科学的な調査と称して行っていることなんてインチキみたいなものばかりだし。全然科学的じゃない。 まあ僕の知る範囲のことでだが。けどこの筆者も僕と同じようなレベルの物言いを結構してたと思う。科学的な見解とは言えないと思うが同意できる。 数字をイメージできててない僕は感心したとこも結構あって勉強になりました。
さすが理系!、理屈っぽい。面白かった。ただ、訴えたいことのわりに頁数が多かった。半分くらいのボリュームでよかったかも。『すべてがFになる』を読んでみよう!
主張が明確な割に説明が多くて、各章の文脈が読みづらかった。手っ取り早い結論に対して否定的な割に、各章末にはその章のまとめが載っていたりするのはどういうことかなとも思った。3日間、合計12時間で書いたというあとがきの最後の記述を見て、少し複雑な気持ちもした。
最初にふと思ったことを。文系人が「理系人の方が頭がいい」と思っているのと同様に理系人も「文系人に国語は適わない」と思ってるんじゃないのね。やったらできるもんって思ってるのか。なんて都合のいい考え方なんだw 私は国語の先生で、この程度の文章の意味すら正しく読み取れないのかと思う理系の子はたくさんみる。論理的文章が理解できないって普通に頭悪いんじゃないの? 本題に戻って。「科学とは他者によって再現可能な方法である」っていうのには至極納得したし、思考停止に陥らずに自分でデータを分析して考えないとねと反省。
私自身高校以上で文系に籍を置いていたのですが、「科学的とは」ということに関しては『ニュートン2011年10月号』の特集を読んだことがある関係上、「そうなんだ!」ということはあまり感じませんでした。「理解しなくてもいいからおぼえればいい」という発想に異を唱えるのは、いわゆるゆとり教育前の詰め込み教育に対して否定的な見解にもなるのですが、そのあたりはどう考えていらっしゃるのかちょっと気になりました。Amazonレビューを見ると文系批判がひどすぎるという反応があったのですが、確かにそういった面は否定できないかな
「知識を丸暗記したってしょうがないんだ。それが何故そうなっているのかを自分なりに理解しなければいけないんだ。」ってことを力説しているいい本なんだけど、この本のターゲットにしたい人たちはきっと読まないだろうなぁ。
作者が多分今まで色々なところで書いている、文系理系、思考停止の問題について、「科学」というのを今回は話題のベースにして書いたもの、といった印象。自分は文系だ、と思っている人に手に取ってほしい本かもしれない。まあ、文系だ、と思っている人が手に取らなくても僕には関係がないけど。少なくとも、僕には得るもののある本でした。
文系人間ではなく学ぶ事を否定している人間に対する非難ではないか?理系にも思考停止している人間はいるはずだ。
それ以外は非常に面白かった。森さんの本はスカイクロラシリーズ以外では初めて、とても面白い人だと思った。他の本も読みたい
結論から書くと、科学とは「万人が追認可能な尺度」というわけである。本書の主眼は大事なときに「科学的」でない基準を使うことがいかに損しているかを論じている。科学は使ってナンボ、というわけである。この原因を意味の縮減に求めたところが示唆に富む。
科学というと、仮説→検証→結果→考察→仮説→…というサイクルのイメージを自分は持っている。しかし、著者はそれでは足りないと。科学的ということは「他者によって再現が可能であること」だそうだ。確かに。上のサイクルを誰もが同じ方法で同じ結果を出すことができて初めて法則と呼ばれるものへ磨かれていくのだろう。 誰もが再現可能という観点、似ているものがある。マニュアルやレシピだ。多くの技術者や料理人がそれを実践し、再現したりより良いものにしたりしている。そのことを考えると身近な所に科学があふれているな、と思う。現在の
円周率と6つの三角形のくだりにピンとこなかった私は、完全に文系(っていうか無知)。世界を詩的に解釈するのが好きだけど、現実も見なきゃアカンね。宇宙は好きだから、月までの距離や地球の直径を覚えることからはじめよう。
森博嗣は小説よりも新書のほうが好きだ。もっと勉強しようという意欲が湧いてくる。
興味を持つ、好きだと感じる、楽しい、笑う、ことが自分の生活のなかでは可成り重要な位置づけ。面白かったことをついついひとに勧めてしまうけれど、興味があったら自分で調べるよ、ということもあるだろうから自重しなくてはなぁと。どんなことばも参考程度に、取り敢えず自分で考えてみなければいけない。
主に文系の方向けに書かれた、科学的に考えることをすすめた本かな?でも、文系の人が読んだら、多分おもしろくない。よって、読者不在。失礼やけど、森さんが自己満足の為に書いた本のように思える。
森博嗣が日本の原子力政策をどう思っているか非常に興味がある。震災後に書かれた本なのでその辺にも言及があるのかな、と思って買ってみたが特に書いてなった。(震災のことにはちょこちょこ触れられていたけど)内容は理系の人間にとっては当たり前のことだが(僕は理系)、やはり一般にこういう思考ができる人はあまりいないのだろう。はたしてこの本を文系の人が読むことがあるのだろうか。ぜひとも読んで欲しいのだが。
発想の独自性、派手でわかりやすい主観が良しとされている結果、理の普遍性、地味で確実である客観的なものが、面倒臭く面白くないと軽んじられすぎているのかもしれない。短くテンポよいボケをたたみかけるのが全盛の、最近の賞レースでのお笑いのような。整形や矯正したわかりやすい外見ばかり取り上げるメディアのような。より高くてより頑丈な家を建てるには、まず基礎・土台を確実にすることが不可欠なのだ。地味でしんどいけどね。全ての報道関係者に読んで欲しい。多くは望まないから、事実と私見ぐらいは明確に区別しておくれよ。
とても面白い。科学的とはどういう事なのか、とても考えさせられた。ちょうど年度末、生徒によっては理科の授業を受けるのが人生で最後になる子もいる事だし、この本を下敷きに、なんでも鵜呑みにするのではなく自分の頭で考える事が大切だと最後に伝えたいと思った。まずはもう少し色々な本を読んで私自身の「科学」への姿勢を見直したいと思う。もっと早くにこの本に出会いたかった。
久々に筆者の考えに触れたくて読んだ。以前の意見と重複していることも多いけれど、研究者を目指す者として感化された。ただし、完全に鵜呑みしてはいけないと思う。この意見も「科学的」ではないのだから
「理系」アレルギーを持っている人に結構、出会う。「私、駄目、そういう話は」「数式を見ただけで拒否反応が」「いや、難しいことはわからないから結論だけ言って」。全部、まえがきに出てくる言葉。いるいるいるいる。でもそういう思考停止が、自分自身に不利益をもたらし、ときには命を危険にさらしますよ、と。そんな人に自分の状態を自覚させ、どうすれば損をせずに済むのか、一歩を踏み出せるのかを、押し付けることなく教えてくれる本。凄く面白かった。ばりばり理系の院卒なのに、たまに思考停止する自分も、もう一度考え直させられた。
科学的思考停止への警鐘を鳴らした本。理系の人は共感しやすいかと。一人ひとりが科学的思考を身につけることが自分にとって社会にとってプラスに働くことを認識した。震災を例に考察している点も理解しやすかった。 自然の猛威から人間の命を救う、生活を豊かにすることができるのも「科学」であり「技術」なのだ。極端な言い方になるけれど、科学的思考が身を守る力になる。
とても面白かった。個人的には「ある技術者の返答」が好き。原発事故のあと、騒いでないで自分で放射線について調べれば良いのに的な発言をしたら不謹慎と言われたのを思い出した。
現代社会は科学の上に成立しているから、科学を無視すると不利益を招くという著者の考えに納得。感覚ではなく、客観的に物事を捉えることが、危機管理上重要だと認識した。
多くの話題を挙げながらも、本書は一貫して「科学に対して目を背けるな」と助言、警告してくれています。僕は中学から比較的理系が多い集団に属していたので、文系の理系嫌いに対して敏感で、本書の事柄も実際に経験したことがあります。理系でありながら文系よりだなーって思うことで悩むこともあり、そういう人は自分だけではなかったのかと思い少し安心しました。
ナイーブだなぁ、と思った。これくらいの「科学的」があったほうが良い人もいるのかもしれないけど、近頃の僕は世の中の「科学じゃないこと」のほうばかりに目が行ってしまう。どう気持ちに寄り添うのか、悩みはどう聞いてあげれば良いのか、理不尽な不幸をどう処理すれば良いのか、大切なものを失うかもしれない恐怖をどう取り扱うのか、読めるわけのない未来への不安はどう考えれば良いのか、怒りはどう表せば良いのか、どう鎮めれば良いのか、、、、どれも僕が全く無視してきたもので、さぁ「科学的」に処理すれば良いじゃんねと思って全部失敗し
著者の科学への想いがよく現れている。理系よりのぼくには十分に共感できる内容だった。特に、「自然環境をもたらしたのは、科学ではなく経済や社会だ」という主張はかなり気に入った。
嫌いなもの、苦手なものだからといって遠ざけてしまうと、自分が損をする。 自分は「理系」だからといって、外国語や政治などの「文系」を拒絶しないようにしようと思った。
ネットでのまとめより。自分の見に迫る危険でも、自分で調べようとする人は少ない。ただ、安全かどうか、誰かが決めた数字が発表されるのを待つばかり。
新書にもいろいろありますが、これはかなり良い新書だと思います。今年の震災・原発事故で様々なことが報道されておりますが、この本を読むと、それらの情報に対していかに向き合うとよいのか考えさせられます。「科学的」とは文系理系の区分のことではなく、物事をどう捉え判断するかということだと感じました。
原発事故があり、放射能の問題がある今こそ読むべき本。森博嗣が書くべくして書いた本と言える。学生は自分が「科学」する立場にいることを分かっていない。だから我々が言うことを理解しようとしない(場合が多い)。新書という簡単に読める本なのだから、これを読んで考えて欲しい。特に一年生のうちに読んで欲しい。
科学的とはどういうことかというタイトルの内容が展開されます。理系・文系という単純なことに惑わされない、嫌いだから嫌、とか、主観的な物言いに惑わされないとか、いろいろなことにどうアプローチするのかのヒントをもらえました。科学的でないと損をする。。。その通りだと思います。ぜひとも、子どもにも読ませたい。生きるヒントにとってもなる考えかたです。しかも、わかりやすいし。
3月11日以降科学って何て説明すればいいのだろうと悩んでいたので、この本を読んでみて自分の頭の中でもやもやしていたものを論理的に説明してもらい読んで良かったと思いました。これからの人達に必要なのは英語でもコミュニケーションではなく、科学的に考えること、数字に騙されないことだと感じました。森さんに義務教育時代に教えて欲しかったです。鳥が飛ぶ原理を説明する箇所は秀逸でした。興味深く面白い本だったと感心しています。続きを期待しています。是非出して下さい。
「科学的に考えたほうが安全である」と、丁寧かつ慎重に述べられている。決して科学的に考えないことを否定しないので、ある意味でくどく思えてしまう人もいるかも知れないが、それが科学がやってきたやり方なのかもしれない。自分を〈理系〉だと思わなくとも、高校生以上は読むべき価値がある。震災後を生きる上でデマやセンセーショナルな情報に踊らされないためにも、なるべくで良いので「科学的」に考えるくせをつけてみてはどうか。
なお、発案自体は震災前だが、震災直後に書かれた本なので、原発事故についても少し触れられている。
科学的とはどういう意味かの
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