神様のすること
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神様のすることの感想・レビュー(86)
エッセイ、かな?子供の頃、父や母は始めから「お父さん」「お母さん」であって、子供時代や思春期時代、青年時代があるなんて考えた事も無かった。でも父母は人生を積み重ねていって、いつか終わるその人生を生き続けている。父母の最期はどんな最期だろう。その瞬間を迎えて自分は何を思うだろう。
あまりにもセキララなエッセイ。介護や死と言ったネガティブな内容をこれでもか!と言うくらい盛り込まれていました。それでも嫌な感じを受けなかったのは、「こんな親でも自分の親だから。」とちゃんと真正面から受け入れていたからだと思う。ここまで親を思える様になるには、私はまだ数年、いや何十年とかかりそう…。
ほのぼのした装丁に惹かれ手に取ったら小説ではなく作者のお母さんの介護のエッセイだった。長く寝たきりになり、何度も死の淵まで行っては戻ってくるお母さん。介護はマラソンのようだ。終わりのない。神様は願いを聞いてくれたんだなと思った。作者のお父さんのようになくなれたらいいな。長引かないでぽっくり逝きたい。
なるほどなって思いましたね。そっか,全部神様が決めたことなのかと。神様にお願いして叶えてもらうにはそれなりの代償がいる…そうですよね。ただでやってくれるほど人生甘くないよなって思いましたw
いいことも悪いことも老いることも、みんな神様が決めたこと。だから仕方ない。それはあきらめや開き直りとはちがい、達観するということ・・・。わたしはまだまだ人間が出来ていないのでその境地には遠いけれど、いつかそう思いながら死を受け入れられたらいいなぁ。それと、介護は本当に大変だと思うけれど、老衰で死ぬのは本当は幸せなことなのだな。
ため息、読後・・・いろいろ考えちゃったな、死に方。人が死ぬって言うことは生きてる人を際立たせることだと知る。メメントモリ。『記憶は嘘つきだ。でも大事なのはエッセンスだと、わたしは強弁する。この世とはつまることろ、わたしに見えてる世界のことなのだ。わたしはわたしが作った観念の檻から出られない。けれど、時折、檻の中に光が差し込む。風が吹き込む。~この世に生を受け、生きてきたからこそ出会えた人たちのことを。彼らはわたしの中で生き続け、わたしは彼らによって生かされている。それが、神様のすることだ。』
「気持ちの悪いプラスチックばばあ」という表現が強烈に残っている。せめて、老いることを諦めるではなく、愉しむ方向へ行って欲しかった。全て終わって、全て吐き出したかったのだろう、かなり赤裸々でとても壮絶な介護だった様子は良くわかりました。広島の言葉は強烈だな。辛辣。なんとも。
表紙が可愛らしいのに比べて内容は介護や死について書かれていてシリアスでびっくりした。 人は死ぬ前に一番大切な時に戻っていく。マッチの残りを全部使っても見たい光景に包まれて死んでいくマッチ売りの少女みたいに。私が最後に戻る光景はこれまでのものなのか、これからのものなのか。それくらい大切な思い出を作っていきたい。
10年後15年後に再読したい。
「わたし」の母の約9年間に及ぶ介護。父のお葬式。父と母と家族の思い出話。まったく湿っぽくなく、淡々と丁寧に語られる思い出話は感心するほど詳細で、「わたし」と家族の絆を感じた。
介護話だけれど、自己憐憫がなくて素直な気持ちで読めた。
身近な話しすぎて読むのがちょっと辛かった。エッセイっぽい小説かと思ってたけど、エッセイだったのかな。 介護ってどんなに頑張っても罪悪感と後悔が残る。それを知っているのは知らないでいるより心持ちが楽な気がする。
母の介護をしながら見えてくる来し方行く末。人の生きることに対するこだわりや姿勢が死に方にも反映するのか。生きること、願うこと、そんな当たり前のことがたまらなく愛おしく思えた。読んでいる間、親との距離や、これまでの関係もやがてつきつけられる時が来るのだとも思った。
日ごろ思っている事が書かれているようで、すごく良かった。私はどんな年の取り方をして、周りの人たちとどうやってかかわって行くんだろう?それよりも親の心配をしなくちゃいけない。神様、あまり試練を与えないで下さい
親を看取るということについて深く考えさせられた。死人に口無しと言うけど、ここまで身内のことを書いてしまっていいの?と疑問も。でもそんなことが言えてしまうほど介護という現実はとても厳しいものなのだろう。
「口に出して言わないと、気持ちは伝わらない。」それはそうだけど、口に出したからと言って伝わるかどうかは分からない。しかも、言った事が本当かどうかも分からない...本人にさえも。。。
彼女の自叙伝+両親の介護記録+看取りでありました。親のこと、特に母親に対して、冷静かつ物書きとして、見ている。これをどう感じるか?読む人によって、違うだろうなと思います。もしかして、「冷たい人」と思うかもしれません。不快に思う方もいるかと。そういうこと含めた、本音満載です。
年齢が近いので考えないと言えば嘘になるが、今うちの親はまだ介護が必要ではないからこんな風に自分が思っちゃうのかなぁととても怖ろしい。きっと作者も親のことをこんな風に思わないで済めばその方が良かったに違いない。命っていつまでか分からないし、全然平等じゃないから神様って本当にいるのかなって思う。50年以上も一緒に過ごしたら愛着もあるけれど腹も立つ。言っちゃおしまいの事言わなくて済むように願うばかりです。思うのと言う(書く)のとは別だと思うから。
介護日記。これからは両親、舅姑、4人をいっきに介護、看取る人が多くなるね。私たちの世代は、ほんと破産しちゃうね。介護って、つきっきりって意味じゃないね。介護費用を稼ぐこと。親の心残りや、腹にたまった黒い感情を聞くことだね。心が折れそうでも、逃げられないことだね。まずは、親が元気なうちに何か思い出作りをしたいね。
自分の親の老いていくありさまと死に至るまでのそれぞれの姿、幼いころの思い出からよみがえる両親の姿などわが身に置き換えて身につまされた。私の隣には犬の姿をした付き添い天使がいてくれるならきっとこの先にある死にも孤独を感じないでいられるかもしれない
身近に10年越しで逝けない、逝かない姿を見てきたので、戻ってきてしまう母上様の描写に恐怖を感じてしまった。本能だけになると・・・・長いんですよね。笑っているような骨で終われるように、生きたい。
ある年齢以上の女性なら身につまされる物語。レベッカ・ブラウン『家庭の医学』を思い出す。エッセイに見せかけた小説か、小説に見せかけたエッセイか。まあ作家のすることなんてウソがあってあたりまえ。なんかずしんと重い小説を書いて欲しいなあ。
神様のすることには、かなわない。すごく納得。平さんの介護&思い出エッセイなんですが、どんな想いで日々を過ごしていたのか、がよく伝わってきます。家族は大変、そして他の人が、こういう風にすごしていることを知ることができるのも、いい本だと思いました。人の話って知りたくても知れないものですよね。
図書館では小説になってたけど、主にお母様の介護をかいたエッセイでした。すごく赤裸々にかかれていてます。あと何年かしたら自分にも降りかかってくるであろう現実を垣間見られてよかったです。
小説家と思いきや、エッセイというか介護日記みたいなものでした お母様の介護をされつつ小説家のお仕事も頑張っていらしたんですね 人間痴呆が入ると本能のもっとも欲する欲求に素直になるそうですよ 家族は大変だけど、平さんのように受け入れてあげるとまわりも本人も楽になれるんでしょうね 実際は大変なことだらけですけどね
要介護の母を抱えながら小説家をしていたんだとちょっとびっくりしました。お母さんが痴呆となり人間関係が露わになって行く家族の状況はここまで書いてもいいの?と思うくらいでした。介護の実態も書かれていて参考になりました。
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感想・レビュー:41件














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