問題は、躁なんです 正常と異常のあいだ (光文社新書)
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問題は、躁なんです 正常と異常のあいだの感想・レビュー(112)
これ読んだ後に、談志の若かりしおりの「居残り佐平次」を見たら。佐平次が躁病患者にしか思えなくなり、気持ち悪くて見ていられなくなった。
鬱病ばかりが取りざたにされる中で、どこか等閑に付されがちな躁病を正面から取り上げた稀有な書。ひたすらハイテンションで箍が外れて、はた迷惑なことこの上ない躁病患者の生態は、当事者でない読者にとっては、まさに対岸の家事という感じで楽しめる…と言ったら、罰当たりか?実際鬱病の知り合いはかなりいるけれど、幸か不幸か躁病の知り合いというのは無い。ただ、一時的にこれは躁ではないか?という状態にあった知人は何人かいて、その人達を思うと、なるほど欝と躁というのは紙一重なんだなと合点がいった。
家人がまさに今「躁」です。当てはまることがたくさんあって、まさにこのタイトル通り「問題は躁」なんです…。身につまされつつ、どのページも「そうなの、そうなの」とうなづきながら読みました。でも、もしかしたら本人はこの「躁」の状態のほうが幸せなんじゃないだろうか、とも思ってしまって、悩ましい限りなのでした。春日さんは「本人もきっとつらいのではないか」と書いていらしたけど、本当はどうなんだろう。
内容自体は多くの実例から、躁というものを解剖しているというものであり、最後に病理的な内容が若干ふくまれるというものであった。私は自分自身を自分自身で俯瞰したとき、躁鬱傾向が強いことはかねてより自覚している。高揚した気分から一転鬱々とした気持ちに落ち込み、周りに困惑を与えることも多々あるのだろうということは、容易に想像がつく。内容は冒頭に書いたが、この本からはそういう自分をこれから先、自分でどう導くかのヒントが、多少ではあっても記されていたような気がした。
近年、鬱病はよく取り沙汰されるが躁病はあまり話題に上らないとして、啓発的に論じる。躁はポジティブに考えられがちであるが、症状が深くて治療に手間がかかり、その裏には不安や絶望を抱えながら、表面を過剰に取り繕う心性が働いているという。飛行機に関する事件を多く引いているのが、躁的な要素(全能感・衝動性・自滅指向)の「ふわふわ」した感じとマッチしている。なお、医学的な説明も付録に用意されている。
躁が原因と思われる事件を列挙して、躁の患者はこういった思考回路でこういう行動をおこすこともあるということを示している。読み物としてはまあまあ面白い。が、事件についての情報ソースが週刊誌だったりスポーツ新聞(東スポ)だったり、ちょっと安易。裁判で精神鑑定も行われなかった事案にかんして、外野から「これって躁が原因じゃね」といっているような感じ。精神医学の専門家が書いている割に各事件の検証にたいする踏み込み方が浅い気がするなぁ、と感じた。
鬱病の本は沢山出てるのに、躁の本はなかったなあと思い手に取りました。 本人が前向きでいるならいいじゃないか。と思っていたけどそういうものじゃないことがわかった。周りにも迷惑だし。鬱よりもよりも理解されないつらい症状だなと。もっとくわしく書いてある本が読みたい。
躁うつ病は、大変身近な問題なので読んでそうなんだよなー、と思う箇所がかなりありました。が、周りの人間はどう接したらいいのか、そこら辺のところも少し触れて欲しかったような。
専門家でもかなり消耗するというようなことは書いてありましたが。
何となく躁っていいな〜と思っていたんです。だって、多幸感に全能感、何でもどんとこい!ってな感じじゃないですか。私もできるならなってみたいと思ったら、やっぱり大間違いなんですね。「鬱の底を越えると躁になる」。躁なんですね。さらに、躁の人というのは薄っぺらさがつきまとうという言葉に納得。著者自身のエピソード、小説などの引用とともに語られる躁の数々は面白く読めた。とはいいつつ、やっぱり魅力的なんだよな〜、躁。
大まかに躁病について掴みたいならまず161ページ(第6章)から読み、その後1〜5章と読むことをお勧めする。1〜5章は主に雑誌や新聞記事を引用して、躁病患者と思われる人物を紹介し、随筆的に検討している。あとがきが一番面白い。
エッセイ風で読みやすいが、具体的な対処法(予防法)は載っていない。よって現在、躁病や周囲に躁病の人がいて解決法を求めている人にとっては肩すかしを食らう。
あなたの立場でそんなこと言って大丈夫なの、と心配したくなるくらいに、精神科医の著者が「躁」を少々茶化しながら紹介している。主観的な憶測も多い。ただ、鬱が取り沙汰されることの多い中、軽視されがちな躁へスポットを当てようとした意気は伝わってくる。事切れるまで躁状態から我に返らなければ、それは愉快で幸せな人生だったと言えるのか。誇大妄想という形で強烈に他者とのつながりを求めている患者から、人は離れていくばかりだというのに。「ほんとうのさいわい」とは何か、といった所まで考えさせられてしまった。
躁病、双極性障害、躁病的な性格の似ている点とか違いとか。抗うつ薬による躁転の話も。文学作品や人物を通して躁のなんたるかを語る。本人の様子を見るとエネルギッシュで楽しそうだが背景には不安と絶望と焦燥が隠れている。精神科医が病名を関して書く本は割と客観的なものが多いのにこの人の場合なぜか主観的なエッセイ風になるんだよなあ。
躁病について考えさせられる本。ところで、薩摩治郎八は躁病だったのだろうか。いくら自分の金ではなかったにせよ、あれだけの金額を散財する度胸は、私にはありません。
躁は香水に似て微量ならば魅力的、濃すぎると悪臭そのもの…うつが心の風邪なら、躁は心の脱臼だという指摘に納得。児玉誉士夫宅に飛行機でつっこんだポルノ男優など不可解な事件実例を多く挙げ、「心の闇」の理解に「躁」という視点を持つことを薦める。完璧なうつになれても完璧な躁に自らを塗り上げることは困難、人間にとってうつが自然、躁が不自然との指摘も臨床を多く経た著者だけに含蓄深い。事件実録の趣もあるが飛行機がらみはやはり躁の者を魅了するのだろうか
なかなか躁に関して学ぶ機会というのはなかったので,読んでみた.躁というのは鬱と違って分かりにくいように思える.ただ単にテンションが高いだけなのか,それとも躁状態なのか.なかなか難しい分野だと思った.
躁病、躁モード、双極性障害を主題にすえた、肩のこらないつれづれエッセイ、というか、とりあえず紙数を埋めました、というか。躁の扱いはほんとめんどうでね、ネット経由で絡まれたりしたらマジ手に負えないw。あと、本書で指摘されている「欝が底抜けると躁になる」という指摘には禿同。傍目には楽しいネタになるけど、当事者になるとめっちゃめんどいお病気の一つでございます。
躁病のもっとも恐ろしいところは周りから見てそれが異常と判断されにくいところである.問題を起こしてもそれは人格の問題であるとされてしまうことが多い.
躁について全く知らない状態で読むには良い本。ただ、完全な躁のエピソード紹介や事件との関わりの考察(こじつけ?)に終わり、より身近で厄介な軽躁について割かれているページが少ないのがちょっと残念。
その昔映画リーサルウェポン2を見た時のこと、メル・ギブソン演じる主人公が第1作では自殺願望を持ったダークな役だったはずなのに2作目になった途端に底抜けに明るいヤツになっていたのに面食らった思い出がある。 しかしアレこそが真実だったのである。 最近じゃ会社の課内に1人の割合でいる「鬱」は確かに誰しもがなりうる心の病という認識が広がっているがその裏ともいうべき「躁」については触れられることは少ない。 改めて考えると「躁」の方が十分誰しもなりうる心の状態であり病ではないのかと考えさせられる
問題は、躁なんです 正常と異常のあいだの
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