愛人(ラマン) (河出文庫)

愛人(ラマン) (河出文庫)
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愛人の感想・レビュー(148)

怒涛のような人生にあらがわず、身をゆだね、大いなる流れの一部になる。彼女はそのことを理解せずとも、体で感じ、受け留め、体現した。蛇足ですが私の祖母も植民地育ちで、この作品ほどではないけれど、やはり家族関係は破綻していたらしいです。そういうものなんでしょうかね・・
ナイス!ナイス! ★​★​ - コメント(0) - 01/20

はじめて読んだのは中学生のときでした。なぜ手に取ったのかはもう忘れてしまったけれど、そのころの私にはこの小説を半分も理解できなかった。そしていまでも十分に理解しているとは言い難い。それでも母親にむけられた憎悪と、その裏側から聞こえる愛されたいという叫びは、少女だったころの私の胸に痛いほど突き刺さり、同時にその感情がどこまでも客観的に書かれてあることにある種の感動を覚えたものでした。何度読んでもそのたびに物語が流砂のように頭からこぼれて、読むたびに新鮮な印象を受ける、美しくてどこか神話的な小説。

過去がどのような順序で想起されるのか、どのようなエピソードをピックアップすべきなのか、構成、を確認するため再読。一人称と三人称を両方使い、ピント(距離感)を調整しながら、「意識の流れ」のように過去を語る。冒頭と結尾の「近い過去」に挟まれた遠い過去は、恋人の回想は時系列、家族の回想は順不同(思い出した順?)。やはり物事の生起順は自由に寸断していい。現実の時間は不可逆だが、小説の時間は自由で、ときに錯綜する。

サガンの『悲しみよ、こんにちは』、カミュの『異邦人』などと同じ雰囲気・読後感を持つ作品。既存の価値観に囚われず、常に何かに苦悩し、そしてどこまでも自由奔放な「わたし」。文章単位での繰り返しが多く、韻を踏んだような効果がある。そのために文章にリズム感があり読みやすい。ただ、その読みやすさが故に印象には残るが記憶には残りにくいのも事実。

表紙に惹かれて図書館で借りて読んだ。癖のある独特な美しい文章で、エロティック。少し疲れたかな。もう少し大人になった時にまた読みたい。

★★☆☆☆某作家さんがお勧めしていたけど、残念ながら私には合わなかった。文体も構成も、色々な点で読みにくい。

M.デュラスの『ラ・マン(愛人)』を読む。感情移入して読んではいけないものの代表のような作品。素朴な少女が男物の帽子で女になる(と鏡のまえで自覚する)こと、周囲のまなざしが求める自分になること、金銭のためにパトロンの腕に身を委ねること。
緒方勇人
そうした社会化ないしは女性化への命賭けの跳躍が、年老いた女がかつての自分を語るという位相のもと、ときに一人称で、ときに三人称で、さまざまな歪みを生じさせながらも断片的に物語られていく。とりわけその跳躍の果たされる前半3分の1はおそるべき緊張がはしっており、圧巻。
ナイス!ナイス! - 06/10 01:42

緒方勇人
まあ、それ以降はやや冗漫な印象がぬぐいきれないのも事実。時折散見されるエスプリに富んだ文章もたいへんすぐれたものが多いが、当時の仏領インドシナにおける人種間差別のことや、家庭の淵に沈んだ狂気の磁力などの描写はややありきたりでくどくどしさが残る。ほかの読者の感想をうかがいたい。
ナイス!ナイス! - 06/10 01:42


東南アジアの生温かい風が服をそよがせ、肌を撫でていくように、当時当地の家族や恋人の思い出をゆるやかに繋げていく回想小説。家族の事情や情事の場面やベトナムの風土などをもっと具体的に書いてほしいと願うのは贅沢だろうか? 

まったく感情移入できないタイプの主人公を設定し、それが半ば著者の実体験だったということで、この手法が確定したのでしょう。過去を現在として語る手法。西洋的な時間の三分法からの脱却。いわゆる物語であることを拒否するような語りは、著者の内的自己をより高いレベルで描くことに一役買っているようで、筒井的表現を借りるならここでの「私」はレベル0.5の著者といったところだろうか。これにより読者は新しい形で物語を追体験することが可能となり、それが感情移入への通路になっている。話よりも、手法が感動的な一冊。面白かったです。

作者の実体験に基づくとはいえ、ここで語られているのは時系列に沿った正確な「過去」ではない。目の前を流れる河の水が、一瞬先には他の水と混じり合い見失われてしまう様に、過去の「私」は忘却の時間を通過する事で、現在の「私」とないまぜになり抽象的な存在へと変貌していく。デュラスはエクリチュールを通じて15歳だった少女時代を生き直す。しかし、それは既に「現在」と同義なのだ。

十五歳の少女が体験した親からの自立や支配・人種差別を一人称の私小説で書くことにより、「わたし」の深い感情の部分にまで踏み込んでいる。もう一つの本題はとしては、いびつな社会・家族の中で親族や隣人に愛を求めた結果全てを失ってしまった部分。川の流れにインドシナ植民地での二度と戻らない日々の光景を映し出し、「流れゆくエクリチュール」と表現することで主人公はそれまでの「虚構」の自分を認知・脱出し、「真実」の自分と向き合うことを決心する。これは私小説の一人称文体・現在形が成せる業。
ナイス!ナイス! ★​★​★​★​ - コメント(0) - 11/21

どこかで紹介されていて、初めてデュラスの本を読みました。う~ん、あと数回読み返したいけど…勢いで読んだら飲み込まれそうで、私には合ってそう。母を、兄を、愛人を、愛していた、愛されたかったわたし。痛い。

高校生の時手に取ったが文体が合わない。いま見返すと入り口のセリフは映画みたいでいいんだけど、内面の葛藤と母との確執重さを追いかけるのがつらく途中で挫折。翻訳が合わないのか世界観が合わないのか。映画から入った方がいいのかな?同じフランス物ならサガンの方が好み。読んでいてつらい。
ナイス!ナイス! ★​★​ - コメント(0) - 09/28

「流れゆくエクリチュール」そのもの。ここに書いてあることは全て、読んだ後にわかるのではない、読む前にわかるのだ。これほどまでに全ての出来事がイマージュという名の「自己本位」のうちに結晶し、だからこそ比類なき美しさによって存立している小説が、150万部も売れるフランスという国に激しく羨望を覚える。
ナイス!ナイス! ★​★​★​★​★​★​★​★​ - コメント(0) - 09/14

映画を観たのは随分昔で、早熟のふてぶてしさで自分の体を投げ出す白人の少女に対して、それを囲う華僑の青年の方が優位な立場にいたような気がしていたのだけど、原作は、母や兄への反発に抑制がきかなくなる少女の方が優位で、青年には孤独の悲しみと、傷をなめ合っているのか負わせ合っているのかわからないほど切なさが色濃かった。遠い記憶の編集は独特なリズムの文体で、ちょっと呼吸が合いにくいのだけど、いい年になったせいか、溺れても溺れなくても残る痛みに甘い感傷を馳せてみたり・・。
ナイス!ナイス! ★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​ - コメント(0) - 08/21

デカタンだねえ。主人公一家がどうしようもなくて、それが切なかった。サガンの「悲しみよこんにちは」と合わせて夏に読みたい。
ナイス!ナイス! ★​★​ - コメント(0) - 08/05

運命をかぎ分ける嗅覚。快楽の後の深い眠りの中で夢を見るように、人生を受容し続ける生々しいしなやかさ。よそよそしさの距離感を保ち続ける、他者への親密な眼差し。それは男たちが、ほぼ確実に持ち得ない身体感覚。血液と死の匂いを纏う柔らかな重み、吐き出される息の湿度。他者の存在感へと向かう憧れに似た感情、欲望を喚起させ、生が不確定であるという事実によって人を飲み込んでゆくような、美しい小説です。
ナイス!ナイス! ★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​ - コメント(0) - 06/08

38pの長大な一文は、大好きなお母さん、から始まり、殺してしまうべきなんだ、母は、と結ぶ。彼女の中の母のイマージュの揺れ動きを巧みに表している。愛人への愛も、下の兄の不滅性も、失ってからでなければわからなかった。ならば、いずれ上の兄や母が、時の優しさに包まれて、一つの墓地、一つの砂漠で眠りにつくこともあってはいいのではないか。そう思う。
ナイス!ナイス! ★​★​ - コメント(0) - 06/08

このくせのある文体、頭の中に直接注ぎ込まれるようで私には読みやすかった。場面の切り替え方が映画っぽい。映像を構成するようにして、それをそのまま文章に落としているように感じた。好きな箇所は「母は流れゆくエクリチュールとなってしまった」というところ。ドキッとした。
ナイス!ナイス! ★​★​ - コメント(0) - 05/26

TaE
島本理生が『ナラタージュ』や『生まれる森』を書いていたときにイメージとしてあったのがこのデュラスだ、とどこかで言っていたので手にとってみた。家族の不和がベースとしてあって、中国人青年との出会いによって少女が女性になる過程が描かれている。なかなか『ナラタージュ』のイメージとは重ならなかったが、この物語がデュラス自身から生まれたものだというところが、島本理生に通じるところなのかもしれない。独特の文体、リズム感がデュラスらしさを増している。
ナイス!ナイス! ★​★​ - コメント(0) - 05/23

書かれていることに、「自伝的作品」ということで超自然的な要素は一切ない。が、にもかかわらずデュラスを幻想作家と言いたくなる。視点や時系列が錯綜する特有の文体も理由の一つであるが・・・なんというか、作品全体に「ファンタジーのロジック」が流れてるというか・・・ 話の筋はそう難しいわけではないけど、面白さを説明するのはムズカシイ。
ナイス!ナイス! ★​★​★​ - コメント(0) - 05/11

私が読んだ他のデュラス1、2冊に比べると大分庶民的(?)で読みやすいが、特有の文体は健在。ストーリーも追いやすく、このくらい分かりやすい方が、むしろ私には文体の芸術性が理解しやすく、楽しみやすかった。デュラスの入門用?

うんそうだよねフランス文学ってかんじよね。映像だったら、ベトナム白人社会の異国的な美しさとか、濃厚なラブシーンとかで魅せれたんだろうけど、そうすると結局何が起こったの?で終わりそうだよね。小説だと、文章を追って見失ってぼんやりとしたイメージが像を結ばないまま読み終えてしまって、結局後味だけが残る、みたいな。甘いわ。

断片的な過去の情景が入り乱れ、一つの大きな流れをつくりあげているところが大変美しいと思いました。
ナイス!ナイス! ★​★​ - コメント(0) - 10/02

文脈が今の自分に合わない、さらにお話が難しくて(つまらなくて)途中で挫折。流し読みの読了です・・・。
ナイス!ナイス! ★​ - コメント(0) - 08/08

*** 自分自身からこそ最も良質な作品が生まれるのか

若い頃の体験談は、確実にその人物の中で美化されていくのではあるが、このデュラスの 濃艶な写真を見るにつけ、彼女の根幹にある狂気と男を狂わせる力というのは、死ぬまであり続けたのではないかと思う。思春期、14,5歳の娘には恐ろしい物などはないのだ。ベトナムの湿度、淫靡な逢瀬、彼女はそれらを通して身の傷みと心の傷ももろともせずに、新しい世界に飛び立っていったのだ。娘の軟らかな肉と青春の葛藤、そして客観性がこの小説を他の物とは全く違う神話にすら昇華させているのだと思った。
ナイス!ナイス! ★​★​★​★​★​★​ - コメント(0) - 07/16

身を擦り切りながら書き連ねられた自伝。痛々しく輝く文章の中は、愛憎で満ちていた。

彼女が書くこの文体には、てんてこ舞いになってしまったけど、中国人青年を愛人と呼ぶ気持ちは理解してるつもり。私は少し遠くなってしまったあの頃、21才になるある青年に惹かれた。彼は若く育ちも良く、私には不似合い。でも、ただ思い出を作りたくて彼と一日の数時間を過ごせるよう企てて約束した。その日は晴れていて私の自転車は活用出来た。私の自転車を彼はこいでヨタレタ私を乗せてくれた。公園までの二人乗り、私は切なくも鳥が囀るように彼に話しかける。「私、貴方の愛人でよいわ。」彼は「愛人なんですか?]あぁ~私もデュラス。
ナイス!ナイス! ★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​ - コメント(4) - 06/10
九鳥
フライング失礼しました><けど結局この青年との話の続きはここまでなのですね~。
ナイス!ナイス! - 06/10 22:13

光芽様
あの後、彼は若い可愛い女に寝取られたわ。で、出来ちゃった結婚したみたいで~今では疎遠よ。光芽は相変わらす恋には臆病よ。デュラスも家庭の問題とか、身分とか何かコンプレックスがあったのかしら。だから愛人なんて言った光芽とむしろ同じ?その青年とのツーショットの写真あるわ。見る?
ナイス!ナイス! - 06/10 22:54


白人であるプライド故にか困窮している現実とうまく向き合えないままフランス植民地下のベトナムに暮らす親子。鬱傾向になりながら長男を溺愛する母に、薬とギャンブルに溺れる長男、高圧的で暴力的な兄に恐怖する次男、その中で勉学的な才能を発揮しつつも「金の為」と裕福な華僑の青年の愛人になる少女。全てのことは為される前に悟っていたと言いながらも(最後の別れの後に悟る愛人に対する感情からも)単に強がりのようにも感じられる。直訳的で時空・妄想と区切りなく移りゆく文章を読むのに苦労した。
ナイス!ナイス! ★​★​★​★​★​★​★​★​ - コメント(0) - 06/10

「母親を殺したい」という激しい憎悪を裏返せば「愛されたい」という切ない願いが溢れている。彼女にとって愛人であるということは、肉親を殺すことであり、肉親の愛をむさぼることでもあったろう。18歳で悟りきってしまうような感受性の少女が、このような環境で、生き延びただけでもたいしたものだと思うのですが、彼女は、愛人と別れた後、愛人に対して「その愛を見出したのだった」と気づく。この気づきによって彼女が救われているように感じました。
ナイス!ナイス! ★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​ - コメント(10) - 06/10
四季
里馬さんもbenjaminさんもありがとうございます~。次回はぜひとも参加させていただきます!
ナイス!ナイス! - 06/10 17:17

ぱせり
benjaminさん、こちらこそありがとうございます。読書メーターの枠の中で、こんなに楽しいことができるんですね。こんなすてきな企画を考えてくださった方たちに拍手拍手です! またよろしくお願いします。(みなさん、早起きではなくて夜更かし・・・なるほど~^^)
ナイス!ナイス! - 06/10 17:53


Roy
★★★★☆ 母の像が不確かで揺れているように見え、文字の隙間から「愛して、愛して」という悲痛な叫びと、方向性の違う盲目な愛情を客観的に赦しつつも「私は貴女に勝ったの」という怨念故の嘲りが浮かび上がってくるように思える。それからすると、金持ち中国人青年ってその実どうでもいいような道具にしか見えず、胡瓜や茄子で代用してもいいのではないかと思ったりもする。根本そのイマージュのコラージュ的な切り貼りに鬱陶しさを感じたのだが、素敵だと思える所もそれ以上にあり複雑だ。
ナイス!ナイス! ★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​ - コメント(0) - 06/10

この湿度の高さ。流麗な言葉に潜む静かな狂気。少女の欲情は他者への愛なのか、恋なのか、鬱憤晴らしなのか、それとも単なる自己愛にすぎないのか、読んでいる最中は自己愛だよなと思っていたけれど、読み終えた今は、全てを含むどれでもないもの、の様な気がしている。膨張する矛盾と放出される混沌。少女は手を離したときに真実に気づき、手を離したことで真実を永遠にする。ある意味完璧だろう。思い出は決して彼女を裏切りはしないのだ。タイトルを恋人ではなく愛人としたことに著者の少女性が見える気がした。
ナイス!ナイス! ★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​ - コメント(0) - 06/10

回想文学。思い出は想い出す事によって神格化してゆく。紡ぎ出されたこの一冊は氷山の一塊に過ぎず、著者の都合良い懐古以上に美しい作品を創り出すなど困難極まりない(自分の過去より美しくともそれはそれで認めないだろう)。著者デュラスは、これが映画化された際、出来に酷く不満だったらしいが当然じゃあないか。
ナイス!ナイス! ★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​★​ - コメント(2) - 06/10
とも
この作品自体は好きなんですが、あの映画は確かに・・・。映像化して何とかというのもあるけれど、男がひどすぎるんです、四角い顔で(私の好みじゃないというのも大きい・・・んですが)
ナイス!ナイス! - 06/11 08:52

里馬
本が売れたから映画も売れるだろうって魂胆がまず不快に思うんですけど、こういう半自伝作品を映画化するってすっごく難しいと思います。デュラス自身が監督或いは演出に携わった方がまだ良かったのでは?って。  確かに・・・相手の男は・・・僕から見ても・・・もごもごもご。
ナイス!ナイス! - 06/11 10:45


内容は密度と濃度の高い官能模様を書いているのだが、ただ安く売られるだけのエロティシズムではなく本当の意味で吐息が出るような熱く噎せてしまう。これもデュラス自身の単なる体験談ということにもならず、グッとその恋愛と官能に惹き付けられる。
ナイス!ナイス! ★​★​★​ - コメント(0) - 04/11

★★★☆☆ 図書館本。

再読。

6点

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愛人の 評価:64 感想・レビュー:47
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