柴田さんと高橋さんの小説の読み方、書き方、訳し方
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柴田さんと高橋さんの小説の読み方、書き方、訳し方の感想・レビュー(181)
面白い。でも、う〜ん、難しくって分からないよ〜。このタイトルを見て、「あの高橋源一郎と柴田元幸がここまで方法論を開示してくれるの!?」と思ったら大間違い。とはいえ、二人の赤裸々な話が聞けるのが楽しい。詩が書けない源一郎さんと小説が書けない元幸さん。ピンチョン『重力の虹』、読んでないんですか、元幸さん! でもでも、「コード」って言われても、やっぱり小説を書いたことがない、訳したことがない私にとっては、想像するしかできない。「コード」の外し方のコツ、もっと詳しく教えてくれないッスかね、お二人さん!
創作というのは結局のところ個人的な体験でしかないから、誰に向けて何のために語るものでもないんだけど、最初に「チャクラ」を開くためには、誰のために、何のために、誰が語っているのか、という「設定」が必要なのかもしれない/高橋氏と柴田氏という第一人者がそれぞれに、自分はどうやって読んだり書いたり訳してるんだろう?と、お互いを己の鏡像に見立てながら「自問自答」してるような対談。面白い。オススメ。/創作者だけじゃなく、実際には我々は日常の対話も常に「翻訳・創作」をしてるのかもしれないとふと思ったり
近現代の文学の潮流についての話や、小説を書く時に「コードを受け入れて書くのか、コードを受け入れられないから書かないのか、コードがあるということを書いてしまうのか」という話など、大変興味深かった。しかし、著者のお二人が取り上げていらっしゃる本の半数以上を読んでいないということに気づいて愕然とした。手持ちの積ん読本を片付けたら、必ず買って読もうと思う。
「読み方パート」だけ読んだ。すごい。面白い。村上春樹もそうだけど、何かその人が書く小説が肌に合わなくてもエッセイやら評論が結構肌に合うことがある。高橋源一郎もその種のタイプの作家かも。対談内容から、中上健次と小島信夫に、俄かに興味が沸く。ワクワク。読まねばっ!!
対談というより、いま日本文学(「ニッポンの小説」)がどうなっているかを語る高橋さんと、それにアメリカ文学翻訳の経験則を挟みながら聞き役にまわるアメリカ文学者・柴田さん、という印象。
東京大学大学院人文社会系研究科教授(現代文芸論、アメリカ文学)の柴田元幸氏と明治学院大学国際学部教授で作家の高橋源一郎氏の小説の書き方・読み方・訳し方にまつわる対談集。 すすっと読めるのであるが,その実,非常に難解である。というのも,文体であるとか声であるとか,文学をやっていれば了解されるものかもしれないが,門外漢としては身体感覚としてしっくりこない話が多いからである。 小説を訳す時のむずかしさを柴田氏は見事に言い表している。そして,作家としての悩みを高橋氏も見事に返す。織物のような対談は見事でもあるが。
面白かった。小説の書き方、の類の実用書のコーナーに置かれていたが、実用面ですぐに活躍させることは不可能だろう。自分なりにこれらの対談を噛み砕いて、方針を樹立させるところから始めなくてはなるまい。 全体的に、文学好きの文学好きによるー、感がある。二人とも、もう手遅れなくらい文学という病に毒されている。それが楽しかったし、一番の見どころだと思う。
サクサク読めるが、非常に情報密度が高い。特に高橋氏の散文(NOT小説)はブックガイドとして最上級と再認識。付箋を沢山貼りました。柴田氏が『重力の虹』を通読していないことを正直にいう所も激アツ!
話している内容が深くて、当たり前だけど自分の手の届く範囲の事柄しかよく飲み込めない。 そもそも書いたことも訳したこともなく、読んだことしかないわけだから 小説の読み方の章が一番身近で興味深かった。特に両者が選ぶ海外小説と国内小説のリスト、 こういうのは純粋に嬉しい。 ブコウスキーについての流れで出た「友だちいないとスラングって要らないんですよね」「そういう意味で言うと…ホールデンは孤独な少年という感じだけれども、見えない友だちはちゃんといるんですね」という話が、あ、本当だ、とスッと胸に落ちた。
小説の固体的側面、液体的側面、気体的側面の話がおもしろかった。小説はあまり読まないので、推薦されていた本について、ほとんど知らない。山田詠美の小説が推薦図書にあったのはうれしかった。
読み方、書き方、訳し方の前提になるからか、日本と海外(主にアメリカ)の小説の「位置付け」についての認識がいろいろ語られていてなるほどねと思うところ色々。大きな流れ(歴史)の話だったり、個々の作家の位置付けだったり。例えば歴史で言えば、父/神/権威への抵抗を書く(近代)→父の不在・疑問を書く(現代)→最初から父なんてまるでいない/知らないように書く(現在)、というような。そういう流れっていうのは、そこからはみ出すものをまるで掬っていないという意味で嘘なわけだけど、何も持っていないよりかはね。
柴田元幸と高橋源一郎の対談集。「訳し方」での「アメリカとは要するに一つのアイディアである」辺りの議論が面白かった。「読み方」で紹介されている両氏選択の海外・国内小説リストの中で自分が読んだ事がある作品が少な過ぎて「もっと読みたい!」と思わされます。選ばれた作品は著名な物から読書メーターでも登録者が10人に満たない物まで幅広い。両氏共に選んだ作品はタブッキ、デリーロ、プルースト、ジョイス、ナボコフ、カルヴィーノ、金井美恵子、中上健次、阿部和重、保坂保志、堀江敏幸、古川日出男などでした。
読んで良かった。雑誌の書評や毎年出ているお薦め本のベストとかより頼りになる。対談形式なので読みやすく、しかも内容が的確で押し付けがましくないのがいい。もっと本が読みたくなる1冊☆4.5
やっぱり色々読まねばなぁ、読みたいなぁと思いつつも、この対談のおかげでなんとなく海外文学を「読んだような気持ち」になる不思議(笑)。作品じゃなくて「文学のある世界」を見せてくれるからなんでしょうかね。
えらくわかりやすいし、面白かった。ピンチョン読んでみようと思いつつ、そのままにしてあるので再度挑戦しようかと思った。競売ナンバー49の叫びとかタイトルがかっこいいし。
言葉のマジシャン高橋源一郎と言葉の技術屋である柴田元幸、二人の対照的な文学者による対談集。だが別の意味で、これは柴田の影に潜む「村上」をめぐる高橋源一郎の冒険とも言える。彼が説く「コードとしての小説の捉え方」は文学を歴史的文脈で理解するには有効だろうが、それが小説の捉え方のすべてではないし、むしろアタマでっかちでまわりくどいやり方ではないだろうか。もう少し身体で小説を考えることも必要だと思う。個人的には柴田の、各々の「アメリカ」という概念を求めて移動し続ける文学=アメリカ文学という言葉が腑に落ちた。
最近読んだ本の中で一番のヒット!!読書好きのひとにも、翻訳家志望の人や小説家志望の人にも、快く進められる本。こうしなさいああしなさいっていうのがなくて、あくまで控えめに自分の意見を言いあう二人にただただ納得するばかり。そしてやっぱり読書量は半端なく多いなあ…尊敬します。
なるほど。もし小説が書きたいのであれば、とにかく書き続けてみる、と。この言葉は小説ならずともすべてのことに当てはまるよなぁ。高橋さん曰わく、ある日チャクラが開く。柴田さんは謙遜してらっしゃるが、アメリカ文学についてはやはりたくさん読んでおられる。お二方の会話でしばしば堀江敏幸さんが取り上げられていたのは嬉しかった。あと荒川洋司さんも。まだまだ文学の世界は未知だらけだなぁと、ふーっと溜め息をつきつつ読み終わる。
基本的に日本の文学界は閉塞状態で先が無いとばかり思っていたのだけれど、この対談集を読んでいたら、確かに混沌としていて先は見えないけれど、でもそれは決して可能性が無いということではなく、ある意味日本文学は現在世界の先端を行っていると言うこともできることが分かって、少し嬉しくなった。最早かつてのようなステレオタイプの名作というものが必要とされていない現在において、小説というスタイルはどのような可能性を持つのか?ということを考える上で、大きな示唆となる一冊だと思う。
「本読みすぎだろこいつら」これが率直な感想である。有識者同士の対談ということもあって横文字が多く一々単語を調べながらも内容の面白さから一気に読むことができた。一番の収穫は優秀な翻訳者とそうでない翻訳者がいるということを知ることができたことだろうか。少なくともブックガイドを見て翻訳された本を読めば退屈な時間を過ごさなくても良さそうだ。小説の規則や思想は段々と薄れ読んでいる時間を楽しむということがこれからは重要になるのかもしれない。
文学とは、コードの発見と解体そしてパロディの連続だったんだという思いが改めて強くなった。アメリカは一つのアイデアであるという示唆は、アメリカ文学と日本文学との比較の上で、すとんと腑に落ちた。そうした翻訳不可能な概念は「経験する」ことで触れられるという、高源のサジェスチョンはとても心強いが、その世界を受け入れる寛容と覚悟は柴田さんとは温度差があるように感じた。村上春樹訳のカーヴァー全集から20年たった今年、柴田訳を皮切りにピンチョン全作品がリリースされるのは興味深い。
第1章はそれなりに理解しづらいけどあとはサクサク読めちゃう一冊。表紙のイメージそのままに飄々とした語り口で対話が続いていくけど、その深遠には何か熱情的なものや狂気の片鱗が見え隠れする。とりあえず「パルプ」と「白鯨」を読んでみようかな
翻訳書とも対談者の作品とも無縁ですが(ex.カズオ・イシグロ)、とても興味深く読めました。小説の正体を垣間見た・感じた思いです
この世界中に、私が読んでいない小説が山のようにあって、一生かかっても読みきれないだろうけれど、これから出会うものの中に私の心を芯から動かすものがまだまだ死ぬほど沢山あるのだ、という実感がふわりとわきあがって嬉しくなった。 読んで、書いて、訳して…固体、気体、液体としての小説という描写は本当にその通りだと実感。高橋源一郎の本は一冊も読んだことがないけれども、そう書いた彼のつむぎだす言葉をとても読みたくなった。 そして、小説の世界を受け入れ、その世界の中で生きる。つまり、経験するということの大切さ。 小説の特
恐ろしい本。二人の頭のよさが光る。頭で考えないで腹で感じた方がいい訳ができるという柴田さんの発言など、すっと腑に落ちるようなことがいっぱい書いてあった。「私」というものは信用しない。チャクラが開く、など至言多数。自分のことを論理化したくないという柴田さんの姿勢に共感。
翻訳家である柴田さんと小説家である高橋さんの対談集。どちらも読み巧者であるため、いろいろ参考になります。海外小説ベスト30と翻訳したい日本小説ベスト30が付いているのですが、あんまり読んでいなくてちょっと凹んだ…。
柴田さんと高橋さんの小説の読み方、書き方、訳し方の
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