ハル、ハル、ハル
ハル、ハル、ハルを追加
ハル、ハル、ハルの感想・レビュー(285)
イアンマッケイが「人が政治的でないということは有り得ないんだ」と言ってましたが、その文脈に乗っかって言うならば「人は暴力性からは逃れられない」のだろう。特に(狭義になりますが、現代小説が書き出したいであろう)『現実』に於いては。3つの話のどれもがパーソナルな領域にとても敏感で切実なのに、それはとても不安定で時に壊れデラシネで完全な帰着も描かれない。だからこそ宿る何か。意味を読み取るというよりもブツ切りのストーリーから何かを感じる小説なんだろうな。だからこそ音やリズム(文字組みも)に敏感なのだろうとも思う。
逃亡兵
イアン・マッケイ「まず、自分が人よりも政治的だと思ったことは一度もない。政治的ってのはアクティブかそうでないかとかいうことじゃない。人が政治的でないということは有り得ないんだ。自分の国の軍隊が爆弾を落として、世界でこれだけ多くの人が死んで、何もせずに黙っている。これはかなり政治的な行いだよ。」http://d.hatena.ne.jp/etorofu/20060319
ナイス!
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01/28 20:06
イアン・マッケイ「まず、自分が人よりも政治的だと思ったことは一度もない。政治的ってのはアクティブかそうでないかとかいうことじゃない。人が政治的でないということは有り得ないんだ。自分の国の軍隊が爆弾を落として、世界でこれだけ多くの人が死んで、何もせずに黙っている。これはかなり政治的な行いだよ。」http://d.hatena.ne.jp/etorofu/20060319
ナイス!
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01/28 20:06
人から薦められた1冊。暗い…いや、違うな……黒い 。ん?これもなんか違う。でもタンタンと読めてしまう。悪の行いのはずなのに、ほんとにこちらが悪いのかと考えてしまう。 なんとも不思議な本でした。
人の拠り所(アイデンティティと言われる事もある。土台とでも言おうか)は、本来健全でどっしりとしているものだと、勝手に決めつけていた。けれど、もしかして人はとても不安定な物の上に成り立っているのではないか。この本はそういう事を教えてくれたような気がする。だからあらゆる物語の「続編」と銘打ったのだろう。ちなみに作中に出てくる「健全な絶望は健全な肉体に宿る」という言葉が印象深い。
話し言葉ではなく、こちらに話しかけてくる、読者を存在するものとして書かれた小説。すごく不思議で新感覚な小説。何回か読み直した方がいいかな。一回だけだと取りこぼしがありそうな、そんな作品。
なんかこう、小説というジャンルをぶちこわして(もしくは飛び越えて)別の何かになろうとしているのかなあ、と思った。祈りのようであり、踊りのようであり、なにかこう、原始的な感情をそのままぶつけていくようなもの。酩酊の中で読んで読み終えたらそのままぐちゃぐちゃになって寝たい感じ。きっとものすごいトリップしそうな気がする。
古川さん初めて読んだ。ジャンルがよくわからない。詩小説?みたいな。賛否両論あるけど私は読了後走り切った感じがあって好き。ただ万人受けはしなさそう。読書じゃなくて走ったみたい。ちょっと疲れた。
まず「この物語はきみが読んできた全部の物語の続編だ」という文に引き込まれました。表題作はわりと好き。後の二作品は一人称になっており、口語なのに全員詩的な感じがしてなんだか不自然に思えました。繰り返しの文がしんどい。
独特!読みにくいのに、一気に読まされてしまった、という感じ。文章を読んでるというよりは、いやおうなしに語句が目に飛び込んでくる。しかもスピードを増して、暴走感も増して、とまりたいんだけどとまれないみたいになっての、最後の感じは嫌いじゃない。なので他の本も読んでみようと思う。
図。鈍器などで殴られた事はないが、これはそういった感覚なのだろうか?これは読書という行為なのだろうか?正直、理解は全然できていない。こういった経験はした事がなかったのような気がする。古川日出男って読む人を選ぶ作家だよなぁ、って改めて思う。最高なのか最低なのかは理解できたつもり。生きろと言われた。解放感。スピード感。
テーマも文体も変わっていくのに「目がすべる」点だけ変わらない不思議。スローモーションは好き。「あなた」への日記であることの意味が最後に光った
とても新鮮な文章構成だった。自分が読むためでなく、あなたが読むために書く日記は文章の書き方だけでも単純に楽しめた。全体的な内容ははちゃめちゃで自由で、非日常で…とにかく自由な感じがした。
なんというか、印象に残らない小説。読んだばかりだというのにもう内容が曖昧になっている。読んでいる時はどきどきとさせてもらったのにもう醒めている。
読みにくい。構成と書き方が。「疾走」というよりも「つぎはぎ」というほうがしっくりくる。メタ小説っぽい?登場人物も話もあんま好きではなかったけど、読むのに時間はかからなかった。表題作のタクシー運転手は好感もてた。完了形。読了。……こんな感じの文章。
古川日出男ほど、書くということに、語るということに、自覚的な小説家はいないのではないだろうか。その自覚の果てに出来上がった小説は、結果として読者に対する挑発に繋がるようでいて、実は違う。あくまでも、書き手と読み手という文学の構造に対する挑発なのだ。つまり、古川日出男を読む私達は、彼が仕掛けるテロへの共犯者となっているということだ。
これは疾走と疾走と狂気と言葉の暴走の物語でだからたぶん誰にもとめられなかったんだろう意味不明だほんとうに意味不明だけど意味がある。あるのか?もういいやわかんなくて。なんでも。なんか一気にガッと読んでしまったわけで。はい。冷静に醒めてなくてよかった(笑)なんとなくね。醒めてたらもう読めないなぁ、絶対。『あたし。あたしあたしあたし。ちゃんと逸脱した』ってとこすごい好き。一瞬にしてびゅんて感じで泣きそうになった。変なの。
「なにかにキズをつけたい」との明快な意志のもと創られはしたものの失敗した短編集。 ゴタゴタ説明や言い訳をせずとも、短編小説とはそもそも大樹の切り株を見せるものだ。 作者はプロットだけを示した未完成品になにを格好つけているのか。 ツラを洗って出直せ。
疾走感を意識した、との作者の後書だが、個人的には疾走感はまったく感じなかった。作者のナルっぷりが透けて見えて暴走感、というか自分の文章に酔っ払って運転している感じがあった。
エキセントリックで刺激的。小説なんだから平坦な日常をぶち破って異世界を見せてくれるのはありがたい。その世界観が作家の創作であるということを改めて考えると感心もする。吉川日出男さんはなんだかお気に入りの作家さんになりそうな予感がします。
改めて読んでみると、収録されている三編ともが何らかの途上である小説だということに気づいた。今作に限らずたとえば「ルート350」や「二〇〇二年のスロウ・ボート」など、古川日出男は場所を意識した作品が多い。時間を意識している作家は多いと思うが、空間を意識している作家というのはどれくらいいるのだろう? 自分は古川日出男しか知らないので、他の人の作品も読んでみたい。
疾走している。短い文章が煽ってくるんだよ。勢いよく読み終えてしまったので、すくい上げられなかったものがいっぱいある感じ。でもそのまますくい上げなくていいような気がする。他の本も読んでみたいな、しばらくたってから。
デビュー作の砂の王は掛け値なしに最高といえる文章で書かれていたし、アラビアの夜の種族は一作の物語本として最高の作品だった。古川日出男先生は自分にとって特別な作家であるのだが、しかし近頃の彼の作風にはちょっとついていけない。この作品を読んで『疾走感ってか失笑感だよね』とか『ケータイ小説wwwww』とかそんな風に感じてしまった方には、是非最初にあげた二作品を読んでもらいたい。
とにかくスピード感に溢れていた。内容的なものはほとんどわからなかったが、読んだというか、読まされた?感じがした。ただ決してイヤな感じではなかった。んーこの感じは何だろね?
古川自身が実践していることではあるが、出来ることなら声に出して読んでみるといい。それも一気呵成に。言葉には視覚的側面と聴覚的側面があるが、古川は後者にひたすら信頼を置いた作家であるように思える。多くの読者が感じる疾走感やスピード感はきっとこの小説を聞こえてくるように、読んでいるからではないか。
ハル、ハル、ハルの
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感想・レビュー:95件












































