赤い長靴 (文春文庫)
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赤い長靴の感想・レビュー(561)
話を聞かない逍三さんのこの態度お父さん世代もそうだった様で、彼のお母さんは自分の発した言葉を自分で完結する事が習い性になっている。日和子さんに娘でもいれば、お姑さんのごとく娘と徒党を組んで憂さ晴らしもできたろうが、子は鎹という訳にもいかない。中年の夫婦としてこの後どちらかが浮気もしくは病気になったりしたらこの得体のしれない憂さも問題にならなくなるのかもだが、このまま何も起こらなかったら・・退職した後の夫が濡れ落ち葉にならぬ様ムッとしたら「がーっと喋ったり泣いたり殴ったり」した方がいいよ日和子さん。
短編集でショートストーリーがメインになってるので、読みやすかったです。幸せと不幸をいったりきたりする妻の心の動きを、激情ではなく静かな表現で表した事によって、より狂気を感じました。妻と夫の噛み合わない感じが少し悲しく、でも根本ではお互いを強く必要としているのが感じられる良作です。
この夫婦の考え方、発言、行動には理解が及びません。こんな二人なのに婚姻生活が継続するのが不思議ですし、なぜ妻はこんな理不尽な夫をいつくしくおもい、笑って生きているけるか、待ち続けることが出来るのか不思議で仕方ありませんでした。 こんな生活をやめてもっと気楽に、生活を楽しんだらいいのに、と思うのは私だけでしょうか?
怖い。。江國さんは、とても繊細な触角を持っている作家さんだと思うけど今回その触角が触れたのは子供のいない夫婦。その日常はほんと怖い。特に、男性にとっては、ホラー小説ですな。未婚男は、結婚を怖くなるし、既婚男は、身につまされそうな気がしますのです。(確かに経験値で受け取り方は変わりそう)
いつから…どうして話しが噛み合わなくなったのか…しかも夫はその事に気づいてないみたいだし。私なら「話しを聞けー!」と何度も怒鳴っていそう(笑)
10年連れ添った子供のいない夫婦の日常を軽妙なタッチで描いたホームドラマ…そんなわけないだろう。なにかにつけてだらしなく生返事ばかりの夫とそんな状況にもブチ切れることなく怒りの代わりにくすくすと笑う妻。壊そうと思えばいつでも壊せるのにひとりになることへの躊躇からかろうじて安定を保たせようとする家庭という箱。そして二人ともそのことにうっすらと気付いているという事実。これほど結婚というものの儚さ怖さを描いた作品があっただろうか…たしかにとんでもない心理小説なのである
結婚、怖い...
って、既婚の今だから余計怖い。
だってリアルなんだもん。
独身の頃なら、私は違うもーんって思えたかもしれないけど。
結婚って、(一応)恋の続きだったはずなのに、違うんだわさー。
それがリアルで超怖い小説だった。
こわい。子供のいないアラフォー夫婦の危機が主題かと読み始めたが、いつまで経ってもなにも始まらない。そもそも、エクニ作品を読むのは初めてなのだが、なにも始まらない中に不条理とも表現できる関係性が見えてくるのだ。短編の連作が延々と続くなか、目をそらすことができない。私がヒロインだったら… 蓋を開けてしまうことが正しいことではない。人生の半ばに差し掛かると、ヒトの物悲しさと共に人生とはなにかを考えてしまう。
これは仲睦まじいと言えるのかなあ。話が噛み合わず、妻は寂しさを感じている。それに、「私は逍ちゃん以外の人たちを、全部恐いのかもしれない。」 おかしい。これは、愛なのかしら。それと、男のひとって結婚して随分と経つと、だいたい話を聞かないものなの? 寂しさがふわふわと漂っている。寄る辺もなく。
再読。江國さんの小説全てに共通していることですが、なんでこんなに淡々としているのに情熱的なんだろう。事件も何も起こらない日常、なのに普通じゃない。胸がキューンとする。こんな夫婦にはなれないなぁと思いつつ、読めば読むほどこんな夫婦に憧れていく。ある意味狂気。
もぅ、なぜそんなところを小説にしちゃうかな~!と思うくらい、現実にぴったりくっついた心情まみれの本。前はこんなギリギリ胸にこなかった気がするけど、今は苦しいほど分かるってゆーのは、私も結婚したからだろーか…。似てるのだろーか…。だとすると、結構悲しいし、恐ろしい~!も、江國さんブームが止まらない!次は何を読み返そうか・・・。
とどめておけない。人の生命も、情熱的な色恋も。女の人の気持ちはよくわかるけど男の人の気持ちは微塵もわからない。江國香織の小説を読むとだいたいそう思う!
アンバランスでスリリングな夫婦を書かせたら江國さんの右に出る人はいないだろう。お互いに見ている場所、聞いている事などが全く異なり、歯車がちっとも噛み合っていないのに、ギリギリ繋がっている夫婦。でもきっとこういう夫婦は実際にもいそうな気がする。
江國香織の小説は難しい。文章や話の構造が難しいのではない。書かれている内容が獏として摑みにくいのだ。といって物語が破綻しているわけでもない。常に彼女の小説は世間の常識というところから眺めていない。非常に鋭い感性で描かれている。40代の夫婦。特別仲が良くも悪くもない。ただ、会話はどこか齟齬をきたす。夫は「ああ」とか「うん」しかいわないし、とんちんかんな贈り物をする。妻は始終愚痴をもらす。それでも外に出ると痛感する。早く帰りたいと思うのだ。人間って孤独なもので、独りでは生きられないものなのだなぁ、と思う。
子どものいない夫婦のお話し。悲しくなるのは、自分が意地の悪いことをしたような気持ちがするからだ。家の中のことを考えるだけで、そこに帰りたくなる。友人の恋愛に興味がないわけではなかったが、それは何か遠い日のことに思えた。私は肖ちゃん以外の人たちを、すべてこわいのかもしれない。楽しそうにして、結婚したばかりのころ、そう言って、困らせたことを思い出す。
四国旅行中、山中を走るディーゼル列車で読んだ本。初江國。怖いし、暗いし、息がつまりそうだった。「膜」の概念にとても共感した。読むと、人が少し怖くなる、かも。
何かが起こるわけでもなく、単に心あたたまる夫婦像を描くでもなく。いろんなことを考えながら、悲しいときも腹の立った時も笑って過ごす日和子は、幸せなんだろうか。夫婦になるってどういうことだろうと思ってしまった。 「ほんとうのこと」との折り合い。同じものを食べているグロテスクさ。
はた目には仲睦まじい夫婦の内面をお互いの視点から見た一冊。どちらもどこか欠けているが、それがお互いにはちょうど良いのかもしれない。高校時代に一度挫折して以来毛嫌いしていた江國香織だが、今読んでみると意外なほど楽しめた。ただ、女性のキャラクターに感情移入しにくいのは相変わらずだった。
夫婦であることでお互いに役割を演じている、会話が、言葉が通じないのに二人は一緒に居る事で安心感を感じていたりする・・・。私にとっては同じ世界に存在して同じ言語を使っているのに余りにも深い断絶もしくは齟齬がある事に愕然としてしまいました。でも現実としてあるんだろうなぁ・・・二人で居るのに個でしかなく、時に寂しさや孤独を感じる関係性。
読んでいるのに読んでいる気がしない。なんとなく読み始めて、登場する夫妻の心理をただなぞっていたら、いつの間にか読み終わっている。事実やありのままの事象がただそこにあるだけで、起伏というものがないし、きっと必要もないんだろう。江國さんの描く心理描写はそれぞれがすごく細かい。"怒りが込み上げて、くすくすと笑ってしまう" 何度も繰り返されるこの心理がオブラートに包まれていながらめちゃめちゃ痛いとこ突いてくる。
江國さんの描く夫婦は、『本当』だ。愛を通りこして、情で繋がっている。理屈じゃない。
妻―女である前に、妻である―あろうとする―日和子の、わけの分からない焦りや不安、不満、幸福感。あまりにも、正しくて、確かで、だからわたしは結婚に対して、もう夢も希望も持てない。わたしは日和子のように、笑って流せないもの。言葉のおしまいを完結させたくないもの。結婚は、墓場。いつか喜んで、静かに埋まれる日がくるかしら。日和子みたいに――。
ある一組の夫婦の日常を描いた作品。なんか不思議だったー。言葉の通じる人と一緒になりたいなあ。奥さん可愛らしい。泣くことと笑うことは似ているっていうのが印象的だった。
すれ違う会話、すれ違う二人。そこにはもう恋はない。だけれど『愛』と呼べるものはもしかしたら存在するのかもしれない。たとえ、互いにひとりで生きていけるとしても、寂しさ、切なさが伴おうとも、それでもやはり心地よいのだろう。「夫婦のかたちはひとそれぞれだ、だれがなんといおうとも。」そんな言葉がふと浮かんだ。
笑うことと泣くとこは似ている。結局のところ言語は人格である。人格にない言葉を無理に発音したところでそれは音に過ぎない。 ずっとたんたんとした話なんだけど、ちょっと結婚生活とかちょっと怖くなるかな。
あまりに言葉の通じない夫婦にいらだちさえ感じました。よく知らない人とは会話が成り立つのに。うーん、あんまり好きじゃなかったです。もしかしたらこれが真の夫婦なのかもしれない。もしそうなら私は違う夫婦になりたい
言葉が通じない二人が夫婦としてやっている。よく知りもしない若い年下の男の子とはあっさり会話が成り立つのに。不思議な共同体で、よくある夫婦の形ってなんだろう、と思わされる一冊。夫婦の形は千差万別、一緒に暮らしていくのに、向き合っているわけでもなく、同じ方向をみているわけでもなく、なんだか不思議で、読んでいるこちらが落ち着かなくなる、そんな夫婦の話。
気持ちで感情を表す日和子と、行動で表す逍三。なにもかもが噛み合わない二人だけど、すべてを赦し合っている。「夫婦」って一番近くてでも遠い他人であって、こういうすれ違いを多かれ少なかれ持っているものなのだ、ということがひっそりと描かれていた。幸せの定義って人それぞれ違うから、この作品を読む人の経験値や価値観で見方が全く異なるんだろうなって思う。江國節全開でした。
江國節はもちろん全開で、いつものように読後、柔らかい布に包まれている感じ、になるのだが、どうにも苦しい。し不穏さが漂っていてなんだろうこの気分はと判然としないままぷつりと話が途切れる。過去の恋愛を思い出す。クスクス可笑しくなってしまうそちら側、私は行きたくないよ。
引っ込み思案でおとなしい妻・日和子、電信柱のようにぬうぼうとそびえ立つ無口な夫・逍三。日和子自身が思い出せないように、こんなにも会話からなにから噛み合わない二人がなぜ結婚したのか。結婚生活12年目で子供もいないのに、どうしてふたりだけでひっそり暮らしていられるのか。わからないことだらけなのに、お互いはお互いのことを、何だかんだ気に入っているのです。わかっているのは、それだけで、十分。連作短編集という形式で切り取られた、現実的で非現実な二人の日常、覗いてみませんか。
お金に不自由しているわけでもなく、不幸せなわけでもない。子供のいない結婚十年目の夫婦の日常。実に現実感がある。この、逍三のような男性、けとばしてやりたいなあ、と思うけれど、本当にいそう。このような、何を会話しているのかわからない、不毛な夫婦の会話が心地よいくらいリアル。よくも悪くも、40代くらいの世代の今を書かせたら、江國香織は五本の指に入るだろう。読後の感想は、思い当たる節だらけで苦笑いでした(笑)。
読書メーターの感想など見てますと、残念な本なのかなと思いつつ、友人に勧められるまま読んでみました。 当初、なにか違う、居心地の悪さの様な物を感じてたのですが、読み進めるにつれ、それは違うものへと変化して行きました。 読後には、大きな感動を感じる、そんな本では無いと思います。 緩やかに、ほっこりさせてくれるお話でした。 既婚者の方にお勧めしたい本です。
赤い長靴の
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感想・レビュー:119件














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