プラナリア (文春文庫)
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プラナリアの感想・レビュー(832)
この本の表紙は白と水色がいいなって思う。読んでて苦しくなることしか書いてないし、胸が痛くなるけどおどろおどろしい表紙は違うの。表題作のプラナリアの春香は私とおんなじ過ぎてぞっとするくらいびっくりした。そうなの。憧れた人だから本を送られたりするともうだめになっちゃうんだよね。作品の中ではネイキッドが好き。未来への展望を信じてるけど、事態が好転することを恐れる気持ちわかる。でも、私はきっと泉水さんは好転を受け入れて、その反発を納得する幸せを得られるんじゃないかなって思うの。だからこの作品が一番好きかな。
「『出口はどこかしらね。ずっと捜してるんだけど出られないの』ばあさんの手は私のシャツの袖をぎゅっとつかんで放さない。」いやな人間が常に出てくる小説。イライラするのに、文章が上手いのでつい読んでしまう。「文学」って感じ。
現代の無職を巡る物語。脇役の女性たちはいい人であるはずなのにイラッとするのは何故だろう…。そして共感とは違うけれど「ネイキッド」だけは心苦しくなった。彼女に幸あれ。
表題の『プラナリア』よりあとの四編のほうがおもしろかった。みんなどこかにいそうな人たちで、その人たちのどこにでもありそうな不幸が書かれていた。わかるなぁ私もそうだなぁと思いながら読んだ。特別な才能は感じなかったがそれでも下手とも思わず。読める本だ。
前向きがいいのは分かっているけれど、押し付けられてそうするのは違うでしょう。人は納得して初めて行動するものだから。登場人物に感情移入しました。
身勝手でひねくれた女性がたくさん出てきた。彼女たちは、こうあるべきだ、という社会の期待に反発しながら生きている。自身がひねくれていることを自覚し、変えたいと思いつつ、自分の生き方を肯定したがっている。 人間は誰しもこうした矛盾を抱えている。だからきっと、私たちは登場人物に苛立ちながらも共感してしまうのだろう。モヤモヤ感がなんとも言えない味を出している、そんな短編集。
短編集。高校時代に教科書か模試の問題で読んだ記憶がある。乳癌を患い、社会復帰できない主人公の話。どの主人公も捻くれている。それが駄目だとわかっているから、自己嫌悪に陥り理解に苦しむようなことをして自分らしさを保とうとする。カミュの異邦人を想起させる部分もあるなと思ったり。文章は軽めで淡泊だが、読後の余韻に浸れるはず。
5話の短編集だが、どの作品も表題の『プラナリア』に劣らず面白かった。書き出しの技術なのか、わずか数秒後には物語に引き込まれる。ところで、プラナリアの春香によく似た雰囲気の人が、私の周りに実在する。作品の春香への感情と同様で、けっこう面倒くさい。
この本に登場する人物は人から嫌われたり、見下されたりすることが多いのかもしれない。それは職がないからか、それとも働こうとする意欲がないからか。だからといって彼女たちのことを可哀想と決め付けたり、自分が何とかしてあげると思うのは大きな間違いだ。私は彼女たちのことが憎めない。つまずいても前へ進むのが人間だけど、それがたまらなく嫌になる気持ち、ああ、また元気になってしまうのか、と思う気持ち、分からなくもない。でもやっぱり立ち上がってしまうのが人間なんだ。きっと私もいつか就職するのだろう。その前に読めてよかった。
「恋愛中毒」に続き山本文緒の魅力にハマり始めた一冊。私の独断と偏見ですが著者はエニアグラムタイプ9の血液型ABとみた(笑)。というのもそのタイプの友人とのつきあいで、感性や価値観にどうしても馴染めなくて理解に苦労する日々を過ごしていた時出会ったのが山本の著作。理解ではなく、じわじわとしみこんでいくように件の友人を暖かく受け入れることができるようになった。相手とのコミュニケーションだけが相手を理解する方法ではないのですね。小説のなかみについては、人間的な、あまりにも人間的で愛おしくなってさえくる女性たちのお
人間かくあるべきという押しつけを撥ね退ける無職の女性たちの話。各短編に登場する女性がなんとももどかしくなる程に嫌な女。が、嫌な女をここまで巧く描ける作者に敬服。この作者がどれだけ人間を観ているかが分かる。
内容を忘れたので再読。どの主人公も屈折してて疲れました。最初は主人公たちを好意的に見るけれど、段々と彼らの身勝手さが鼻についてモヤモヤしてしまった…。あと、どの話も噛み合ってないように見える人間関係だったのが少し怖かった。
124回直木賞受賞作含む短編集。どの作品も書き始めは主人公が正しく周囲がおかしいように感じるが、後半になってどうも主人公の方が屈折してるんじゃないかと感じさせる。そういった人間描写がめちゃくちゃうまい…読んでいてイライラする部分は多いのだけど、そこが狙いなのだ。誰もがきっと少しずつ矛盾を抱え、屈折した心を持ってる。もちろん自分も。そしてあなたも。「あいあるあした」だけはオトコが主役なのもあってか、ほっこり、共感。
世間的に肩身の狭い、だけどそんなことを押しつけられたくないという感情がうまく表現されていて、それだけに読んでいるこっちがイライラさせられる(笑)。最後の「あいあるあした」だけはほのぼのさせられるお話で、それまでの話のとげとげしさをうまく中和してくれた。
読んでて、ひねくれた腹立つ女ばかりが登場する、イヤなタイプの短編集でした。特に、なんでプラナリアが直木賞を受賞したのか全然分からなかった・・・つまり、僕自身にこの作品を読み解く力がないんでしょうなあ。そんな中、最後の『あいあるあした』は良かったです。自分、単純なのが好きなだけかも(^-^;)。
こんな人生は送りたくない、読んでいてそう思う。毎日が充実して、仕事をバリバリこなせて、勉強ができて、恋人がいて、趣味があって、旅行ができて、マイホームがあって、ゴールデンレトリーバーがペットで。こういう風景を思い浮かべてはダメなのか?現実はこんなものか?身の回りでは社会人が疲れ果て、愚痴をいい、テレビを見続ける。そんな生活はまっぴらごめんだね。この本に自分の人生は重ねたくない。
自分できちんと区切りをつけて死ねる人の方が少ないわけで、そう考えるとどの人の人生もまだ続きがあるような、まだ途上のような気分のままである日途切れるように終わったりするわけで、だからこうやってちょっともやっとした状態のまま出口を探しているような、でもこのままでもいいような、そんな気がする複雑な印象の人たちが登場してきます。まぁそんなのが人生なのかもなぁとも思いますし。きっちり割り切って、次々と答えを出して次に進んでいくような生き方がいいとも限らないし、それがどうしても出来ない時ってのもあるんだろうし。ねぇ。
満ち足りてない人は可哀相じゃない。可哀相な人が必ずしも満ち足りてないわけじゃない。満ち足りていると自負してる人ほど読めばいいと思う。
どうしようもなく気持ちがささくれていたときに「次はこれを読もう」と手に取った本。あまりに自分の心情とこの本がぴったりでびっくりしながら読み切った。『あいあるあした』が最後でよかったな。
人から見て非生産的な生活を送る女性たちの話。男性ではあるが、女性を描いたところが新しい。はっきり言って、痛い。目を背けたくなる。でもそむけず、つい読んでしまう・・・。そんな本。
すれた主人公達が危機感を感じつつも、結局は何の進歩せずに時間に流されるように生きてるのが、なんとも現実味を帯びてていいなと思いました。かなり好きです。
今ひとつ プラナリアに限らず、出てくる女性がだらしなさ過ぎる まあそういうテーマなんでしょうが。 読んでるとどんどんだらけてしまう。 特に感動なし。
同じ作家の短編集のはずなのですが、表題作を読んだ後に最後の短編を読むと『ほんとに同じ作家か!?』と錯覚しました。それくらい作品の雰囲気というか、持ち味が全く違います。表題作は全く前に進まない物語なのに対し、最後の短編はある種ふっきれたような感覚さえあります。また、最後の短編の主人公の名前がツボでした(笑)
山本文緒作品二作目読了。またもや屈折した女性たちがわさわさと。と思いきや、主人公の周囲の人たちも(というか「のほうが」?)キモイ。偽善者丸出しの美しい主婦とか、下心見え見えホテルに連れ込むパート先の男とか。直木賞受賞作だが、短編集ということもあって、恋愛中毒と比べるとかなりインパクトが弱い。直木賞ってそういう作品が獲るものみたいですね。
プラナリアの
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