真鶴 (文春文庫)
真鶴を読んだ人はこんな本も読んでいます
真鶴を追加
真鶴の感想・レビュー(381)
12年前に「真鶴」という言葉を残して失踪した夫。その言葉に引かれるように、京は真鶴へ足を運ぶ。ついてくるのは目に見えない女。彼は居ない。でもそこに居る―。読んでてすごく重い気持ちになった。きっと京の心に寄り添いすぎたせいだと思う。それくらい自分を持っていかれた本でした。
めっちゃよかった!実は昨年も読んだのですが、ゼミの関係でもう一度読む機会を与えていただいて、結局、読まなくてもいいのに、読み始めたら、止まらなくなりました。この本は、読む「スピード」が大事な本です。ある人が、「詩」であるか「散文」であるかは、「、」の打ち方、どこで文を切るかで決まる、というようなことを言っていましたが、それで言うならこれは、とっても「詩」的な小説です。「、」とひらがなが多く、一部の人には読みづらいものなのだと思います。それは、"読み飛ばす"といったような行為が許されない小説だから。その代わ
これから読む方には、是非じっくりと読んで頂きたい一冊。結局、京は自力で乗り越えられたという事かな?時に性に対して奔放だったり、百の事は二の次だったり…。精神が弱ってしまった人間には、揺るぎのない絶対的な支えが必要だと感じました。それにしても青茲は狡い。
川上弘美の作品は以前からいろんな人からいくつかの作品を薦められていくつか読んだみて、そのすべてがまったく面白いとは思わなかったけど、この作品だけは別。夫の不倫で別れた本人の魂がこもっているのか、感情の動き方が体験と性別的によくわからないけどリアリティがあった。西原さんのパーマネントのばらを思い出した。
もやもや、ぐるぐる、終わりの見えないトンネルを走り続けていたらいつのまにか外にでていたみたいな、不思議な気持ちになりました。
意識は順序や法則を持たずぼんやりと、たゆたうもの。繁雑な生活に身をひたしても、無意識に意識は出てきてしまう。主人公の意識に波長を合わせて読む本。
川上弘美さんの文はとても静か。静かだけれど確実に動いているのがいい。神社の御神体が鏡なのは、神様は自分自身の中にいるからだって教えてもらった事がある。「真鶴」もまさにそんな感じ。ついて来るものも、主人公の周囲の空気の変化もすべて自分自身から産まれて、自分自身へ帰って来ている。「悟り」は日常に存在している。 三浦雅士さんの解説も、読後産まれたイメージを整理するのに最適な内容でした。解説をこんなに面白く納得しながら読んだのは初めてだった。
つい先を追ってしまって、眠いのに無理やり読んじゃったのがもったいなかった。いまはなかなか、しんみり読む脳になるのが難しい。あれやこれや過去のことを思ったり、いまあるものをなくしたくないと思ったりしても、時間は止められないし損なわれたものは決して戻ることはない。とても切ないし、その先にある死に思いが至ってこわくなる。でもすごく美しいです。
難しい 愛することとか人とどういう繋がりにしろ関係することはすごく怖い 傷つけたくないし傷つきたくなくてでもしょうがないって諦めてるの かな?
久しぶりに夜更かしをしてしまった。 最初は移動車中で読んでいたが、音がする中で読むのは雰囲気が合わない。 川上弘美の作品はおとぎ話のようで、深夜に一人読むのがしっくりきます。言葉遊びの美しさ。 女との会話が良いスパイスで、どんどん引き寄せられる。 深く深く落ちていくような独特の世界は美しく、作られた世界にすっかり浸ってしまいました。 いいなぁ、川上弘美。 秋の夜長にぴったりの一冊です。
再読。が、やっぱり難解。川上さんの世界を文学的に表すとこうなるんだろうな。愛するあまりきみを殺したいというような文句は陳腐な表現になってしまったけれど、それがもっと洗練されるとこういう話になるんだろうか。
ん〜よくわからない。きらいじゃないけど、特に好きでもなかった。理解しようと思うと楽しく読めない。ただそのままを感じるといいのか。また何年かしてから読みたい。
間違いなく川上弘美で最高の一冊。ひらがなによって独特の柔らかさが出る文章が人を選びそうだが、そんな些細な嗜好を吹き飛ばすパワーが本作にはある。前半が多少不明瞭で退屈だが、そこを乗りきればあとはのめり込める
艶かしい世界観。「ついてくる」という表現が斬新。平仮名の持つパワーはすごいなぁ。川上作品では「センセイの鞄」と「ニシノユキヒコの恋と冒険」が好きだったけど、こういうのも嫌いじゃないです。
彼はそこに居ないのに頭の中では纏わり付いて離れない。居ないから切ない。居ないから受け入れるにも時間がかかるのだ…と思いつつ、夫は絶対鶴になって飛んでいったんだ、とよくわからないことを考えた。
ひらがなの使い方が好き。触れたら崩れ落ちてしまいそうな世界感。「幼いものは、かわいそう。知らないものも、かわいそう。知っても、長じても、かわいそうさは、なくならないのだけれど。でも目減りはする」だけど知ることで、長じることで、人は傷つき何かを失っていくんでしょうね。百ちゃんの存在に救われます。
再読夫の礼はどうなったのか?京が真鶴で感じ体験したことは、どう理解するのか?再読しても深みにはまります。柳下京についてくる“ついてくるもの”は亡霊のように見えるが、時には人間の形をしていないことも ある。ある時には京と会話をし、手を握り、体の感触も描かれる。だいたい女であるが、男でもあり、 この“ついてくるもの”と、真鶴での幻想的な景色。特に祭の夜。御神体の御座船が海へ出て、つづいて海上へ出た囃子船に、打ちあげられた花火の火が 落ちて囃子船が炎上転覆。大勢の人間が暗闇へほうり出される。最も美しい場面だ。生
英訳と交互に読んだ、川上弘美の’癖’が良くも悪くも炸裂した作品。表現の簡潔さを意図するあまりよく言えば「詩的」悪く言えば「独りよがり」な言葉の使い方に鼻白みもする。革新的な点もあるが。例えば身体が個々人の単体性を保証しない、は英語圏では個人性という信心の対象を揺るがすので理解されないかタブー。でも日本風頭でっかち文学にはありふれているかもしれないが。表紙は、日本語版を見て、これは三島由紀夫の新潮シリーズの剽窃ですね、と合点が。
読んでみてわかる、表紙に「真鶴」と大きく書かれている理由。きっとこれ以外にこの小説の表紙はなかった、と思う。どんな絵や模様がきてもダメだったと思う。全てを理解したわけではない。でも、読後、まなづる、というその響きだけがねっとりと心の中に残る。要再読本。コメ欄は、心に響いた箇所の覚書。
川上さんは読後たいてい、難しい!と思う。ただ感情表現や感覚がすごくわかる!と思ってしまうから。現実と幻を往復し始める京。真鶴に行った事があったらリアルに想像してしまいそう。わやわやした話のようで親子関係周辺は現実的で不思議なバランス。最終的に不倫讃歌にならなくてほっとした。
娘(『百モモ』っていう名前がいい。)とのやりとりや、母親との会話がすぐ目の前で行われてる感覚になる。私の息子はまだ幼児だからすごく近い存在だけど、小学校に上がり…卒業したりして、だんだん遠くなってしまうのね。と切なくなってしまった。初めて川上弘美作品を読み、また違うのも読んでみたくなった。
初・川上弘美。兎に角すげー小説。にじんだりとけたりみなぎったり。濃厚な空気があちらとこちらの境界をぼやかし彷徨う。行き場のない情愛なんだもの、しょうがないな。そんな諦念感をすんなり受け止める。苦しくて切ないんだけど、なぜかしら清々しい読後感。
よくわからない世界なのだけれど、最後まで読めてしまう。さすが川上弘美。解説がまた良かった。この作品のすごさを教えてくれた。現代人の心を描くのに、統合失調症の病態をモデルにするとしっくりくることがあるのか・・・
「古道具 中野商店」「ゆっくりさよならをとなえる」直後に読んだからか・・・うまく「ついていく」ことができなかった。「蛇を踏む」に似た感じ。 「にじむ」という言い回しはスゴク刺さった。とても言葉を大事にしているのだな~と感じた。
真鶴の
%
感想・レビュー:129件














ナイス!































