希望の国のエクソダス
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希望の国のエクソダスの感想・レビュー(255)
いま起きている危機、これから起こるだろう危機を、2000年に的確に描いたことに驚く。それでも変わらない気づかないのがこの国で、そんな希望のない国をエクソダス(脱出)する中学生を描く物語。読前は中学生という設定にアレルギーを感じたが、読後思うにそこに込められた意味は、希望のないバブル後を生きる最初の世代、そしてこの国の同質的な空気から自由な人間の物語ということだと思う。日本全体が緩やかに死んでいくという点では、この物語はもう半分現実になっている。病巣も描き出している。残るは個々人の、エクソダスの成否だけ。
2012-004 「この国には何でもある。ただ希望だけがない」 10年ぶりくらいの再読。この頃の未来は今は過去。株価は半分になっているし、円は倍。 『経済が悪くなっているのに、自分の周りの変化はないので危機感がないまま、後戻りできない状況に追い込まれている』というような事が書いてあった気がする。今までも何とかなってきたし、これからもなんとかなるのでは?という根拠のない安心感。今の日本はまさにそんな状態ではないか。 私には何が出来るんだろう。 「私には希望はある。ただし、自分のごく周辺に限って」
2002年、一斉に不登校を始めた中学生がネットビジネスを展開し、遂には世界経済を覆した! 閉塞した現代日本を抉る超大型長篇。何年も前に読んだから忘れてる…でも、経済学に興味ある人は面白く読めるんじゃないかな…もっかい読もうかな☆
最初は面白いと感じたけど、途中から経済の話が中心となり、理解不能というか、消化不良を起す。何とかしたいと読み進めたが、ついに3分の2でギブアップ。 経済のことを作者はよく勉強している様子は窺えたが、読者はここで経済の勉強をしたいとは考えていない筈。エンターテイメントとして不適格な小説といえるのではないかしら?
この国には、なんでもあるけど、「希望」だけがない。この国の経済システムをメインに、依存している集団から抜け出、新しい環境を作る大変さ。知らなければ何もできず、知らなければ、物事の裏表を知ることはできない。これを読めば日本人の若者はもっと経済状態、システムの知識を持つべきだと教えられる本だと思います。すごくおもしろかった。龍さんの中で一番好きな作品です。
経済の話は難しくて半分も理解できなくてもぐいぐい読んでしまう。今はこの本が書かれた時より更に希望が持てなくなってしまっているかも。
村上作品は好きだけどこれは嫌い。日本が経済的に切羽詰まる流れも、愛と幻想の~に比べると遅いしだるい。主人公もぽんちゃん達の顔色をただ気にするだけの存在でいらつく。なぜぽんちゃんたちが主人公を気に入っているか、書かれていない。ヤンキーをタスクフォースという部分に無理がある。ヤンキーはぽんちゃん達の下にはつかない。情報を集めたシュミレーション的な作品はいいが、ヤンキー等の扱い方をはじめ、急にファンタジーになる部分がありどうしても引っかかる。UBASUTEの扱いの変化に作者の迷いを感じた。
前半エンタメ、後半ドキュメンタリ風のファンタジー。 強烈なイメージの羅列やドライブ感はなりをひそめてるけど 、読みやすくて引き込まれる。というのも主人公の心情に共感しやすかったから。 中学生に対して驚きや期待もあるけど、抵抗や反発もある。 考えや感情を分析してバランスをとろうとするけど、嫉妬や自己嫌悪も感じる普通の人。 そのニュートラルな感覚が最後まで続くのがよかった。 あとやっぱマクロとミクロのスケール感が最高。 世界経済と懐石料理を自在に行き来するとことか、生理的に気持ちいい文体。
思わぬところで教授が登場してニヤリ。それにしも、彼らの作った独立国とも言うべき存在が、どこか現実感がなく、それでいて、妙に説得力を持つものだった。現実問題として、将来の日本を作っていくのは、ぼくらが「こども」と呼んでいる彼らだし、その彼らに見捨てられてしまったら、ぼくらは途方に暮れてしまうだろう。そうならないために、「子ども」をちゃんとした人間と認めて、一人の人間として付き合っていくことが、何より大事なことだろうと思った。
村上龍が発し続けている個の集団からの自立がやはりテーマになっている。政治を中心に既存メディアが報じる情報は、全員にとって意味があるものではなくなっていて、国民という括りさえも意味をなさなくなっていることが暗に述べられている。この国には何でもあるけど、希望だけがない。と言っていた若者たちがつくりあげた新しい場所に、しかし希望はあるのか。それはまた、新たな課題で村上龍はそれに対する答えを与えていない。それは読者1人1人が考えることでもあるし、村上龍自身も答えを示したくても、示せない、という問題なのだろうと思っ
黒い。カンブリアの龍さんのイメージとはほど遠い、断定的なハードさ。そのギャップは、かつての小沢健二の確信犯的「かわいさ」と同様?こわいぜ、二人とも。
[図]いろいろと考えさせられた。日本という国のこれから。子ども、未来そのものである人たちに希望があるかどうか。ボクらに希望があるかどうか。子どものころより「希望の21世紀」と言われ続けてきた。現実はいろいろとあるがやはり希望ある21世紀としていきたい。自分のためにも親の世代のためにもこれからのひとたちのためにも。
★★★★☆ 2000年に書かれた2001年から2008年にかけての物語を2009年に読む。村上龍は旬に読まないとだめだね。「ここまでは真実で、ここからは作者の予想で、でも実際はこれが起きたのは何年後で……」と考えてたらすごく脳が凝った。もっとも違和感を感じるのは、ネットに悪意と厭世観が落とし込まれることを想定していないことかな。
言葉にできない読後感。心の中で何かが燻っている、そんな感じ。年齢的に私が”大人”に近づきすぎたためだからだろうか。中高生の時に読んでいればもっと違う感想が得られたのかもしれない。★★★☆☆
「村上龍が作る社会構築方法」 /政治家やエリート、型にはまった大人たちが世界を作るのではなく、理想とする安定した世界を作るために決起した中学生たちの物語。ただし、読んでいってもそれほど格好いいものではない。競争社会に入ることなく、お金を手にした子供たちは着実に理想郷を作っていくが、それが幸せなことなのかはわからない。「この国には何でもある。ただ希望だけがない。」彼らが作っていく世界を日本の大人たちは決して認めようとはしない。向き合いたくないのだ。作者からのメッセージは「向き合え」なんじゃないかと思った。
〇脳外科医の友人が、著作の薦めでなく、著者村上龍を薦めてくれた。手元に一冊あったのが本書「希望の国のエクソダス」である。評者がこれを買っていたのは、何かの雑誌の短評に、教本的な、教科書的な面白さがあると書いてあったからである。何の教本、教科書かは知らないが、とりあえず買っておいた本である。薦めてくれた友人が言うには、村上龍の本を読むと、こうしちゃいられない、何かしなくっちゃと思ってしまうとのことだった。果たして評者もそう感じるのか、何の教本であるのかと思いながら読み始めた
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