Self‐Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)
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Self‐Reference ENGINEの感想・レビュー(293)
「オブ・ザ・ベースボール」と続けて読んだ円城氏作品。本当はこっちをいつか読もうとけっこう前から思っていたがなんとなくずーっと後回しにしてきて、芥川賞受賞でやっと重い腰が上がった次第である(笑)。一見支離滅裂で、実際支離滅裂な感じのお話が延々と並ぶのだが、時間を行ったり来たりする手のSFにもだいぶ慣れてきたので入っていくのは難しくなかった。SFというかファンタジーというか、拡散する世界というか。このわけのわからない雰囲気は村上春樹みたいだなぁと思った(って、言うほど読んでないんだけど)。
ミーハー読書。難しいと敬遠してたので、積んでた。22の連作短編集として読んだら普通にすらすらと読めた。バカSFだこれ。超面白い。ただ構造とか全体を通して云々とかそういうのは思いつきもしないです。サンドイッチみたいな構造してるのかなとは思ったけど。どこかで解説読んでこようと思う
ボクはいまだかつて、床下から大量のフロイトが出てくるような小説を読んだことがない(笑)そういう意味でも、まあ別の意味でも、とりあえずどんな意味でも、本作は唯一無二は傑作であることは違いないことは言うまでもなく、読むべきか読まざるべきかと悩んでる時間、あるいは他人の評価を読んでから読むかどうか決めてる暇があるなら間違いなく読むべきである。居酒屋で繰り広げられるSF作家たちの他愛もない妄想話、みたいな、そんな具合。 ★★★★★
他の作品同様よくわからないところだらけだけど、不思議と読むのを諦めようという気にはならなかった。辛うじて意味を拾えるところを繋げると自分なりに納得した気になるからかもしれない。
プロローグ、エピローグを含む22の短編から成り立っている。一言でいえば「訳わからん」。貶してるのではなく、特徴。比較的、理解できる範囲までにストーリーが整っているのは、やはり人間が多く出てくる話。具体的には「Ground256」や「Freud」。「Freud」が一番好きかも。読み易いとは言えないし、読みにくいともまた違う。そもそも理解しようなどとは思ってはいけないのかもしれない。脳を引っ掻き回されるような感じ。流れる文章に、酔っぱらえ。ちなみに文庫版には短編が2つ加えられ、解説もついているそう。
時空間が混濁した世界、過去-現在-未来は往来も改変も可能で自然現象の全てが演算し得るなら、そりゃ無茶苦茶なことになるだろうな、という予想そのままにストーリィにならざる形の物語を紡ぐ。ただ、なんとなく分かる。常識を超越しているのだが、分からんでもない。総論として認識することはできるのだが、各論を突き詰めることは不可能。だって、無限に増殖する宇宙の話だから。だからこそ、想像の余地がある。語られ得ぬ空白にこそ無限大に拡がるストーリィが見える。
文章自動生成プログラムが小説を作成したらこんな感じだろうかと思いながら読んだあとWikipediaを見たら、円城塔の名前の由来は物語生成プログラムからであると書いてあったので色々と納得した。小説家という肩書きを付けずに他人にこの文章を見せたら、30回ほど精神科へ行くことを薦められるんじゃないかと思った。FreudとYedoとSacraが特に面白かった。文庫本版はエピソードが追加されてるそうなので後で読みたい。
読者の手を引いてすてきな場所に連れてってくれる感じ。作者はよくわからないことを書く人だと思いこんでいたが、人にやさしくてものすごく希望にみちたことが丁寧に書かれていたのでびっくりした。丁寧さが執拗さと受け取られると、よくわからないに変化するのかも。
無限をテーマとする奇想短編集。想像力は、知性に追いかけられるごとに更に向こうへと逃げていくのです。あまり信用できないリチャードですが、きっと彼が物語に収拾を付けてくれるだろう、という期待を持ちます。あるいは、リチャードがself-reference engineその人かも。
こういう話は大好きなんですが、イマイチ酔いきることができなかったです。脳内にぐわんぐわん響くようならよかったのですが、相性が悪かったのかそこまでにはいたりませんでした。第一部と第二部がそれぞれ対応関係にあるように思うんですが、その関係は厳密なものじゃないのかな。
映像がなくて雰囲気だけ流されている感じがする変わったタイプの本。理学部学生が考えそうな戯言を物語にのせたといったらそれまでかも。奇妙な本だった。
☆×3.0…和SFにもこの手のを書く人がいたんですね。「明らかに」読者を選ぶ文章ゆえにこれは万人受けはあまりしないことでしょう。でも海外のこの手の作品とは違ってわからないことによる不満を感じることのなかったのは非常に○ではありましたが。面白かったのはリタの視点とサブ知生体の視点かな。リタの猟奇的な性質が一番印象的だったなぁ。読み進める本だと割り切ったほうが楽しめます。
ロジックが衒学的過ぎる……。砕け散った挙句三十二次元的に交差して複雑怪奇に絡まり合い右へ左へ未来へ過去へと舵を取るまだ生まれ出ぬ絶滅した世界たちの物語、はここには存在しない。つまりは存在してもいいの?ねぇ、とか。目まぐるしく切り替わる視点が全く違う人物だけど同一人物だしこれから起きる出来事はもう遠い昔に既に終わっている事象に過ぎないしそれも改変されてゆくばかりでもう何が何だか。そんな軌範無き、無限に拡散し続ける果ての無い世界の最中でも未来方向へ突っ切ってどこかに届く感情のEngineがあると信じてる。
最近、歌番組を観たんですが、日本語の歌詞なのに字幕がないと何を歌っているのかサッパリわからない。そんな感じに近いような・・・。個々の話しは読みやすくて楽しめましたが、全体としてだからなんだろうという気分が。308ページ
巨大知性体に支配された、時間が時間であることをやめた世界で繰り広げられる悲喜こもごも。円城氏の教養の深さ・知識の裾野の広さに驚かされるとともに、氏が意外にもロマンチストであることが知れた一冊だった。こういう、散々読者を振り回した挙句、落とすところに落とす物語は私は大好きだ。
いつか無かった物語を語らない。それは空間に開いた穴の輪郭をなぞるように、精密に緻密に濃密に、語/騙った果てに「無い」非ー物語。輪郭を描写することで『虚』を見せる手口は北野勇作にも似ているかも。それでもやっぱり切ないんだけど。
ようやく話の流れが分かったような気がすると、登場人物たちが何を話しているのか分からなくなったりする。把握し切れないからというのもあるのかもしれない。しかし一つ一つのお話は馬鹿馬鹿しく、また清々しく、また格好よく、面白いと感じる。この感覚が帯にある「文学は変わる、あまりにもあっけなく。」の意味なのだろーか?
何回か「面白いな」と呟いたが読み終えて結局は「訳わかんねーや!」となった。人を喰った面白さが何処となく、誰かを思い出させる。誰かは忘れたけど。
少年と少女と、科学者と巨大知性体と、その他もろもろ。それらの混沌によって無限の拡散を続ける第一部は、第二部冒頭によっていきなり超越知性体によって閉じられる。そして、巨大知性体と人間達の混沌の世界はそこらかしこで崩壊し、収束にむかうかと思えば反復し、てんでバラバラの暴発群は回帰する。…何を言ってるかわからねーと思うが、正直自分もよくわからん。何だこれ。第一部の積み上げが消化しづらくって、ヒイヒイ言いながら噛み砕いていたら第二部冒頭で一気に加速してもう呆然。何だこれ。面白かった……と素直に言っていいものか。
Self‐Reference ENGINEの
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感想・レビュー:95件















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