一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)
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一九八四年の感想・レビュー(1062)
トマス・ピンチョンの解説に感動。“我々は伝えられることが真実でないと知りながら、それが真実であって欲しいとも思っている。信じると同時に疑っているのだ。”
ザミャーチン『われら』と比較すると、類似点はあるものの、第3部からの下りは『1984年』の方が後味が悪くて良い。トータリズムの完成形はこのような思想矯正にあると思われる。弾圧では殉教者がヒーローになり得てしまうので、思想を破壊する(まさに、思想の全体化)がベストな方法である。また、ビックブラザーは実在しなくともよいのが恐ろしい。ビックブラザーが個別性を失い、全体になっている。
また、歴史の改竄は歴史学徒の僕には非常に興味深かった。歴史はナラティブな側面と積み重なる側面があると思う。
歴史が事実かどうかは私たちの世界でも分からない。史実はしばしば覆されるし、主観を入れないことは難しい(主観が入らない歴史はつまらないし)。言われたこと、読んだこと、聞いたことを信じる他ない。もちろんこの本における歴史の改竄は間隔を非常に狭めているけれど、『あり得ないことでも無い』。 この『あり得ないことでも無い』ことに基づいた絶妙な世界観(ビッグ・ブラザー、ウィンストンの最後etc...)が、この本の魅力だと思う。 何度も読みたくなるし、読むべき作品。
人は矛盾する。ただそれを認め、前提にしただけで、こうも社会は変わる。非合理に支えられた合理。合理を司る「権力」は、天井の見えない巨大な柱。人は矛盾していなくてはならない。ただし、それを認めてはならない。そんなぼくらの二重思考。
これが書かれた1948年に比べて2012年は良くなったのか? 近頃は混沌度が増して、1984の世界に近づきつつあるような気もする。
やっと読んだ…。『1Q84』より面白かったけど難しかった。
何と表現したら良いのか分からないけど、こんな事が実際に起きたら嫌だなと思った。党の思うままに様々なことを操られ、思考までも自分の思うように出来ない。党に背いた人間は、抹殺される。そして、まるで最初からいなかったかのように日々が過ぎていく…。今、自分が好きなように物事を考えられ、また、時には行動を起こすことが出来るというのは、当たり前のことだけれど、とても恵まれたことなのかもしれない、そう思った。
1948年に書かれた近未来(1984年)小説であり、非常によくできた話になっています。SFによくある宇宙や科学的なものではなく、全体主義に支配された恐ろしい世界の話です。
社会構造が時として、文明や人格をも矯正してしまう可能性に気づかされ、ぞっとした。さらにはそれが多かれ少なかれ現代にも表れているというのは考えさせられる。この物語の中で人の持つ自然権を根本から崩した上で、ではいったい何が人にとって大切なのかと問われている気がした。
社会主義・全体主義に関わらず、資本主義も時として単一の“色”に染まる瞬間があることを忘れてはならない。巧妙さの問題なのだろうか? 情報統制と見えざる階級社会、そして背筋の凍りつく二重思考。【牢獄の中で感じる自由】、なんてドストエフスキーの言葉を思い出す。
巨大な破壊の機構が同時に個人生活を守るという二律背反した国家のロジックを、メディアに遮断された社会の中で、安閑と受け入れているのは作中人物よりも我々のほうだ。この虚構世界の住人の思考タイプ「二重思考」が、スターリニズムに対する寓意的批判に留まらない理由がここにある。真理をプロパガンダし、平和のために戦争を続け、戦時経済を豊富にするため国民から搾取する各省庁の命名は、モニターの外に政治を眺めて社会に留まる我々に国家のメカニズムを突き付ける。作者はこの一冊で国家の本質を射ぬいた。T・ピンチョンの解説付き。
六十年も前に書かれ、世紀を越えた今なお読むものの人間観・文明観を激しく動揺させる力を失わない時代を超越した歴史的傑作。故にこの作品を当時の政治・時代状況を風刺した作品と見ることには違和感を覚える。もしそうであるなら大きく時代背景が変動した現在、この作品に描かれた全体主義社会がこれほどの迫真性をもって読者の精神を深く抉るはずがない。これは人間と社会の限界を問う難問である。もし、社会がこれ以上拡大できないまでにその領域を拡大したら、成長しない社会はどのように“管理”されるのか? 歴史の終焉を見つめる諦観と希望
『ハーモニー』の感想でも似たようなこと書いたけど、全体主義を突き詰めていくと、人間の社会はアリやハチのような真社会性生物のような社会になっていくなあ、という妄想を読めて楽しかった。「過去の改変」や「言語の語彙を減らすことによって思想を制限する」というアイディアは凄いなーと思った。本編ももちろん良かったけど、巻末の『附録 ニュースピークの諸原理』は鳥肌立った。
60年前に亡くなっている方が書いたとは思えない先見的すぎる作品。攻核機動隊で今来栖探すときにイシカワが言ってた「ビックブラザーのお出ましだ」の「ビッグブラザー」はこの小説から来てるのだろうか。
解説にピンチョン!なんて豪華♪何よりピンチョンが解説してくれなかったら、附録の意義に気づけなかった。未来はまだ明るいと思わせてくれる素敵な仕掛け。
ジョージ・オーウェルは「一九八四年」という未来を描いたのだが、それは冷戦の代わりに核戦争が起こったもう一つの世界だった。つまりパラレルワールドという意味でこの「一九八四年」という年号には何の意味もない。私達はもう一つの過去としてでも、来たるべき未来としてでも好きなように読める。悲惨な物語の中で、時折現れる、情景の美しさに心打たれる。
「過去は変えられない」「私たちの精神世界だけは他人には変えられない」そういった常識に真っ向から挑戦した作品。すごい読み応えがあった。
圧倒的な世界観と魅力的なキャラクター(特にオブライエンの存在は大きい)に多少興奮しながら読んだ。素晴らしい本だ。又、管理された、他力本願的な世界(社会主義)とそうでない世界(資本主義)の比較として読んだ場合、どちらがより自由かという問題についても考えさせられた。一見、後者の方が自由に見えるが、オブライエンの言うように前者の方がより自由に生活ができるのかもしれない。また後日に読みたい。
強烈すぎて一気に読んだ。フランクルの【夜と霧】が重なり震撼とした。世界は全体主義へ向かう欲望を孕んでいる。現在のアメリカにその予兆が見えるし、アメリカに追随する日本もこのままだといずれ全体主義へ向かう可能性がある。人間の尊厳の問題を鋭く問う名著。オーウェルは現代の予言者だ。これは一度は読むべき本だと思います。人間は国家の所有物ではない。オーウェルの警鐘。
思考や精神までもコントロールされうる人間の脆さ危うさを思い知る。拷問や社会的風潮により強制され致し方なく隷従するならいざしらず、過去の改変や教育、習慣によって、自分の知覚しない間に全く人間性の異なる人間に変えられ、体制の望むように自発的に判断し行動するようになってしまった集団世界に恐怖した。だが同時にこの1984のような世界を突き詰めた先には何があるのか見てみたいとも思う。きっと人間は人間であって人間ではなくなっていることだろうが。「愚鈍は知性と同じくらい必要」印象的な言葉だ。
まるで、偉大な兄弟を筆頭とした党(オセアニア)という1つの生き物ですね。細胞(党員やプロールたち)は、党(オセアニア)という生き物が生き続けられるように、それぞれがそれぞれの役割を淡々とこなしていく、もし異常な行動をする細胞や病気(党に反対する者や思考犯)が出てきたら、速やかに発見治療もしくは、滅するという。この世に完全はないと思うので、いつかは寿命が来るでしょう。
色々な解釈ができるが私はアイデンティティの物語として読んだ。自分というものを深く考えるとき、最終的には自国の歴史に帰っていくのではあるまいか。歴史や戸籍をも改ざんしてしまう超管理社会に、思想や自由を奪われたとき、人間は何を依るべに自己を構築するのだろう。5年くらいしたら再読したい。
ピンチョンの解説もついてディストピアをテーマにした記念碑的作品がこのお値段っていうのはかなりお得ですよね。チャンドラーを読んだときも感じたけれどハヤカワを舐めたらあかん。ビッグブラザー、二重思考、ニュースピーク、テレスクリーン。オーウェルのつくった1984年は果たして。2011年、我々はテレスクリーンも二重思考もビッグブラザーも存在していない世界に「存在」出来ているのだろうか。衝撃的でありながらエンターテイメント性もある痺れる作品です。「ビッグブラザーはあなたを見ている。」
村上春樹の1Q84に影響を与えた?と聞いて読んでみたけど、何ちゅう大作!物語は面白いけど難しいー!久々にサクサク読めなかった本に出会えたわ(笑) 再読必須
全体主義国家。おそらく戦後のソ連や『ファージング』の体制が行き着く先なのだろう。それをさらに効率的に、よりシステマティックに。身も心も全てを「党」に捧げることができる人のみが平安を得ることができるのだろう。オーウェルの「怒り」は「叫び」は我々に届いているのか。我々は、いや私は子供たちに何をしてあげられるのか、何を遺してあげられるのか、じっと手を見る。512ページ
最近は、さくさくっと読める本を多く手にしていたせいか、読むのに時間がかかった。しかし、重厚で手応えのある本書のような物語を読むと、読後にいろいろ考えさせられるし、達成感も半端ない。社会のシステム、思想、マインドコントロール。今を生きる私たちが、「考えること」をやめたとき、それを考えると背筋が冷たくなる。
ラストがもうね…。社会主義ってスゴイとつくづく思った。良い意味にしろ悪い意味にしろ。無知は力なり、とかニュースピークによる言論の能力の剥奪とかとても考えさせられる…。学生時代に読めて良かった
この本は様々な読み方ができるが、ゴールドスタインの著書の部分が一番面白かった。すごくリアルだ。/あまりに辛いが、でもこの本は絶対にバッドエンディングじゃなきゃいけなかった。/「人間は考える葦である」って初めて名言だと思った。ホントの意味よく知らないけど。
ディストピアの一番大きな要素って、ヒエラルキーの区別なしに個人が「選択が出来ない」ことじゃなかろうか。あるいは「選択が出来ないこと」に対して、そもそも全くの問題提起が湧かないことなのではないかと。
難しかった。読むというより本との格闘だった。こんな場所にはとても住めないと思うけれど、よく似た国は存在する。人はどこまで追い詰められたら人間性を失うのか。国家による壮大な実験を見ているようでぞっとした。附録に希望のかけらが見えてほんの少し安心できた。
一九八四年の
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感想・レビュー:342件

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ナイス!































