遠い山なみの光 (ハヤカワepi文庫)
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遠い山なみの光の感想・レビュー(192)
カズオ・イシグロの小説を初めて読みました。日本人なのに、英語しか話せない、外国人感覚の方が文章にしたら、どんな小説なんだろう?と読んでみたら、日本文学みたいな、でも海外文学なんだよな~、と不思議な感じがしました。原爆が落ちたあとの長崎が舞台で、自分も想像するしかない風景で、戦前から戦後の急激な思想の変化に登場人物たちが、翻弄されてる姿が印象的でした。
訳文は読みやすいけれど、日本人同士の日本語の会話として見ると、色々物足りない要素があって、ちぐはぐした感じ。デビュー作というのはそういうものなのか、色んなテーマが詰め込まれていているけれど、抑制されている。全体はぼんやりとした薄明りのなかにあって、静かに目覚めていく自我を追う文学作品という印象。
戦前の長崎から、原爆の投下と敗戦を経て、イギリスにわたって家庭を築いた日本人女性の半生。現在と過去が交錯し、そのすべてが語られ謎が明かされるわけではないが、空白や闇の部分も含めて味わいたいと思える。端正で節度のある日本語に映し変えられた翻訳の文体が、時代背景によく合っていると思う。
日本人として日本で生まれ、幼少時代に英国に渡ってのちに英国籍を取った日本語が話せない作家が、おもに日本を舞台として登場人物も殆ど日本人という話を英語で書いて、英国で出版し賞をもらったのを、日本人が日本語に翻訳したという小説。これって、作者の意図が本当に伝わるのか、ひとえに翻訳家の手腕に大いに負っていると思う。でも、まずい翻訳にありがちな文章の引っかりが無くて読みやすい。翻訳家の小野寺氏はかなりカズオ・イシグロを研究しているに違いない。内容はちょっと暗くて感情移入はできなかった。何回か読み直さないとカズオ・
大半が会話だけで成り立っているので、すいすい読める。しかし、普通の小説なら、地の文で説明するであろうことが、かなり、おそらくは意図的に省かれているので、いろんな読み方が可能になる。私は、イシグロのファンなので(といっても、これで4冊目)、そこがたまらなく面白いのだが、最初にこの本を読んだ場合、「なんじゃこりゃ」で終わってしまうかも知れない。 蛇足だが、長崎の平和祈念像への評価が意外だった。
読了。初期の作品の為か色々なテーマを取り込みすぎている感じはあるものの、登場人物の個性の豊かさはイシグロ氏らしく非常に楽しめた。解説にある「人間は互いに了解可能だという前提から出発するのが哲学であり、やはり人間はわかりあえないという結論に向かうのが文学である」というのが非常に興味深い。イシグロ氏は一見会話が成り立っているように見えて、実は人は己を通してしか感じたり発言したり出来ないという部分をうまく描写している。文学とは個の世界なのかもしれない。良い文学であればある程、せつない気持ちにさせるのだから。
戦後の日本は だれもが絶望的でどう生きていくかわからなかったと感じる過度期の混乱の中で 模索思考しながらだれもが生きてきたのだと思うカミュと同じく不条理な世界を書いているが まだイシグロのほうが光が見える感じがした
登場人物それぞれのエピソードが細部にわたり記される一方で、それらの相関を示す重要なカードは最後まで開示されない。読み手は悶々憶測を巡らすばかり。そんな手法は私にとって初めての経験。静かな衝撃を受けました。
主人公が自分と佐知子、万里子と景子を重ねて考えているのに気付いた時、何とも言えない切ない気持ちになった。戦争があって、変わらなければいけない者と変われない者がでてきた。お互いに理解できずに歯痒い思いをしたのだと思う。でも時がたってみれば相手の考えが分かるどころか同じ道をたどっていた。悦子は後悔しているのかとも思ったけど、最後にニキに手を振る場面では穏やかな顔が想像できた。佐知子と万里子はどうなったかは考えないほうがいいかな。
まあ、デビュー作だからこんなものかな。文章的には日本の文学小説と大差ない感じです。いろいろ盛り込みすぎて、何をメインにしたいのかよく分からなかった。長崎という地になじみがないので、そこは面白く読みました。
かなり読みづらかった。普段目にするような日本語とは違うリズムで訳されているからだと思う。しかし物語のずれとか軋みを表すにはなかなか適している。正直な日本語でどんどん語られるとまた印象が違うんだろうな。原文が読めたらまたいいんだけど。
作品の読む順番を間違えたような気がする。でもここから始めたら彼の世界に入れなかったと思う。おそらく土屋政雄氏の訳文はカズオイシグロの世界を日本語に置き換えて再現できるのだな。
想像の余地が幅広く残る。そのせいか、読後もしばらく余韻が続いた。ストーリーそのものも面白いけれど、それ以上に細部(登場人物同士のやりとり、だとか)やくすんだ空気感に惹かれる。初期の作品らしいためか、独特のユーモアは影をひそめひたすら不安でもの寂しいところが違和感と言えば違和感だけど、それはそれで味わい深い。
これは読み手を選ぶ小説だなぁ…。私自身、ストーリーの面白さを求めている時期に読んだらおそらく「なんじゃこりゃ?」という感想だったかもしれない。若いときだったら「辛気臭い小説」と思ったかもしれない。でも今はこの女たちのゆらゆらした会話からじわっと浮かび上がってくる、この感じがとても心地よくて「ああ、小説を読んだなぁ」という気持ちに満たされている。噛みあわない会話や描写から、彼女たちが守りたかったものとか希望とか絶望が浮かび上がってきている。これがデビュー作とは。渋いわ…。
読むのに時間がかかった。男性なのに女性の視点で書いた。英国人なのに日本人を書いた。っていう点で優れているのかなと思った。なんだろう、逆私小説というか。作者が完璧に消えている分、逆に浮かび上がってくる。彼のことや日本や英国のことを知らずには、読めたとは言えない気がしてしまう。戦後、日本は一気に変わったわけじゃなく、ゆきつもどりつしながら変化していったんだな、と当時を想像して考えることはできた。
不思議な読後感。独特の会話が心地良く物語を引っ張っていってくれる。悦子の義父緒方さんや夫二郎も含めた三人のやりとりが好きだなあ。現在悦子が住むイギリスと昔暮らした長崎の風土の違いがもう少し分かりやすかったりすると僕にとってはもっと良かったなと思う。そして、この本ほど翻訳書というものは、作者と翻訳家の共同作業なのだと強く実感。訳者のかた、素晴らしい仕事ぶりだと思いました。カズオ・イシグロ氏のほかの作品も読んでみよう。
消化不良気味に読み終え、解説で納得。 物語は彼女の過去と現在が照らし合わされていく。人生の変遷の末たどり着いた異国。解説では価値観の転換期というキーワードで説明されている。過去を共にしたあの親子と現在の自分をどこか重ねている。薄明の希望に身を委ねた自己の肯定は、失われてしまった対価を超えてもやはりどこか寂しげ。
プチプチ留学の前に読み終えるつもりが叶わずちょっと間をあけて本日読了。翻訳文学であることをすっかり忘れてしまう作品でした、訳者の方あっぱれです。戦後の長崎の不思議に薄暗い風景とイングランドのどこか寂しい日常が絡み合い独特の雰囲気を醸し出しています。これは原文で読むとどんな感じなのか気になります。
『わたしたちが孤児だったころ』よりは好きかも。それにしても情景や感情の描写をよくこれだけ丹念に積み上げたものだと思う。作者が日本人出ないことを忘れてしまうくらい自然。
イギリスで生活をする悦子が、戦後間もない長崎で暮した記憶を思い起こしていく。どことなく不穏な感じが漂っていて、長崎の人々の心に影を落とす死の存在が伝わってくる。何気ない会話から人物の核心が見え隠れしてどきりとする瞬間があった。女性が自分の生を生きることの難しさ、時代が変わっていくことのやるせなさが読後に残った。
さらさらと読める美しい文体には、語り手の思いの全てを現さず、むしろ、語り手が言葉にしない部分を想像させ、会話の中で人物像を浮かび上がらせる表現方法。彼女の中に眠らせた思いがところどころ零れる中に、彼女の人生が鏤められており、すっかり価値観が変わった時代との折り合いや苛立ち、払拭できない悲しみなど、簡単には折り合いのつかないものが見え隠れする。なんと「小説を読む」ということの知的好奇心をそそられる小説であることか。
女たちの会話の「感じ」がうますぎる。特に、相手に伝えようとしているようで、自分自身に言い聞かせている、あの「感じ」が。あとは書かれなかったことの存在感。
なんか川上弘美のような、ホラーのような、カズオ・イシグロっぽくないなぁと思ったらしかし、やっぱりカズオ・イシグロだった。こんなとんがったものも書いてたとは思わなんだ。もっとこういうの書いてくれないかなぁ…
肯定は否定、許容は拒絶、卑下は驕慢の裏返し。建て前で飾りたてた言葉ばかりが交わされ、お互い相手の本音を鋭敏に感じ取りながらも、あえて掘り下げることなく受け流す……というような会話が繰り広げられ、読んでいてなにやらはらはらした。全体的に不安感が漂っているのもそのせいだろうか。最後、余りにさりげなく明かされた「真実」に驚愕。いや、でも、あれ?深読みしすぎだろうか。
初のイシグロ作品。背景の長崎の描写と原爆、全体の薄暗いイメージがゾクッとするほど重なり合う。戦後しか知らない僕にとって現在の長崎はカバー装画のようなさわやかな感じなのだが。
タイトルから想像したのと全く異なる、おそろしく暗く、苛つく物語 もっとも邦題は原題とまるで違うのだが… 出てくる日本人の登場人物がみんな(成金親子を除いて)想いを内に秘め、言いたいことをハッキリ話さない 特に語り手である主人公はただ見ているだけの人で流されるまま何もしない 的を得ていないわけではないが、これが英国人の作者の日本人に対するイメージなのだと思うと少し心外である 作者のことをよく知らないが、もしかしたら、作者自身の中にある日本人のそういう血を嫌っているのかもしれない
揺れに飲み込まれるような小説。時間軸や心の揺れを感じ、いつのまにかその揺れに沿って自分も揺らされているような感覚を持った。戦後の長崎っていう設定で、あんな風に「母親/女」としての生き方で戸惑っていく女性たちの姿を書く、日本のバックグラウンドを持ったイギリス人作家。それだけでもう混沌としてる気がする。その揺れが、作品にも投影されてるのかもしれない。
英語で書かれ、翻訳された小説ということを忘れてしまう。。戦後すぐの日本の光景。価値観の変化に乗り切れず、でも昔のままでは居られなくなった女たちの思いが、静かにずーんと伝わって来る。
イシグロの長編1作目。今まで彼の長編は3作読んできましたが、この小説には彼がこの後に書いていくことになるいくつかのテーマを発見できたような気がする。この部分を違う形で書いたのがあの小説で・・・、なんて思いながら読んでました。この小説自体も面白い。
遠い山なみの光の
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感想・レビュー:59件















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