キリンヤガ (ハヤカワ文庫SF)
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キリンヤガの感想・レビュー(116)
寓話に隠された真理が、現実とずれ始めた時、人類は進歩したという事か。ずっと読み継がれてゆく名作であるのは間違いない。収録作が大小様々な 15 の賞を受けたらしいが、著者自身が作者あとがきで嬉しそうに、細かく作品ごとの受賞歴を書き連ねる感覚が良くわからない。「キリンヤガ」1989 年 ヒューゴー賞短編小説部門受賞作品。「マナモウキ」1991 年 ヒューゴー賞中編小説部門受賞作品。「古き神々の死すとき」1996 年 ローカス賞ノヴェレット部門受賞作品。
なんだよ!どうすりゃいいんだよ!いい奴を応援してればいずれ報われる単純でキモチイイ話と違い、読みすすむごとに不安がつのる。答えのないことを頭の中でぐるぐる考えるのも、読書の醍醐味ですな
じりじりと崩れ落ちていくユートピアを見守るコリバの焦燥に共感。でもこれ、単純に老人/若者のどちらが正しいか、という見方をしちゃいけない話だよな、とも思う。自分たちの文化に誇りを持つことも重要だし、刻一刻と変わりゆく社会を受け入れることもまた重要。では、その2つに両極化した際、どちらがより重要か……と問われると、なかなか容易には答えられないもんです。とりあえず懐古厨には読ませたい一冊。
みんなのコメントを読むと、コリバに反対する立場の人が多いようだが、ことはそれほど単純ではなく、ヨーロッパ人の侵入によってアフリカがガタガタにされたという彼の見方はある程度は正しいわけで、ではどうすればよいのかということを読んだ者それぞれが自分の中で考えて、自分の立ち位置を決めなければいけない。そういう作品だと思った。
相手の立場になって考えることの大切さを学べる。 最初のほうは面白かったが、後半になるに従い、ムンドゥムグであるコリバの凝り固まった思考に辟易とした。変化を受け入れないと発展はなく、コリバの求めるユートピアには変化・発展はいらない。若者側の自分からすると、コリバの行動は歯がゆいばかりであった。
ユートピアとは、なんだったのか。主人公であるコリバが、求める世界は理解できるが、その世界に心中してくれる人々は既に彼のユートピアにはいなかった―ということでいいのだろうか。「変わらないでいることは、変わる以上に難しい」ということを理解出来ていなかったのが彼の問題だったのだろう。それをはっきりと示している「空にふれた少女」と「ささやかな知識」のどちらも彼と対峙するのが村の少年少女であることがとても皮肉に感じて良い。すでにこのジレンマを感じる世代が現れているのではないだろうか。
『管理社会からの脱出モノ』なのでしょうか。現状を肯定し其処はユートピアであると信じて疑わぬ社会の特異点として描かれる、世界の欺瞞に気づきディストピアであると嘶いた少女のエピソードが印象的だった。管理社会において、自己は完全に社会のシステムに取り込まれてしまっており、自身の思惟や決断さえもシステムの影響から零れ落ちたものでしかないという『個の喪失』した世界の中で、独自の成長を見出していった少女の結末には胸に染み入るような読後感があった。読むほどに深みを増す小説だと思うのでいずれまた機を見て再読したい。
テーマは完全管理社会と愛国心なのかな。完全に管理するには人間というものは多様性を持ち過ぎている。いっそ、全員ロボトミーしたら可能なのかも。同じ方向性で脳内にある種のチップを入れて逸脱しないようにするとかね。愛国心の問題は三島由紀夫も言ってたけど、ほっといたらどんどん特徴の無い普通の国になっていってしまうんだよね。でも、その国体を守る行為も実は不自然な結果になってしまうというジレンマ。あと、何百年かしたら世界中の人がマックとコーラを片手にハリウッドを見るようになるのかしら?もう、なってるのかな?
空に触れた少女、マナモウキが特に面白い。コリバに関しては共感はしにくいが、理解はできる。ここまでひどくは無いが、周りにもこういうアナクロな人は居るかもしれない。
村人と主人公の対比がうまい。寓話がそのまま主人公に帰ってきてる気がする。彼もバッファローになりたかったインパラでしかなかったものかもしらない。
ユートピアには進歩がない。ユートピアでは人は考える事を止める。そもそもキリンヤガという「理想郷」が西洋文明の賜物だった事を忘れた、愚かでちっぽけな老人の悲しみ。偏屈ジジィ萌え。
「空にふれた少女」の「知識」を別なものに置き換えたら、それは今の日本でもありえていることなんだ。SFというフォーマットでしかできない近代文明論にして激エモ小説。
SFというカテゴリで小さく語っては申し訳ない文学作品の1つです。あ。いえ。SFを軽く見てるのではなくSF好きとかそういうのに関係なく読んでほしい作品という意味で。人の聡明さは進化を生み出すが、それは善いことなのか否か。もしくは善悪ではないのか。ケニヤを日本に置き換えてみても面白い作品だと思います。
主人公のあやまちは、気象管理システムと宙港とコンピュータを捨てられなかった時点で、自分自身も既に古き時代のキクユ族ではないのだと気づけなかったこと/現在の日本が抱える問題にも通じるテーマ多し
マイク・レズニック「キリンヤガ」の感想を書きました。「SFが苦手」という人と、「アフリカ大好き」という人に是非お薦めしたいです→http://d.hatena.ne.jp/Dirk_Diggler/20100220/#p1
あまりにも頑なに仕来りを強制するコバリの姿は、最初違和感がありますが、徐々に自分から人々が離れていき孤独化するコバリのさびしげな様子にだんだん応援したくなってきます。有名な「空にふれた少女」は切なすぎ。
少し前に目にした女子割礼に関する議論とか、自分自身の抱えている様々な矛盾とか、いろいろな事を思い出す。これほどデリケートで複雑なテーマを扱いながら、あくまで『物語』として面白いところがいい。
一話一話がまるで寓話のような趣き。ムンドゥムグは結局誰のためのユートピアを目指したのでしょうね。小説内でも語られているように、それが何であれ最高の状態というのは一時的でその後は崩壊や変質が始まってしまうのでしょうか。479ページ
賢明な知恵者だと思ったコリバの言葉が、話が進むにつれ、段々と時代遅れの愚かな老人に感じられてくる。時間つぶしのつもりで手に取った作品だったが、ラストには落涙。ユートピアとは何か?
じいさんには終始イライラさせられっぱなしだったなー。お前は2つも大学を出てそこで何を学んだんだと。いや、別に「西洋の大学を出たのに西洋の考え方をしないのはおかしい」とかそういうことを言いたいのではなくて、キリンヤガの運営(ひいてはそもそもキリンヤガを設立したこと)に学を積んだ人間の深みを全く感じられないのが不満だったんです。こんなクソジジイのせいで死を選ぶ羽目になった少女に合掌。「空にふれた少女」は白眉
人間はいつでも更なる利便性を求め、発展・進化してきた。けれど、そこには必ず何かの代償がある。故にかつてのユートピアの姿を求めるコリバの考えは理解できなくもない。ただ、自分の考えを無理やり他者に押し付けることだけはしてはいけないと思う。一途に部族の文化のことを考えるコリバの姿勢を頭で理解することはできる。けれど、それに囚われるあまり人を死なせておきながら「自分は間違っていない」と信じ切っている部分はわがままを言う只の子供のようにも見える。…一息には感想を書けないお話でした。
これも傑作。ユートピアは固定した時の中にしか存在せず、現在が流転する以上個人が求めることには限界があるというか。本当のユートピアには人間がいなくなるのかもね
「伝統を守る」と「受け入れる」ことは本当に相容れないのかな。人類の歴史は挑戦と発展ではなかったのか。歴史を戻すことなど有史以来1度も可能だったことは無いのですが・・・。2度父親に捨てられることになる息子がちょっと悲しかったなあ。
キリンヤガの
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感想・レビュー:48件














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