闇の左手 (ハヤカワ文庫 SF (252))
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闇の左手 252巻の感想・レビュー(278)
両性具有の人類による社会という特異な世界を構築する思考実験のような小説ですが、緻密に作り上げられたその世界はとてもリアリティがあり見事です。 性別というものがない社会で、人はどのように存在するのか?氷河期の過酷な気候下という条件も加わった中、文化や宗教はどのように発展するのか? とても大きな物語で感銘を受けます。
重厚。文章は少しかたいけれど、引き込まれる。異なる世界をこんな風に構築する筆力に脱帽。光と闇は一つのもの。すとうぶ、やーど、みたいな、旧世界の言葉の名残がさらっとでてきて、謎解きの気分。
重厚。異星の文化を真正面から朗々と/切々と、学者の目で/個人の目で描き上げた作品。政治的ファーストコンタクトものとも言えるけど、主人公は迎え入れる側ではなく単身切り込む側。極寒の星で政治の道具として扱われ/疎ましがられつつ、唯一心を通わせた現地の失脚王と共に亡命の旅をする。文章カタめなのと固有の単語が多くてやや読み進め難いが、文化的差異ゆえの行き違いや、それを乗り越えて相互理解が芽生える様子には心が躍る。政治的な云々より、一般人であるセレムの息子の最後の台詞がコンタクトSFの正道でやはりぐっと来る。
ヨーロッパのキリスト教使節の、中世日本訪問時の記録物語を読んでいるかの如く気分になった。あくまで気分だけど。アイとエストラーベンの、二元論的思考を超える関係への昇華に立ち会った時、深い深い所で感動が芽生える。文化人類学的、民俗学的な言及も、物語に厚みを持たせている。読み手を選ぶとは思うが、選ばれた読者は至福の読書体験を得られる名作である。1970 年 ヒューゴー賞長編小説部門受賞作品。1969 年 ネビュラ賞長篇小説部門受賞作品。
後書きにも書かれていたけれど、文化人類学的な手法をもって描かれた神話的世界。彼女の小説は、空気の臭いも生活の音も自然と再現されて、自分がその世界で暮らしているかのような錯覚に陥る。または私が暮らしておらぬとも、その世界は確乎りと過去もしくは現在どこかに存在しているはずだ。
久しぶりに読んだけど、やっぱりルグィンはいい。でも当然と言えば当然だけど、高校の時に読んだほどの衝撃はなかったかな。逆に氷原のシーンはその時よりもジーンと来るかも。年を取ったのかなぁ。
感性工学の教授から聞いた、人の視野は常に輪郭を追いかけているという話を未だに思い出す。純粋な生理学的機構から生まれたモノの境目を強調する能力は、いつの間にか心根に深く根付いて、輪郭を見いだせない薄明に置かれた被験者はパニックに陥ったという。古い古い実験だ。常に中庸たれ。私が好きな、でも叶わない理想はこの小説の難しさにも通じてる。二つの性を三つに増やした人はやはり境目を入れて輪郭を作ることはやめはしまい。それを超えて重なりあわせの曖昧さを享受することに楽しみを感じれば、ゲセンの地に私も立てるのだろか。
男でもあり女でもあるゲセンの人々…。前半はなかなか進まなかったけれど想像力を働かせて読みました。両性具有で萩尾望都の『11人いる!』を思い出した。時間をおいてからもう一度読みたい作品。
ゲド戦記で有名な、ル=グウィンの他の小説も読んでみようと、数々の賞を受賞したこの本を手に取ったのですが、彼女のハイニッシュ・ユニバースシリーズの中の、最後の作品だったのですね。それを知らなくて、最初にこれを読んでしまったのは失敗だった。それだけ、物語の舞台設定がハイレベルで奥行きが深く、まさにル=グウィンらしいです。 今更ながらですが、彼女の描くファンタジーって、決して陽気ではないですよね。どちらかというと、マイノリティを中心にした、東洋的な思想がちらほら垣間見られますよね。ますます好きになりました!
表紙の風景に惹かれて買ったけれど、色々な面から考えさせられる本だった。序盤にエクーメンとゲセン独自の言葉に翻弄されながら、双方の人間の視点から徐々に作品の世界観を読み取っていく話の構造は、主人公達が異星の人間を理解していく物語であると同時に読者も異質なものである作品内の登場人物についての理解を深めていく物語のように感じられる。読み直せばまた違った読み方のできる本だと思うのでしばらくしたら再読をしたい。
恋愛小説としても読めるなあ。女性は生理的に不自由であるとあっさり言い切ってて驚いたが、著者が女性と知ってうなずいた。世界観や設定は非常に魅力的。映像化したら美しいだろう。最後に彼が取った行動が今ひとつ理解できなかった。
想像していたものとは違ったけれど、何ともいえない読後感。印象的で頭から離れない単語の数々。SFは苦手なのだけれど、こだわりを捨ててもいいかなとちょっと思った。
あまり面白くなかった。氷原を渡る冒険を読んでる最中に、次は冒険ものを読もうと思った。SF、読むのが大変である。もっと想像力がたくましくなってきたら、SFを読もうかな。
佐藤亜紀が伊藤計劃の追悼に際し、伊藤さんを、物語を語るその”声”が美しいと評し、心の底から恐れ入ったのを思い出す。物語にはそれを語る声があり、それは千差万別だけども、語る声の美しい作品は意外と少ないかもしれない。この「闇の左手」は翻訳ものなのにル・グィンの語りの地声が私にはとてもきれいに感じる。その心地よさに何度も読み直すのが苦にならない一冊。
表紙の静謐さが全てを物語っている作品。重厚かつ緻密な世界設定で知られるSF女王の作品だけあって、その重層的な作品構造は想像以上に手強い。が、この曖昧模糊としか思われない独特の語り口こそが、地球人とゲセン人との本質的相違の証明でもあるのだろう。中でもはっとさせられたのは、肉体や文化が異なれば、最も普遍的なはずの「好意」の感情ですら、その伝達様式が異なってくるということ。長い時をかけて表明され、相通ずるや一瞬で散じてしまった異なる二人の友情には、そのまま作品の象徴でもある雪の儚さと美しさとを見るようだった。
「男と女」をはじめとする対概念。その線引きに対して、疑問を投げかけられた気がした。確かに「両極端のもの」への言及は多いが、それ以上に「どちらでもないもの」が強く印象に残る(両性具有の人類など)。陰と陽の関係性のように、両者は常に隣り合っていて、極と極で完全に離れて存在するわけではない。中間概念を認め、見直す―作中ではその例として、愛国心が挙げられる。国境を引いただけで、自国を愛し敵国を憎む。その行為にどれほどの意味があるのか。再読すればさらに色々なテーマが見つかるんだろうな…
常日頃カップリングが受けが攻めがと妄想する方々がこの話を読んだらどんな感想を抱くのだろうかとズレた考えが頭をよぎった。今の技術なら映像化も行けそうな…(新装版のカヴァーは女史が作品を描くに当たって最初に浮かんだイメージに近い形なのね)。面白かったわ
十年前に挫折したが今回は読了。両性具有というスキャンダラスな設定を軽々と乗り越える、奥深い洞察に感銘を受けた。特に創世伝説は聖書と並ぶほどのファンタジーを感じる、唸った。惜しむべくは、訳者さんがあまり好きじゃなかったかな。読みにくい。直訳が多く、すんなりと日本語のリズムを楽しめない。これはなにか意図があったのでしょうか?
再読。性別がないからジェンダーがそもそも意識されない世界の創造って、やっぱり凄い。氷原踏破は圧巻。異星人ゲンリーの孤独。二重に追放者であったエストラーベンの孤独。過酷な氷原踏破描写は確かに圧巻。あとがきに映画化の話があったけど、怖いものみたさ的な気持ちあり。
学生時分背伸びして買った本を再読。ル・グウィンと言えばフェミ論と誰だって考えるだろうけど、性差がないこの世界の物語をつづるのは母さまにとって喜びだったのだろうかそれとも怒りだったのだろうか。作中淡々と進む世界。二人の主人公の会話は時にむづかしく、時に理解不能で、「女」という立場からこの物語を読まざるを得ない私には妙にひりひりと感じる部分すらあった。しかしやはり女性にしか書けない小説だよなぁ、これは。
多分に漏れず新装版の表紙に惹かれて。ヒューゴー、ネビュラ両賞受賞。
序盤は異人種接触ものとして両性具有の人々の特異な生態から国家社会文化文明レベルまで詳細で濃密な紹介がなされ、膨大な情報量にあっぷあっぷになるが、なんといってもやはり使節ゲンリーやエストラーベンを巻き込む政界の陰謀が展開された後の氷原踏破行こそがこの物語の真骨頂であり、圧巻である。男と女、光と闇、我と汝。両者を繋ぐもの、あるいはその調和を描いた佳作。また是非とも再読したい。
異文明とのコンタクトとはこういうものなのだろうか。ファーストコンタクトの途中から始まり、両性具有という設定はいままでに読んだことのない本でした。後半の冒険小説のような部分は好き。
酷寒の惑星ゲセンに使者として来たゲンリー。2つの国を訪れるが受け入れられない。追放された宰相エストラーベンが唯一の理解者。冬の大氷原を2人で横断するクライマックスが圧巻。SFというより人間ドラマ。さて、フェニミズムとSFを論じる時必ず取り上げられるこの作品はこの惑星の人間がケメルと呼ばれる繁殖期以外は両性具有の中性である事。従って女性という言葉がなく、支配/従属といった(もちろん男/女)二元論も存在しない。この「性から解放された人間」として描かれるゲセン人はフェミニストの1つの夢想の世界なのかもしれない。
約20年前に初めて読んで、今回で5回目の再読。歳を重ねる毎に理解できる部分が増し、内容が心に響いてくる。「ゲド戦記」でも思ったが、なんと人の孤独力が試される物語だろう。あまりに孤独であるが故に、彼らの心の交流が、身に染みて感じられる。緻密で複雑に編まれた物語は神秘的で美しく、まるで曼荼羅のように思える。私の文庫はこれより古い版なので、表紙の絵が全く違うのだが、皆さんが仰るとおり、この表紙の方が絶対いい。内容を改めて振り返ると、ここしか絵にするシーンはないとさえ思う。
両性具有の人々が住まう冬の惑星を舞台に、光と闇、陰と陽などの二元的テーマや、異文化理解や相互の和解を絡めた長編。架空の異星文化/異性人類の描写の厚みに圧倒され、ストーリーでは中盤の氷原越えのあたりから一気に惹きこまれた。はっきりと明言こそされないけれども、本作に内包されているものからは様々なものが読み取れるし、それだけに読み終えてからタイトルを振り返るとまた余韻が味わい深い。読む前はハードでドロドロな内容かと思っていたけど、さにあらず。また良い意味で裏切られた。時間を置いて再読したいSFファンタジー作品。
中学生の頃から題名だけは知っていたので拝読。グィンの叙事詩ハイニッシュワールドシリーズの一長編。両性具有を会得した人類と単性人類の邂逅の物語です。両性具有人類の文化がどこかしら日本的な所に惹かれました。ル・グィンは面白い!です。
異人と出会うとき私たちはいかなる形でコミュニケーションを成立させるのか。それは、政治的な駆け引きにみられる個人としての出会いではなく、全体の流れの中で個人にかせられた役割としての個人が出会うときに、初めてコミュニケーションが成立される。
放浪ものSF。かなり細かい設定のもとに冒険小説めいた物語が展開される。セクシャリティをテーマにしているので、主人公2人だけの孤独な旅は、竹宮恵子の「風と木の詩」の如く男性読者にとって危険だ
SFかと思ったらふたなりファンタジーだった。文化の描き方、世界観の構築が凄い。色んな二元論に関する話だが、信頼と愛情に関してはなかなかずっしり来る。しかし性の問題をあれだけ扱っておきながら実際の肉体的な描写がないのはちょっと寂しいかな。いや、別にいやらしい意味で言ってるわけじゃなく。
月のめぐりによって手を触れあうだけで変態を遂げる人たちの暮らす惑星<冬>の物語。ル=グィンが紡ぐその世界観に入り込むまでけっこう大変でした。ゴブラン氷原の横断旅行が始まる頃にやっと加速。死と向かい合わせの時空間を旅する二人のやりとりが美しく描かれれば描かれるほど、別れの時の重みが増します。
架空であるはずの文化をここまで生きたものにする描写は圧倒的である。また,文化的差異がもたらす異質感や異和感の心情表現が非常にリアルで,まさに追体験ができるほどだと感じた。
どっぷりと浸かるための小説。そうじゃないと読めない。まず登場する様々な名前をしっかり覚える、もしくは、メモするなどして頭を整理して読まないと。世界観に圧倒される。
再読。あまりにも暑いので、少しでも涼しく感じるのではないかと(笑)何度読んでもゴブラン氷原の横断の描写は圧巻。それに異種文明を圧倒的な筆致で描ききっているのが見事。さすがアメリカSF界の女王と呼ばれるに相応しい作品である。
8年ぶりぐらいに再読。前回読んだ時、終盤のスキーで滑り降りるエストラーベンの場面が強烈な印象を残していたが、今回もそこで引き込まれた。そしてラストにつづく雰囲気と余韻がすごい。こんなに静かで淡々としたエピローグなのに様々なことを伝えてくる。惑星<冬>の気候のように静かで冷たく厳しくあって、その実、内側に激しさと情熱を秘めていたエストラーベンを、最後にただ想う。
闇の左手 252巻の
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感想・レビュー:85件














ナイス!































