クレィドゥ・ザ・スカイ―Cradle the Sky (中公文庫)
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クレィドゥ・ザ・スカイ―Cradle the Skyの感想・レビュー(899)
最初から最後まで主人公が誰なのかハッキリせず終わる。けれども、物語の流れがそれに影響を受けることはなく、むしろ、曖昧な状況を通じてキルドレの思考回路がよく伝わるとも感じられる。夢と現実が入り混じっていて、これまでの作品で起こった出来事の時系列がどうなっていたのかが、気になるところ。
キルドレは空の生き物なんだと、強く感じた。地上に繋ぎ止められて濁っていく様がたまらなく哀しい。本書でスカイ・クロラシリーズが完結する(謎が解ける)ものだと思っていたのである意味で意外な結末となったけど、すべてがはっきりしてしまわない方がこの物語らしくていいのかもしれない。説明的でないところがまた美しい。
飛ぶシーンがほとんど無いので、これまでのような爽快感は無い。最後の空中戦も、どことなく悲しい。「僕」は誰か?ということがよく話題になっているけれども、それはあまり重要なことではないのだと思う俺だ。
記憶が欠けていく僕が誰であるのか、いまいちわかりにくい。自分が何者であるかわからなくなり、目の前にいる人にすがるように機械的に生きていく僕は、愛や関係性がすれ違いながら回る大人の社会に似ている。読んでいるとフーコの存在が頭から綺麗に消えてしまうのも、僕の記憶とリンクしていて面白い。居場所を空に求め、空を想うキルドレたちは人間ではなく、綺麗でもなく、不充分な存在なのか?散香にすがる姿を見ると、そうはとても思えない。この沈鬱とした青い違和感は、大空の中で飛行機のエッジが引く雲のようにしばらく尾を引くだろう。
200ページくらいまでなんだかなあと思いながら読んでいたが、ラストへの盛り上がりが見事だった。散香と再会するシーンがすごく好きだ。心が揺さ振られた。キルドレの似通った感覚や意識がこう効いてくるのか、と感動した。シリーズの中でもこれは前の4冊を読んでから読むべき。
キルドレの全てが明らかになると思ってたら違ってた。一連の流れからすると主人公の「僕」はクリタのはずだが、カンナミでもある。というか、記憶が曖昧になる部分からキルドレの人格や記憶は操作され、飛行機乗りとして作り上げられていくのだろう。前作からだがフーコが唯一血の通った登場人物に見える。
一人称の「僕」がぼかされて書かれている。一通り最後まで読むとカンナミ、クリタ、クサナギの見えないつながりというか、そんなものが見え隠れしてきた。「ブーメラン、飛んでいるか?」という一文がとても印象的で、やっぱり何かを暗示しているのだろうけれど、わからないものはわからないままでいいんじゃないかと思う。
結局、カンナミとクサナギとクリタの記憶と能力のつながりは今は理解ができない。何が夢で、何が記憶なのか。もう一度「スカイ・クロラ」を読んで、その後に時系列で再読してみようと思う。カンナミがクサナギという説は、「スカイ・クロラ」のストーリーからすると論理的でないような気がする。一部の記憶と能力だけは共有しているようにも理解できなくはないのだけど。やっぱり時間を置いて、再読だな。。
ある種のピークを見た。幻滅したくないからもう読みたくない。なんてね。言葉にし辛いのですが、小説媒体が取りえる表現方法において、一つの最終形では・・・と感じた。そのイメージは大事にしたい。だから、もう二度と*脳内イメェジ---> ●クサナギ:押井イノセンスに出てくる草薙が乗り移る人形。OL! ●カンナミ:インメルマンとシザーズが得意なヴァンシップ乗り(CV.浅野まゆみ) ●クリタ:クラヴィス・シェパード ●テーマ曲 : Vexations(エリック・サティ) ● :ニンゲンハトベナイ
二回目。よく気をつけながら読んだ。病院を抜け出し、逃亡。味方の飛行機を落とすが、甲斐に散香に乗れることを約束すると言われ会社に戻る。クサナギはキルドレに戻る。シリーズの中で一番難解だが、「僕」はクサナギで間違いない。冒頭のフーコと逃げる場面も、クサナギだ。カンナミ=クサナギも間違いない。エピローグのクサナギは、偽物だと思う。オリジナルのクサナギは記憶を消され、カンナミとしてパイロットに復帰したのだろう。一つ、アオイの台詞が納得できないが、取り敢えず謎は解けた。
「僕」が誰であるか混乱しました。鋭い文体で『スカイ・クロラ』シリーズと認識させられるが今巻は地に足をついている時間が長い為か暗い印象も受けます。それもエピローグで全て洗い流されましたが
語り手が誰なのか分からなかったがそこは読み進めていくうちにあまり気にならなくなった。 なぜならキルドレである為同じような印象を受けたためです。この作品の最後の一文「ブーメラン、飛んでいるか?」にハッとさせられました。 押井守さんの解説も良かったです。
間違っているかもしれませんが読み終わった時点での解釈を記します。ずっと僕を函南だと思って読んでいましたが、僕は草薙で、函南に撃たれても死んでいなくて入院治療していた病院を脱走。一旦普通の人に戻ったのに、相良に注射をされてまたキルドレに戻ってしまった。エピローグのカンナミは草薙で、杣中が言っていた復帰した草薙は別の誰かって感じだと思います。嘘の昔話をするフーコとの逃避行とか、読んでいてとても切なかったのですが、僕がその記憶を無くさないでくれれば良いと思います。最後の一冊も読みます。
主人公は誰なのか?最初はクリタかと思っていたがどうやら彼は亡くなったらしい。終盤の記者との会話などではクサナギかと思ったが、クサナギが「クサナギに殺されたい」と思うとは考えにくい。とすればカンナミか、と思いつつ時系列順で後になるスカイクロラを読み始めると、カンナミはスカイクロラでクサナギと初対面だった。スカイクロラの終盤で、死亡したキルドレの記憶の引き継ぎ操作のような技術がほのめかされた。本作の主人公もその技術によって複数人の記憶を持つことになったキルドレだったのかな。
「僕」は何者なのだろうか。クサナギか、クリタか、それともカンナミなのだろうか。人間に戻ったキルドレを再び、キルドレに戻す薬。レジスタンス。国ぐるみの隠蔽。それでも、「僕」は空を飛ぶ。自由を求めて。生きる実感を得るために。美しい物語だ。淡々と、そして透徹した文章で描かれる空は、恐ろしいほどの透明感。反対に、描かれる地上は、エゴの渦巻く混沌の坩堝。しかしやはり、主人公が誰だかわからないと、なかなか感情移入が出来ないものだ。相変わらず、明確な答えは映画描かれていないが、それもまたこの物語の面白い所なのかな。
空に行けなくなったキルドレは何を思うんだろう。空へ帰る方法?地上での生き方?死ぬこと? それは本人にしか分からない。
「僕」が誰だか分からず(フーコのくだりから栗田だと思って読んでいたが違った)、もやもやしながら読み、煙に巻かれたような狐につままれたような、「『僕』は草薙だったと信じていいの?」という気持ちで迎えたラスト。
読んでいく中で明かされる事実や「僕」の幻想に、何度もドキッとさせられた。
淡々とした文章、「僕」と「僕」の価値観や考え方、そして何より空中戦の描写が、綺麗だった。既読のS&Mや百年、ノンシリーズ(『そして二人だけ〜』『ゾラ〜』『もえない』『堕ちていく〜』)にはない特色だと思う。
戦闘機について詳しく知らないけれど、多くを想像して読むことができた。飛行機に乗る瞬間に、地上では希薄だった空気がぎゅっと濃縮される。体に血が巡る。時間が流れだす。淡々とした描写が、空中の高揚感を引きだしてくれる。
出口なしの輪廻というか。全体的に透明度の高い淡白な描写だけど、曖昧な現実感と相まって正直これは地獄なんじゃないかとも思う。主人公(誰なんだろう?)が飛行機に寄り添っている姿が、その思いがピュアであるだけに余計に悲しいな。
再読。白昼夢をみているような浮遊感。「僕」の焦燥感を伴った諦観のような感情のフィルタを通して進む物語は、加速度を上げてスカイクロラへ続いていく。そしてまた空を彷徨い、出会い、踊る。何度でも繰り返す。ループの出口は見えていて、もう戻れないこともわかってるけど、まだ気付きたくない。そんな感じの読了感。
「僕」が散香に触れて泣く場面で気がついたら涙がでていた。きっと「僕」の飛行機への、空への、想いがあまりにも綺麗すぎたからだ。私はそんな想いが抱ける彼等が羨ましく、嫉妬してしまうのだ。
スカイ・クロラシリーズ第5弾。流石は森博嗣、やってくれる。最後の最後でミステリに仕上げてくる辺りが憎い。再読したくなる作品作りは健在。分かりやすい解答が提示されない問題だからこそ課されてもいないレポートを提出したくなる。森作品は自分の中でやはり別格だ。キルドレ考察は暫く続くだろう。
ついに読み終わってしまった。でも頭の中で一定の解釈にも至ってない状態です。時系列で理解しようとしても謎が残るし、想像力で補うにも頭悪いので無理でした。それでもこの世界観は薬みたいに中毒になる作品でした。時間があればもう一度読みたいと思います。
結局キルドレは私を「煙に巻いて」飛んでっちゃったのう。雲じゃなく煙なんて「汚い」物を指す言葉を使っちゃうあたりが嫌な大人。綺麗なものが汚いものより偉い訳じゃねえーっ! ……それでも飛んでったキルドレに敬礼しちまうあたりが複雑(汚れの類義語)な大人。
空への、飛ぶことへの思いはこんなにも明らかで、これでもかっていうほどにはっきりしているのに…本質はなかなか見えてこないのですね。。キルドレにしか本質はわからないのかな…?スカイクロラへ繋がる物語。
スカイ・クロラシリーズ最終巻、このシリーズで初めて読書中に涙を流しました。悲しいことなんてないのに。最終巻にふさわしく空と地上の色彩が強い作品、そしてまたスカイ・クロラから読み直したくなる衝動に駆られます、きっと読み返す度に新しい発見や心の在り方を見つけられる。必ずまたキルドレ達の美しさが恋しくなって本を開く気がします。
やっと読みきった。ストーリーの流れを捉えるのに、少し時間がかかった。そういうことかっていう結論になって、すべての流れがつながった感じがした。ただ、少し気持ちが悪い。僕の期待が大きくなってきた分もあるけど、もっと良いストーリーを期待した。
読んでいて少し混乱したけれど、これを読んでちょっと納得もした。今まで語り手が変わってはいたけれど、皆キルドレであるために小さな違いはあっても同じようなキャラの印象を受けていた。それはこの作品のための仕掛けだったのかと。でもいまいちよく分からないので、「スカイ・クロラ」をもう1度読んでから考えよう。
「僕」が誰なのかという点に関心が行きがちだが、それ以上に登場人物の生き方を考えるほうが大切なのかなと思いながら読んだ。
クレィドゥ・ザ・スカイ―Cradle the Skyの
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感想・レビュー:141件














ナイス!
































