教育と平等―大衆教育社会はいかに生成したか (中公新書)
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教育と平等―大衆教育社会はいかに生成したかを追加
教育と平等―大衆教育社会はいかに生成したかの感想・レビュー(39)
02/17:kyamome
02/09:aentipyretic
戦後教育における資源分配(税金配分)に焦点をあてつつ、戦後日本の平等神話の内実を明確化しようとするもの。苅谷教授らが切り開いた数値を根拠に教育問題に切り込む方法論の集大成とも言うべき書籍。が、結論は驚くほどのものではない。つまり、かつて存在した地域間格差(格差是正が重要な政策課題でもあった)が逆転し、財政的に豊かな地域なのに一人当たりの教育費支出が小さくなり、地方財政と学力問題との関連が消滅した。かかる教育費支出の累進性は、教育的空間(教室)の平等を志向する日本的平等観と符合したものと理解できるという。
とかく自明な事として語られがちな、教育問題をその前提から統計資料を元に丁寧に解体していくのが興味深かった。個人的には「学級文化」の成立して来た過程と役割に成る程と。
09/26:supe_08
07/24:Rnt SSK
06/22:よいこ
06/10:竹林裕太
教育が平等になるために教師の給料の問題とかから考察しているのがおもしろいなと思った。グラフとか資料がたくさん出てくるけれど、その解釈で正しいのかはよくわからないけれど、最後まで読み進めたら著者の考え方がわかる。平等ってなんだろうと考えさせられる。単純にいい悪いということで話を終わっていない本。
03/27:Matsumura
02/27:玉子
12/22:takashi
11/29:こよみVamp
戦後の教育行政・財政の分析を通じて、日本の教育そして社会が何を平等と考えてきたのかを明らかにする。すなわち、日本における平等は、個人の自由の理想に基づく「パーヘッドの平等」ではなく、教材の細部に至るまで画一的な「面の平等(学級を最小単位とする均質な教育の提供)」であった。それは文部省による強制によるだけでなく、地域間の教育格差を縮めようとする点で軌を一にしていた日教組を始め地方の意思と一体で行われた。非常に論理的で読みやすい本をお書きになる、ひそかに尊敬している著者。学歴をめぐる社会の基底への示唆に富む。
08/18:こば
07/24:れすてぃあ
07/06:Bitter Sweet Saturday
05/28:nablaenergy
03/03:ちりめんどんや
教育について二分法的な批判を繰り返す人々は本質(著者は『歴史』としている。)を忘れているとし、戦前から戦後の教育史と教育財政の配分の比較と推移を描き、現行の教育システムの分析と統計から、戦後日本教育の標準化の試みはネガティブな面もあれど、機会の平等に寄与した部分も認め、冷静な議論や検証のもとに教育は論じることができるとする。読みやすくしたそうだが、あまりそうは感じられない。教育財政史の部分は情熱を特に感じたので、この部分で諸外国との比較文を読んでみたい。
01/19:chojim
01/16:waraitake
11/25:zubuneri
11/05:たぬき
戦後の日本の教育制度が「個人の平等」ではなく、学級という集団を単位とした「面の平等」であることを、非常に説得力を持って説明している。面の平等ということは、学級ごとの平均点や教員数、設備に大きな差がでないことで、そのための制度、特に財政面での工夫が細かく説明される。個別事例によって説明するのではなく、あくまで統計的な数値で政策にこめられた意味を読み解く姿勢がすばらしい。
08/16:yoppie7
08/14:itoya
07/24:多摩川徒然
07/17:らいちょう
画一化教育として批判される戦後の日本の教育が「どのような思想の元」、「どのような(主として財源の)制限を受け」、「どのような(主に地域間格差という)問題の解決のため」に設計されたかを見て、それが(結果オーライも含め)どのような結果をもたらしたのかを歴史的に見ながら、「平等神話」を脱構築。新書とは思えぬ分厚い分析が見れる。何事も二項対立でしか語れない日本は残念だっていうのが主たるメッセージ(笑)。
--/--:ishilinguist
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感想・レビュー:12件














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