クレィドゥ・ザ・スカイ―Cradle the Sky
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クレィドゥ・ザ・スカイ―Cradle the Skyの感想・レビュー(503)
これで最終巻!謎は全て明かされる!…と思ったら、ららら。…え?え?え?僕は誰で彼女は誰?? え~~~~?! こんな宙ぶらりんはイヤだと、思う私はきっと飛行機乗りにはなれない。…で、ほんとのところどうなのよ? キルドレは草薙のクローン、とかそういうのなの? ねぇ森氏?
人の思い込みというのは、本当に手に負えない。「ボク」という言葉に翻弄されている私。この章も、誰が誰だかわからなくなり、物凄い混乱中。クサナギ?カンナミ?クリタ?間違いないのは、フーコの存在だけかも。次は、「スカイ・クロラ」を再読予定。
謎がたくさん(たぶん森さんの掌の上)。ぐるぐる考えて考えても飛び交う疑問符が消えない。そんな中で、空を飛ぶものものの美しさだけが本当。ラストの戦闘シーンはシリーズ通した中でも特にどきどきした。
P291で「あなたは、キルドレに戻った。」とあるので、キルドレで無くなったクサナギにサガラが病院でキルドレに戻る注射をうった、ということは主人公はおそらくクサナギ。フーコとの逃亡の部分はクサナギの夢であり、フラッタ・リンツ・ライフのあとにクリタが実際にした事だと思う。そしてクリタを撃った。クサナギ=カンナミでエピローグにでるスイトは偽物。でも、そう考えるとダウン・ツ・ヘヴンでクサナギが会ったカンナミはなんなのだろう?夢? なぜカンナミになる前にすでにカンナミの名を知っているのだろう。もう一度読み直さなきゃ
理解でき始めていたというのが勘違いだったのか…。よくわからなくなってしまった…。
これでスカイクロラに戻れば良いのか…。うー…。でも好き。
"僕"の正体のわからなさに感動する私… 最初は"栗田"だと思ってたんだけど、相良の思い入れの強さから あれ、"草薙"か!?とも思ってみたり。 途中から"函南"も入ってきてもうわからな~い!! 勝手な仮説としては、"草薙"に死んだ"栗田"の記憶でも 注射で入れて、キルドレに戻してあげました、みたいな。 でもそうなると"函南"とか微妙だし
――たった今こうして、彼女と抱き合っていることと、まったく同じなのだ。温かさを確かめるために、操縦桿で優しく相手を抱き、接吻けるように機銃を向ける。これが愛だろうか?あれが愛だろうか?‥‥最大の疑問点は今回の語り手は誰なのか?ということだけれど、さっぱり解らない。仮説としては1.「僕」はクサナギでフーコの事等辻褄が合わない箇所はクサナギの全くの想像、夢2.複数いるそれぞれの記憶保持者の物語を繋ぎ合わせた3.困難は分割せよ、最初から同じような容姿・思考の人が複数人居る4.クサナギ・クリタ・カンナミとは
「ダウン・ツ・ヘヴン」からいきなり時が進んだような印象で、その空白の時には様々なことがあったようだし、語り手も誰なのか曖昧だし、見えないことが多すぎる。・・・と思ったら、読む順番を間違えたようだ。orz 「ナ・バ・テア」や「ダウン・ツ・ヘヴン」と比べ、暗く冷たい空気の流れる物語。ところで、このシリーズ、「スカイ・クロラ」から読み始めるのが正解だったのでしょうか・・・?などと思いつつ、順番が前後しますが「フラッタ・リンツ・ライフ」を読もうと思います。
結局僕って誰だ!クリタ?クサナギ?カンナミ?冷たい美しい文章に溜め息が出る。章のはじめに挿入されている少年から大人への過渡期を美しく描いた作品である『草の竪琴』がひとつのキーだと思う。もう一度『スカイ・クロラ』を読みたい。今ならきっと、この美しい世界を前より理解できるから。2011/241
語り手である『僕』がまったく誰かわからなかった。序盤はクリタだと思っていたけど、中盤からあれ?これって草薙?と思ったり、終盤にはカンナミ?と混乱した。どこかで明かされてたりするのかなあ。
キルドレであることと、人間であることの差。サガラが発見した秘密とその意味がまだ不明。キルドレの戻せるのなら、人間をキルドレにもできる?なぜそこまで純粋に戦いたがるのか?読んでも読んでも疑問が晴れない。
え?ええ??貴方はクサナギ?カンナミ?クリタ?もうどれが誰なのかさっぱりわからなかった。前作でカンナミとクサナギが対峙したのは妄想だったのか?今読んでいる本がひと段落したら、スカイ・クロラからもう一度読み返そうと思う。
最初は栗田だったかもしれない。でも途中からは明らかに草薙だった。3人の記憶が交錯している。函南と草薙が同じであることはダウン・ツ・ヘヴンあたりで明示していたけど。。。相良についても、函南が見続けた夢の件と重なると思う。何が現実で何が幻想なのか。何処からが本当の経験なのか。…ブーメラン、飛んでいるか?…泣けた。
誰がだれなんだか。いつも以上によくわからない。そんな雰囲気が好きなんだけれども。シリーズを読み返したいけど、スカイ・クロラから読むべきか、ナ・バ・テアからか。とりあえず、スカイ・イクリプス読みたいな。
やはり、緊張感が伝わってくる戦闘シーンがグッド。スカイ・クロラシリーズで、2冊目に読んだ本。時間系列を無視して読んでいるからなのか、全体的にモヤモヤ。でも、この全体像がわからない感じがいいのかな。この僕って誰?
いつも以上に、霞がかっていて……。誰が誰かなんて問題じゃない というのは、ひとりひとりを描きながらも、どうしても突出した個性(性能じゃなく、性格)が少ない彼らの話をまとめているのか。とはいっても、私たちだって少しの認識・意識の違いで、そうなってしまってもおかしくはない…のかも。
今日、誕生日です。誕生日にはとびきりの1冊を読みたい。手にしたのがこれ。シリーズラストなのかしらん。でも一番はじめに読んだ「スカイ・クロラ」を再読しなければ。「僕」は、いったい。ねえ、だれなのですか?栗田?函南?草薙?もやもやするけれど、いやな気分ではない。もう一度、全部じっくり、読み直したい。ねえ、あなたはだれですか?
記憶を失った「僕」が誰であるのか意味は無いのかもしれない。でも、読み手としては気になるところ。空を飛ぶこと以外には執着を見せないところは、キルドレの特徴なのかな。その特徴ゆえに記憶を失おうとも「僕」は何も変わらず一定を保っている。「僕」の周りでめまぐるしく動いている部分と「僕」の一定な部分のギャップがうまく読み込めていなかったように思う。もっと理解するにはソメナカの話が重要なのかもしれなが、「僕」にとってはどうでもいいことなのだろう。
スカイ・クロラを読み直したい。キルドレゆえに、てっきり類似した性格の二人だと思っていたけど、そいうわけではないのかも。100年密室に通じるものがあるのかな。四季シリーズにもモチーフがでてきたよね。っていうか、真相はまだ分からないので、私が読み違えている可能性も大。
「僕が誰なのかなんて、そんなことどうだった良いじゃないか。そう、どのみち、僕は僕なのだ。」この本は単純に言うとこれだけのことが言いたかったんじゃないかと思う。
「スカイ・イクリプス」読んでから、もう一度読んでみた。「僕」が誰なのかは分かったが、謎もまだまだ残っている。あぁーよく分かんない。でもそれでいいのかもしれない。
研ぎ澄まされた言葉。曖昧な『僕』。濁った地上。空への渇望。キルドレの謎。現実と夢……全てがあやふやに混じり合って、でも不思議と心地好い一冊。また改めてスカイクロラが読み返したくなった。
僕がだれ?フーコといる時点でクサナギではない。カンナミかクリタか。途中まではクリタだと思っていた。でも、エピローグはカンナミ。でも、クサナギに似ているという。完結編ではないきがする。
クレィドゥ・ザ・スカイ―Cradle the Skyの
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