人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答 (新潮新書)
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人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答 新潮新書巻を追加
人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答 新潮新書巻の感想・レビュー(82)
茂木さんの対談本は、面白いのが多いと思います。松岡正剛、重松清、いろんな対談本を読んできていますが、この一冊は 独特の緊張感があり読み応えが抜群でした。「問いかけ」を共有する。一意の解ばかりを求める 学校教育の残骸から、はやく卒業したいものですね。
01/24:Cawano 尋日
01/24:議長
01/02:tyossi
恐山の話と、(禅)僧として生きることについてが興味深かった。それから仏教の持つ概念の豊富さ、深さを垣間みた。下世話(?)な話、仏教の考え方は世の中を生きていくのに意外と役に立ちそうだなーと感じた。(それにしてもこの二人、熱い)
11/28:ひげおやじ
南、茂木、両者共に、二人の固有の領分である宗教と科学から微妙にはみ出た場所で自我と死という問題について考えている雰囲気がある。特にこの本は南直哉が対話をリードしていて、死後や霊魂に対し無記、無回答を貫く仏教哲学者としての側面と、おばあさんに死語の生に聞かれたら極楽はあると答える実践者としての側面、両方に踏み込むゆえの葛藤というものがよく伝わってくる。言語と身体の境の領域、存在へのアクセスを大切にしている。といっても、全体的には軽く読めるのであまり構えることもないだろうけど
10/27:kousuke456
10/12:馬大使
08/14:yusuke
07/19:藤色
07/11:アル
06/25:ぐっち
05/13:sa
05/11:Akeru
05/05:かずき
04/14:じゃが
04/12:sesenoi
02/18:カツ
ちょっと、ハッとさせられた言葉。「死後の世界は、いつかは自分がそこに行くはずの世界である。そこが、悪意だけに満ちた場所であるはずがない。生きている私たちは、こんなにも愛に満ちている存在なのだから。」
02/15:でんきやさん
01/23:olif
沢山いる脳科学者のなかでなぜ茂木さんの言葉だけがこうも響くのか。やっと自分なりにその解を掴んだ気がする。茂木さんは「生きるということは何か」というその問いの輪郭を明らかにするためならどんな手段も選ばない。もちろん軸足は科学という円に入ってはいるが。他の科学者たちがあくまで科学からのアプローチに拘るのに対し茂木さんのそれはある種反則ともいえる全方位型。更に大事なのは反則することのリスク、抵抗は百も承知だということ。問いにぶつかるその「覚悟の強度」にわたしは共鳴しているのかも。あと南さん…とんでもないお方です
10/12:kabe
「一切皆苦」からはじまる「生」をあらためて考えてみたいと思う良書。ブッタその人の教えを今一度、学んでみたいとも思った。しかし南さんはすごい僧侶さんだ。
07/27:felicitas
07/27:Riff Raff
何にでも理由を求めること、二項対立的に考えること、自分にとっての秩序で考えることに頼り切っていること、そういったことに対して問いを投げかける。この世における解脱は自己満足にせよ十分すべきことをしたと言えることというのは私が大学生の頃に考えていた人生観につながる。満足するのは死の直前でいい。因果ではなく因果を信じることに意味があるとは面白い。
05/20:mina+
05/13:及川
05/13:シンドバッド
04/25:uri_kai
二人の対談(http://nozawashinichi.sakura.ne.jp/mkpc/2005/06/post-57.html)を聴いて一発で惹きこまれた。おばあちゃんと南さんの会話で、今何が必要とされているか真剣に考え、心に寄り添うことが必要であると結論した時、仏教の「無記」の教義にそぐわぬことであれ、覚悟してことばをかける南さんの姿勢にしびれっちまった。断念すべきところは断念する、どこかであきらめる。明らかに見て断念する。それでもなお、生きるようにする工夫が必要、という姿勢がかっこよすぎ。
04/11:k
仏教者・南直哉、またすごい人に出くわしてしまった。「疑団」という概念に、何か、いまの自分の不安定でいてどこか充実している不思議について、氷解するような気がしました。
02/25:SAIKI
人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答 新潮新書巻の
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感想・レビュー:24件














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