バカの壁 (新潮新書)
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バカの壁 新潮新書巻の感想・レビュー(1918)
難しかったが、自分の解釈では、わかったつもりになるのは危険だということと、一つの視点からではなく、いろいろな視点から見ることが大切だということだと思う。大人になってから、また読みたい。
日常生活のわかっていたつもりだったことを再認識できる本。何度読んでも楽しめると思う。オススメするます。
わかっていると思っても、わかっているつもりだったりする。ためになるわー。またいつか再読したい。バカの壁をつくらないようにしよう。
自分の中では何度でも読み返したい本です。今回読んでみても、その気持ちは変わりませんでした。PCがトラブって今までコメント出来ませんでした(>_<)
脳と身体の二元論を中心に据えた身体論・精神構造論・社会論といった感じの射程の広い評論。 みんな「わかっているつもり」になっているだけで人間として知っておくべき常識も知らないし学ぼうとしない。 世界は二元論で、己の世界の向こう側があるのに学ぼうとしない。 己の世界だけの一元論の世界に住んでいる。 向こうの世界と自分の世界の壁。 それが「バカの壁」だ。 世界は二元論。乗り越えるには身体を使った努力と学習が必要。脳みそだけで楽をするな。身体で理解しろ。 著者の言いたいことはこんな感じかと。僕は、二元論じゃなくて
読んでた感じでは「あーらそんなとこまで言及しちゃうの」と思わざるを得なかった。 意味は常に外部にあるってくだりはふーむと唸った。
(☆☆☆☆)以前読んで相手やモノに対する関心(係数)が0であればどんなに話し合っても意味はないというのが印象に残った。文章はわかりやすく読みやすいけれど文章の所々に筆者の不満というか憤りがかなり強く感じられ元気がないとやられてしまうかも(笑)。
中学生の時一度読んだけど、当時はよくわかんなかった。やっと意味がわかった。バカの壁とは自分は分かっている、という認識のこと。なるほどと思ったのは、人は変わり、情報は変わらない、こと。危ないと思ったのは、脳ミソがほぼコンピューターといっしょ、としていること。脳科学者といっても、茂木さんとは違う考えなんだなぁ。
メッセージとしては「常識を疑え」「絶対なんてない」といったところか。一元論やバカの壁などのキーワードで著者独自の展開を見せていたのは良かった。しかし、無意識の間に議論はできないから100%とは言えない云々の件は例にしても強引だと感じた。
現代社会の問題点に独自の観点から踏み込んであった。意識の共通性の追求傾向や身体に個性が宿るなど、筆者ならではの面白い観点は確かにあった。いちばん頷けたのは、自己実現の場は自分だけで完結せず、周囲と社会の関係性によってなされるという部分。でも、読みが甘かったのか、全体を通して何が言いたいのかよくわからなかった。時間をおいて、もう一度読んでみたい。
「客観的に」という言葉は日常生活でよく使う。 しかし、それが客観的であると判断しているのはそもそも、私達の主観ではないのだろうか。 本書だとそれを一般的にはそうするであろう「常識」と定義している。 一神教信仰によって、神のみぞ知る客観的真理があるとして科学は発展してきたが、八百万の神がいる日本ではそもそも客観的とはなんなのか。 納得することも多いけど、多少偏ってる感が拭えない。
タイトルが気になって読みました。個性は生まれながらにしてあるので、一元的にならず他人の気持ちや共通・常識を見いだせるようにしていきたい。 また情報は不変で逆に人は常に変化していく、昨日と今日と明日の自分はみな違うようだ。
◎再読。語っているテーマは面白いし読者に迫るものがあるが、独白を文章化したせいか今一つ踏み込みが足りない気がする。同じテーマで更に深く踏み込んだものが欲しい。
重要な事は、思考をしたことをアウトプットしていくこと、常に二言論としての捉え方を意識していきたい。喧嘩の仲直りだって互いの歩み寄りから始まる。バカの壁とは、好奇心のない退廃的な無関心だと思う。
学者は人間がどこまで利口かということを追いかけるが、政治家は人間はどこまでバカかというのを読み切らないといけない。学者というか中途半端に学問の世界にいる大学生、下手に教養があると自負する人達(自分も含めて)は養老さんのいうバカの壁を擁していると思う。とりあえずy=axのaを上げることが今後の課題。
「話せばわかる」という人が散見されるがそれは幻想という本。P178は昨今の技術革新が失業を産む状況やそれへの対案としてのBIについて考えさせられる。「金さえ渡せばみんな勝手に居場所を探す」というのはちょっと違うと私は思う。
本書で成る程だなと思ったのは、不変なのは情報で、常に変わり続けているのは人間である自分たち自身である。人間が変わり続けているのならば、例えばあらゆる物事を画一的に捉えるのではなく、様々な角度から捉えることが重要なのではと思った。また、身体を動かして知的好奇心を養っていくことが、考える力を身に付けることに繋がっていくのだろうかと思っている。しかし考えることを放棄して(なぜならそっちの方が楽だから)一元論的になり、結果人々との間でコミュニケーションの齟齬が発生し、紛争や摩擦の原因になっているのではと解釈した。
高校のころに読んだのですが,もう一度読みたくなって….変わるのは人間で変わらないのは情報であるという意見はなるほどなーと感心しました.平家物語や方丈記,そしてヘラクレイトスが諸行無常や万物流転を唱えていたのは知っていましたが,自分の中でのy=axのaが小さすぎてそれがどういうものなのかを考えたことがありませんでした.諸行無常の考え方や万物流転の考え方に興味をもった今,再び平家物語を読みなおせばもしかしたら以前とは違った読み方ができるのかもしれません.
一昔前のベストセラー。図書館で借りて読んでみた。矛盾があるような気がしないでもない(イメージの表紙の帯のように言っているかと思えば、大事なのは「共通理解」と言っていたり)。まあ、互いにわかりあおうとすることが大事なんだと、勝手に解釈。たしかに、それはわかるのだけれど、やや理想論的。こっちが理解しようと努めるのに相手は理解しようとしないなんてことは多々あるわけで、そういったときに理解しようとする姿勢を貫けるのか?それを悲観して理解を放棄しても、何も変わらないが。でも、言ってることはうなづけることも多い。
養老氏の大ベストセラー。『唯脳論』の美味しいところをまとめあげている。身体性を忘却して、脳だけで情報を処理しようとしている都市型現代人。しかし、脳に関する客観的な評価ができておらず、考えることを放棄し一元的に物事を見てしまう傾向があり、自分と思想の異なるものを受け入れなく(本書で言えば0出力係数)なっている。求められているのは、身体性を含めた自然を感じれる思考能力。初めから二元論的に思考することで、異なる考えも受け入れるし、その考え方を自らも行う可能性を捨てずにいられる。情報は変わらない。変わるのは、脳で
遅ればせながら通読。期待が大きかったせいか、そこまで新しい収穫はなかった気がする(養老先生すみません)。それでも昨今の学生・教育事情に関しては大いにagree。
この本がベストセラーになった理由がわかる。
8年前の新書だが、残念ながら今現在の日本の社会、風潮に合ったままだ。
人生の意味について考えていきたい。
相当前の本だけれど、まさに今のコミュニケーション不全を予知しているかのような内容で今読んでも頷けるポイントは多い。いや、むしろ今はこの本で予知された展開よりさらに悪くなっているような気が・・・はっきりとした形にとらわれ、見えないものに目を向けず、伝わらければ原因を相手へと向けてしまう、そんな思考を知らず知らずに放棄する人たちが、自分や周囲を曇らせていくことがいかに怖いことか、自分自身にも当てはめて自省したい。
一人一人のバカの壁は、見方、捉え方に比例すると思う。話される相手の見方、捉え方が狭かったら、いくら伝えようとしても伝わらない。私は自分のバカの壁をもっともっと低くする努力をしていくつもりだ♪
養老氏の独白を編集部の人が文章化したものなので、話があちこちに飛んでまとまりがないものの、身につまされるところは多い。「バカの壁」は誰にでもあるし、養老氏自身の一神教理解や「情報」論もまた「バカの壁」に阻まれたものであることは間違いない。一流スポーツ選手の先天的な能力や、オウム真理教の身体の教えなど納得のいかない部分はかなりある。その一方で、北朝鮮人を日本人と見る共同体論や、現代において忘れられている身体と無意識についての話は興味深いし、「バカの壁」を意識していれば学生生活は豊かなものになるだろう。
思考することも学問をして知ることも変わっていく手段のひとつであって、結果的に人は知るのだそうだ。
実家に帰った際、昔父が買ったものを見つけたので読んでみた。?一元論の中にいると互いに分かり合えない。?すべての人間に共有できる「常識」を身につけるため学ぶ。?脳化した社会にいる私たちは本来基本となる身体の働きを重んじるべき。 私はやっぱり都会人よりも百姓として生きるべきかしら。なんて思います。およそ「そうそう」なんて思いながら読みました。
先生言いたい放題だなー(笑)◆①人は身体(脳を含む)や無意識の面でどうしても他人と異なる(昨日の自分とも異なる)。だからかえって、意識の面では他人と共通であろうとすることが社会生活のために重要。現代では、人の人格は変わらないと信じられ、意識面での個性が要求されるなど、その理解が逆になりがちだから気をつけよ。②現代人は意識に偏りがちなので、無意識が存在することを無視せず、身体に根差して知識を作れ。③自分と他人とが身体や無意識という根源で異なることが分かると、かえって相手を理解でき、自分を変化させられる。
養老氏の独特な思想が目立つが、確かに。と納得させられる話もチラホラ。 最終的には、何事も極端は良くないですよ、みたいなことを言っているような気が。
いまさらですが、この話題作を読んでみました。読んでみると、売れた理由がよくわかりました。書いてある内容より、今はもっとひどくなったものがあったりと、なかなか変われないものだと思いました。覚えさせられた「方丈記」が、この本を読んだおかげで価値がでました。
一つ一つを取ると、確かに、と思える話もあったけれど、(「知っていると分かることは違う」「今の教師はサラリーマンで、職人ではない」「他人の気持ちが分かるかどうかを重視する教育が良い」)ただの愚痴と思われる話もちらほら。わざわざ大げさに話を展開させているような感もあって、具体的に吸収できるものがあったかと言われるとかなり微妙です。いずれにしても、『バカの壁』というタイトルに対して私が期待していたものとは違いました。
口述筆記だからか、話も大してまとまっておらず、老人の愚痴に近い物に。特に目新しい章もなく、経営指南書で手垢がついたものばかり。不確定要素がたっぷりある中での断定が目立つ。断定にも科学同様反証が必要なのでは? 二元論を押されているみたいだが、養老と養老以外の人に感じた。すなわち成功者の自分vsバカと。個性は備わっていると説いた直後に「最近の若者は」と一括りにする始末。実戦のない机上の空論が目立った。。。一生学校から出ることのなかった男の話。井の中の蛙。。IQが高くとも脳の老化は止められないのだなと。
バカの壁 新潮新書巻の
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