遅読のすすめ
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遅読のすすめの感想・レビュー(20)
08/17:まえしん
08/12:tapestry
「速読」にて読了。読書も車の運転と同じく状況に応じてギアチェンジする柔軟さを心掛けたい。敢えてやらずに済まそうと思えばいくらでも済む点で、読書は非常に贅沢な行為の1つだとは思うが、一方で、生活のあらゆる時間を読書に捧げる「書生流」ではいかにも窮屈だし、いつまでも経っても人間的に成熟できない気がする。巷に溢れる「読書術」本は売文業の従事者が自分を物差しにして書いたものが多く、必ずしも「生活人の読書」について書かれたものとは限らないので、真似しようとか比較しよう、などと安易に考えること自体がナンセンスなのだ。
04/16:hado
02/07:青海
01/21:ももんがR
01/02:ひつじ30
12/31:chatelain
この本の引用を使うと「本を速読してしまうことは、本をもたらすあらゆる幸福の放棄である。」ということである。速読がはやっているがそれは強要されるものではなく、読みたいように読むべきであると私もこの最近学んだ。だって読み方は生き方だもん。B
短期間で多くの本を読みたいとは思うけれども、「ちょうど熟して皮がぴんと張りつめたブドウの一粒を、じっくり味蕾に感じさせてみる」ような読み方も大事にしていきたいと思う
遅読と速読では、読書の目的地が異なるので使い分ければいいと思いながらも、速読礼讃一辺倒な風潮に嫌気がさしていたのも確か。なので筆者による文章の味を静かに拾っていく遅読のすすめは小説読みとしては心地良い。
山村修は、会社勤めをしながら日刊ゲンダイに<狐>の筆名で週一回22年間にわたって書評を書き続けた。一週間に一冊読む彼の読書は、密度の濃い「遅読」であったともいえる。出版された当時そのことを読者が知っていれば、もう少し話題になっていい本だった。山村修はいう、本の読みかた一つで本そのものがかわる。快楽的にかわると。本好きのための読書の楽しみ方をいろいろと教えてもらい、得した気分になる。先ずは、『吾輩は猫である』を確認してみることにしよう。
速読ブームに反旗を翻し、ゆっくり読むことを提唱した本。でも、全体を通して伝わってくるのは反速読論よりなにより「読書」の素晴らしさと、著者の「読書」に対する愛。『こんなに素晴らしい「読書」を、なんでそんなに慌ただしくせっかちに済まそうとしちゃうんだい?』ということがこの著者の言いたいことなんだろう。僕は面白い本をたくさん読みたいので速読も活用していくつもりだけど、この「遅読」の精神は持っていきたい、と思った。
書評家、「狐」氏の本名名義の読書論。同じ本を読んでいても読み手によって見えているものは全く違うこともある。北村薫の文学論を読んでいて昔そう思ったことがあった。この本を読んでてそれを思い出していたら、狐氏も「作家の北村薫はもしかすると、遅読のひとである。」って書いていてやっぱりそうかと思った。本書であげられている北村薫遅読者の根拠は、北村薫が高野文子の「るきさん」でるきさんが電車の中で呼んでいるカバーは「飯田橋の文鳥堂のもの」と指摘するあたり。
03/08:(^_^)/
12/01:스크리바시온
--/--:tokomokomo
積読中のみんな最新5件(1)
09/07:あき
遅読のすすめの
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感想・レビュー:10件














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