そうか、もう君はいないのか
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そうか、もう君はいないのかの感想・レビュー(391)
城山三郎氏の城山が東区(名古屋)の城山だったことをこの本で知りました。読み終えたあと、泣かないと決めていたのに、御嬢さんの後書きで泣いてしまいました。
泣けはしなかったけれど読んで良かったと思った。お勧めしてくれた方、ありがとうございました。 頭がおかしくなったら自殺と結婚 オーロラを機内から見れたときの様子 容子さんの人柄、が印象的 私もこれくらい運命的に誰かと巡り会いたい、と思えた
素敵なご夫婦の姿に、僭越ながら微笑ましく読ませて頂いた。妻の容子さんは、お名前のとおりとても包容力のある魅力的な方。作家である先生にとてもぴったりな、お似合いの二人。そしてそれをお二人とも自覚していらしたのでしょう。素敵な一冊でした。
友だちに借りて。 「そうして二人は、いつまでもしあわせに暮らしました」 っていうような、きれいな童話の続きを見ているみたいだった。 幸せは永遠に続くわけはなくて、いつか「死が二人を別つ」けど、 その時までこんな風にお互いを尊重し合って大切に、愛し合って生きていけたら幸せなんだろうなぁ と思った。 「泣ける本」って色々あるけど、大体の本にあるみたいな、「この世の不条理に対する憤り」とか「悔しさ」のような気持ちじゃなくて、・・うまく言えないけど、静かできれいな気持ちで泣ける本だと思った。
読み終えて本を閉じ、再び目に飛び込んでくるタイトルに溜息。寂しくて優しくて悲しくて温かい。こんなにも静かに深く愛を感じられる言葉があったとは。悲しみとは、それを超える幸せを知って初めて感じることができる気持ちだと思う。ずっしりと重い悲しみを感じる一方で、この夫婦の幸福な日々に思いを馳せ、じんわりと温かさに包まれる読後感。個人的には、娘さんのあとがきが濃密に深く心に沁みた。「敬愛が慈愛に化していく」「すべての命がいとおしい」「親孝行をさせてもらえることのありがたさ」どれもつい最近感じたばかりで泣いてしまった
新聞の書評か何かで紹介されていた為、偶然購入。最後は涙が止まらなかった。夫妻の出会いがまず素晴らしい。休館だった図書館の前に偶然現れたワンピースを着た妖精。3分でも違っていたら出会わなかった2人。夫人の父親の反対でその時は叶わなかった2人が数年後にダンスホールで再会。時代背景に彩られ、どんな小説よりもドラマチックな展開である。支え合って生きてきた2人に訪れる別離。素晴らしいのが、最後に掲載されている著者が亡くなるまでを記した娘さんの文章だ。最期に夫人の名前を呼んだ著者。最後までどんな小説よりも美しい。
著者と奥さんの人柄が優しく、温かく感じられる。出来事をただ文章にしているようなのだが、お互いの想いが伝わってきて、あたたかかった。
こういう夫婦になりたいと思った。私が将来一緒になる人ができて、年をとってもこうして夫婦としてお互いを大切にしていきたい。 容子さんが癌だと診断されたときの、あの辺の途中で泣いてしまった。 胸が熱くなった
奥様との偶然の出会いと一目惚れ、儚い別れと運命的な再会。氏の作家生活を明るく支えた結婚生活、闘病と永の別れが淡々と記される。見舞いに来た息子への最期の別れが息子を笑顔にさせるおどけた仕草だったことが締めくくりになっている。看取りの場面がない…と訝る気持ちのまま氏のお嬢さんの後書きを読み進め、そのわけを理解した。…悲しみが深すぎて書けなかったのだろう。本編より後書きで泣いた。夫婦愛、お嬢さんの父への愛、少ししか描かれなかったが息子さんの母への愛が溢れる城山ファミリーヒストリーだった。
読み終えて、書籍紹介の「感涙」という謳い文句に疑問を感じてしまいました。題名と内容が合っていない気がするのは私だけでいいです。次女の文にはほんのり感動しました。 夫婦愛って素敵やん?いや、本当に綺麗な文章に起こされた夫婦愛っちゅうものが、読み物の題材としていいなぁと生意気にも思いました。昔よく読んだ『智恵子抄』を思い出しました。年を取ればもっと多くのものが読み取れるのかなぁ。今の時点ではこんな感想しか出てきません。
涙。それしか出てこない。自分自身も結婚してまだ数年という、「新婚」の部類に入るからか。これほどまでに、お互いを思いやり慈しみ、尊ぶという夫婦の在り方。なんて素晴らしく、深い愛情。そして、城山先生がこの文章を紡げるまでに、どれほどの葛藤と苦しみ、時間が必要だったのか。往く側と、残される側。さらにそれを、見送る側。お嬢様から見た残された「パパ」としての側面。どれほど素敵なご夫婦だったのか。読み終えて残るものは、涙と切ないため息、そして憧れ。同じ女性として、妻として。こんな素晴らしい人で在りたい。
深い感動が胸に残る。 二つの詩を始め、奥様のエピソードを語る言葉の端々に、奥様への深い深い特別の信頼と変わらぬ愛情を感じる。 こんな夫婦になりたい。 城山三郎が亡くなる前に残した最後の作品は、先立たれた妻への思いが綴られた真実の話。あとがきの、娘さんの言葉にも感動。 奥様のように、いつも笑顔を忘れない。家族の心を軽くできるような女性に成長したい。
これはもう・・・読み終えて涙と溜息。素でいいなーと思う。奥さんを妖精と呼んで照れもない所が素晴らしい。奥さんが大好きでそれを表に出すのが自然で普通、旦那さんが大好きでそれを隠さないのが当たり前、それが端から見て好もしい。旦那さんが作家というお商売だから、奥さんも辛かったり嫌だったり大変だったりという事が沢山あったと思うんだけど、それも全て超えてきてからのこの穏やかな関係。こういう品がある夫婦関係というのに心底憧れる。
妖精のような奥様。何気なく支え合う妻と優しい夫。私も妻より先には死にたくは無いなあ。寂しいからね。自分勝手といわれそうだけど。「おい」と呼べるのは世界中で一人の言葉が印象的。それで思い出した言葉がある。「この人に優しくしてやれるのは私だけ」とテレビ言った老夫婦お婆ちゃん。安らぎのある夫婦、家庭の温かさ大切ですね。
久しぶりに大号泣。最後から娘さんの文章のあたりは涙がとまらなかった。この2人みたいな夫婦がどれほどいるのか分からないけど、本当に幸せでせつない気持ちに包まれた。せつないけど、あたたかい。
2007年に亡くなった城山三郎の遺作となった作品。第一部では出会ってから伴侶を失う悲しみが描かれる。硬い文体にその思いがにじみ出ている。体面では何とか乗り越えようとしても慟哭。おそらく素直にダイレクトに語ることはできなかったのであろうと思います。 そして第二部。城山三郎の次女が語る部分にはグッとくるものがあります。本当の城山三郎の素顔とは?男はこの状況下では弱い存在なのです…
人を好きになるということ、結婚、人生って、こんなに素敵で切ないものだったのかと思い知らされる。ノンフィクションの説得力の強さにも圧倒される。著者の生活していた場所が地元と近いこともあり、より物語に引き込まれた。 後半は涙を堪えるのが必死だった。読み終えた今、ふと考える。今生きている私。家族。友人知人達。数十年後にはみんなこの世にはいなくなり、今生活している土地には私の知らない人達が呼吸して、食べて、愛し合っているのかと思うとその当たり前の奇跡のような時の重なりがとても不思議でしょうがない。
城山さんが奥様を亡くされてから綴った、出会いから別れまでの回想録。 城山さんは抑えた筆致の人というか、淡々と綴っていく筆の方だと思っていたのですが、奥様を描写するその言葉のひとつひとつから、愛情がにじみ出ているようで、何も特別な言葉は使っていないのに微笑ましくなってきます。 素で天使とか妖精とか言っちゃうしね! もう、折に触れて繰り返される奥様への愛情が、静かな筆致で積み重ねられていくほどに、病気が発覚してからの後悔や悲しみが胸に刺さってきます。
奥様との一目惚れの出会いから、自身の没年までのエッセイ。憧れる夫婦像かもしれない。常に夫に明るく接する妻も陰では苦労したり我慢する部分もあったと思う。見習いたいと思った。読んで良かった。
「五十億の中でただ一人『おい』と呼べるおまえ」…この一言に涙が溢れそうになった。タイトルに込められた哀惜の念が迫ってくる。巻末の「父が残してくれたもの」という次女紀子さんの文にも胸を打たれた。
亡き妻の思い出を綴ったエッセイ。妻・容子さんのチャーミングさは絶大。読めば読むほど可愛らしい。シンプルな描写にこめられた心からの愛情と感謝に胸がいっぱいになる名作。冒頭、著者の講演会にこっそり参加して、気付かれた瞬間「シェー!」のポーズをとる容子さん。後で控え室に謝りに来るが顔にも体にも笑いを残している、という可愛らしさ。学生時代にさかのぼった2人の出会いのシーンも小説か!?と思わせるほどドラマチックで、この真面目そうな著者が、初めて見た妻を「間違って、天から妖精が落ちて来た」と描いているのも微笑ましい。
淡々とした文章の中に奥様への愛が溢れている。後半は号泣しながら読了。久しぶりに本読んで大泣きしました。苦労を表に出さず強くてユーモアもある容子さんは理想の妻像。見習いたいものです。
タイトルを読むだけで涙が出そうになる。 文豪城山の妻との出会いとその日常、そして別れ。 最後には、城山の娘の視点での、父と母との別れ。 ダメ押しの、あとがきには 児玉清。 こんな夫婦がいるものだろうか。 「静かに行く者は健やかに行く 健やかに行く者は遠くまで行く」 妻と仕事が好きなら、人生はそれでうまくいく。なるほど。
感動。憧れの夫婦。相思相愛の理想の夫婦っていいな~。取材旅行に行くときに「君も行く?」って聞くと「行く、行く」って返す妻。飛行機の窓から偶然見ることが出きたオーロラ、見れて良かったね!と二人で手を取り合う仲睦まじさ。図書館の前で偶然であった二人の馴れ初め、妖精のようだったと何度も振り返る。癌で妻に先に逝かれてしまった夫がつぶやく「そうか、もう君はいないのか」後半から最後の娘の解説はもう泣き通し。ペンネームの城山三郎は織田信長の出城があった場所の城山へ三月に引っ越したから。
この時代の女性、妻というのは本当に気丈な人が多かったのだなぁ。逞しくいて、どんな時でも明るさを失わない、この様な女性を妻に戴いたからこそ城山三郎氏も小説に没入し、子育ても任せられたのだろう。 妻は茶飲み友達であり旅の友達。一番長く連れ添った供の喪失感は大きかったのだろうと容易に想像がつく。
飾らない文体で美しい。無骨なガラス製の器がからっぽのイメージ+++身近なモデルから学んだ限りで結婚は幸せをもたらす装置ではないし、いわゆるところの幸せがあるとしても自分の身のまわりのこととして想像できなかったが、この本を読むとそれは机上のおままごとではなくて、ある種の人には存在するものなのだと知った。けど、そういった幸福の後に愛する人を失う悲しみと、伴侶への愛を知らないかわりに体に響くような喪失感や悲しみとも無縁なのと、を、比べたら…?
あふれるほど愛が深いから喪った哀しみも、同じだけ深い。今は天国でふたり、二度と離れることなくいるであろう事が救い。告知はすべきとずっと思ってきましたが、少し考えが変わりました。
そうか、もう君はいないのかの
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