イワン・デニーソヴィチの一日 (新潮文庫)
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イワン・デニーソヴィチの一日を追加
イワン・デニーソヴィチの一日の感想・レビュー(163)
既に何度も読んでいる作品。いつ読むかというと、寝る前の数分。特に冬、布団の中でぬくぬくしながらページをめくると、その牧歌的なタッチに不思議な安心感があって、うつらうつらできる…中身は過酷で悲惨なはずなのに。
以前から読もうとは思いつつ後回しにしていたら、“鈴木宗男氏が刑務所で読んだ本”と最近週刊誌に載っていたので、やっとこさ読みました。ソ連の酷寒には到底及ばずとも、冬に読んでよかったです。理不尽に収容所に入れられ、過酷な状況に置かれ、刑期を終えても自分の家には帰れないことを薄々感づいていながらも、一日の終わりには満ち足りた気持ちと幸福感をも感じているシューホフ。そんなはずなかろう、と思うのだけど、実際作者は収容所の経験ががあると書かれているし、人間てそういうものなのかなと不思議に思う。それと、中佐には重営倉を
最後の十行がすべてを物語っている…。老人と海を読んだ時と同じ感覚。区切りの無い読みづらさに辟易すればいいのか、躍動感溢れる作業風景に心躍らせばいいのか、それといっても場所が場所であるし物悲しくなればいいのか、それにしたってたかが二人前の食事(そもそもがとても粗末なのに?)にありつけた事それだけがどうしてこうも幸福そうに描かれるのか……。あとみんな口悪いな!(笑)噂の罵倒ボキャブラリーの多さは必見です。一番悪い事が起こらず、ちょっとだけ誰かに親切をして、ささやかな目論見が成功したら、今日は良い日。
週末を使って一気に読了。シューホフの生きる力に感嘆。しかしこんだけ苛烈な生活を強いられても自殺だなんだと考えつかないところは、ロシアもキリスト教国なのかって感じ。シューホフも、僧侶は嫌ってるしキリスト教そのものにもそんな惹かれてないのに、神様の存在そのものは一部になってるんだな。
始めは暗く寒く想像する範囲でも辛い収容所生活を淡々と語りつつ、暖かなペチカの登場や実入りのスープにありつけたこと、作業が終わり快適とは言えないけれど自由である自分の寝床へ戻れることに喜び明るく生きる主人公の姿に涙目になりながらところどころ笑いながら一気に最後まで読み終えてしまいました。とてもおすすめの一冊です。
物凄く陰惨で残酷な話かと思ったらむしろ妙な明るさがある作品だった。しかし、この明るさって実はヤケクソ気味の明るさだなと気がつくととたんに胸が締め付けられるような泣き笑いしたくなるような気持ちで読んでしまう。「今日は日付が変わる前に帰社できるんですか?やったー!」って喜んでいる会社員を見るような気持ちというか。時折挿入される、食事の描写や罰則の話がリアルで、でもそんな酷い環境にあるのに止むに止まれぬ祖国愛だとか家族愛だとか或いはほのかな希望に動かされる人物達が印象深かった。
過酷な収容所生活が描かれているのかと思ったけれどそうではなく、淡々と平凡な1日が描かれている。むしろ何もかもうまくいくシューホフにとって「幸運な1日」。出所の希望はなく、かといって絶望しているわけでもない。ただその日1日を精一杯生き抜いている姿に胸を打たれた。粥一杯を待ちわびるところにシューホフのおかれた厳しい環境の生々しさがあり、現代の生活との隔たりを強く感じた。こういう表現は語弊があるかもしれないが、彼のように1日を充実して過ごすことが今の私にできているのかと自問させられる。
収容所の悲惨さを書いた重苦しい話を予想してたら、全く違ってた。悲惨な環境の中でも、信頼できる仲間と仕事をする喜びや充実感が描かれいた。ブロック積みの所なんか、収容所という環境を忘れて、囚人たちと一緒に興奮し楽しみながら読んでしまった。どんな環境でも生き抜く人間の強かさ、ユーモアを忘れない明るさ、他人を思いやる優しさ。忘れてはいけない大切なものが山ほど詰まっていた。もの凄い傑作だと思いました。
苛烈という言葉では足りないほど苛烈な環境の中で,好漢というべき主人公が前向きに,ひたむきに,そしてしたたかに一日を過ごす。主人公の「うまくやった」一日の多幸感が読者と共有され,悲惨さや絶望は不思議と薄い。むしろひたむきで魅力的な人間たちが醸す明るい雰囲気に満ちていると言ってもいい。しかし,あの一日を幸福と感じるのはあの環境だからこそで,過酷な一日であることは間違いない。それを幸福と感じること,そしてそれを読者として共有することは,あの非人間的な仕打ちを肯定することにはなりはしないかという恐ろしさに気づく。
悲惨で理不尽なはずなのに読むと幸福感に包まれるという、不思議かつ凄い小説。主人公のイワン・デニーソヴィチはじめラーゲルで暮らす多様で強靭な人々が、なんかもうロシアという国そのもののような気がしてきた。制度としての国家と、人々の中にある国というのは根本的に違うんだな。ソビエトに酷い扱いを受けながら心底祖国を愛している作者の姿が垣間見えて、これがまたグっとくる。
特別なことが起こるでもなしに、朝起きて眠りにつく(収容所の)ただの一日なのに、妙に元気づけられるというか、また読みたくなるというか。魅力的な小説です。
スターリン政権下の酷寒の収容所。あらゆる階級の人が主人公と共に囚われていて、当時のロシア社会の縮図のよう。人間の適応力というのは高いものだ。朝は体調不良でも、集団労働で満足いく仕事を仕上げ、うまく立ち回って一杯余分の野菜粥を口にできたときは、不信心ものが神様にも感謝する良き日。「前向き」に懸命であることで幸福を得る。人はそうしたものかも知れない。理不尽を強いられているのにユーモアすら感じる一日。がんばれイワン・デニーソヴィチ!
幸福の沸点が下がっているという事実だけが描かれる。人間的とはどういうことなのか、豊かさとは何か、それを見つめ直す必要が我々にはある
主人公の、ラーゲリ(旧ソ連の強制収容所)での一日が淡々と克明に描かれる。極寒の中での強制労働。理不尽な状況下でも、その日を前向きに精一杯生きるというのはとても尊い。切ないけど明るく暖かいような、不思議な話。
イワン・デニーソヴィチみたいにてきぱき仕事がしたい(というふうに、小説としてではない感想をついうっかり言いたくなってしまう魅力がある)。保坂和志に会えたら、これが好みかどうか聞いてみたい。
いつ出所できるという希望の無い刑務所暮らしでは人間は廃人化するのではと思っていたがこの本を読むとそうでもないんだな。同部屋の仲間や彼らを押さえつける看守や所長との人間的な繋がりが生命を永らえさせている気がした。
『アウシュヴィッツは終わらない』のような陰鬱なものと予想していたのに、全く違っていた。収容所での生活は過酷で耐え難いものだろうに、絶望することもなく、その日の出来事に喜びを見つけて生きていく主人公たちの生活には、どこか爽やかな印象すら受けた。
何年も続く収容所生活で寒いし辛いし悲惨極まりないのに、極限状態でパンや野菜汁を少し多く食べるためだけにあの手この手と知恵を絞り、やっとありつく野菜汁がすごく幸せに思える。単純で過酷な労働でも完璧を求め、仕事のあとは野菜汁とたばこで極上の幸せ、人が生きるってこんなことかもしれないとまで思わされる素晴らしい一日にすごく元気をもらいました。ロシアの歴史とか難しいことはわからないけど、何も知らずに読んでも理屈抜きで生きる素晴らしさを思えるというのは、時代も国境も超えた普遍性があるのだと思う。
「一日が、すこしも憂うつなところのない、ほとんど幸せともいえる一日がすぎ去ったのだ」。ソヴィエト政権下における強制収容所(ラーゲル)の一日を描いた作品ということは知っていた。暗くて悲惨な小説なんだろうと思っていた。が、ちがった。たしかに過酷な環境ではあっても、囚人たちはみなそれぞれに明るく生きている。主人公たちに課せられる壁の修理作業シーンは特に圧巻。吃驚するほど爽やかで、労働の喜びにあふれている。これには思わぬ不意討ちをうけた。まさにロシア的な強靭さの極致。傑作。
ソ連の収容所での生活。描かれている状況はとても過酷で悲惨だが、その中で暮らす人々はとても人間らしく生活していて、なげやりではない。自分がある種の偏見を持っていたように思う。もっと重苦しい内容だと今まで敬遠していたが、淡々として明るささえ感じられて読んでよかったと思う。
能動的に生きるのがめんどうだと思う人におすすめ。この状況とどちらがいいか考えさせられる。まあ部屋でぬくぬく読んでたら生きてるって感じでいいなあと思うんだけど。
“いい1日だった”.8年もの歳月をラーゲリで過ごした,主人公のある1日の感想.どんなに辛い状況下でも,考え方さえ変えれば,まぁまぁ何とかやって行ける.困難に直面し,身動きが取れなくなっている人は絶対に読むべき本.
ブロックを積みモルタルを塗るイワンの姿に、ペダルをこぐ様な疾走感を、高いBPMを感じた。粋な職人魂というか、そういった武骨なイイ男が出てきて爽快感もある(枯木灘の労働描写とは違った良さがある)。そんな描写と鉄くずを拾う、パンをくすねるといった労働以外のコスい感じ、シビアな感じとのギャップがいい。
極寒の地の収容所における一日を、淡々とけれど余すところなく描いてあり、息を詰めて読みました。辛い環境の中で笑顔も自分をも失わず生きる人間の強さに感動しました。
劣悪を極める厳しい環境なんだけど、妙にそこにいる人間の連帯であるとかが生き生きしている。今日を生きられた日を感謝し、生を噛み締める。どんな環境でも人間は人間でいる事を辞めない。
スターリン時代末期のソ連のラーゲリ(コルホーズという方が通りがいいかも)が舞台。同作者の「収容所群島」が厚過ぎたためこちらにチャレンジ。ロシア文学は地面に根を張っているところと、人間存在の描き方が好きなのですが、彼は加えて苛酷なルポを淡々と描き出す押さえた筆力も持っているように思います。静かな印象の作品。一人ひとりの登場人物は個性的だし、主人公は心の温かい奴だと思うのですが、その所為か「人間がこれを幸せとも感じられる事を、あなたはどう思う?」という無言の問いかけが、いっそう恐ろしく響きます。
最後のページが衝撃。これを言うために、この小説は存在している。ただただ過酷な描写をするだけと思いきや最後のページがこの作品を芸術たらしめていると思う。
いかにうまく休めるか、いかにうまく食料を多く我がものにできるか。その発想は卑しいか。矮小か。しかし彼らは捕まる前に見た演劇の感想を述べ合い、政治について語りもする。人間が人間であることを奪われていることが違和感なく浮かび上がる、その瞬間が私は怖い。
どんな状況の中でも誇りと尊厳を失わない人間像は、悲惨な状況そのものよりもっと衝撃的。ラーゲリの中の色々な人間模様・・・その鮮やかな対比が、愛すべきイワン・デニーソヴィチの特性を浮き彫りにしています。モルタルを塗る場面、最初にタバコをもらう場面などは忘れられません。私はいざとなったらこう生きられるだろうか。妥協せず尊厳を捨てない人間でいられるだろうか。読後に自問自答してしまう重厚さ、なのに幸福感さえ感じる不思議と明るい後味の良さ。名作だと思います。
極寒の下の収容所における過酷な労働状況をああ、これぞロシア文学!という文体で描いている。作者は明らかに労働者に肩入れしている(ごもっとも)が、同時に「怠け者」や「エゴイスト」の存在を認めている。これをバリバリの社会主義政権下で指摘したのは凄い。1962年当時の圧政下で発表した勇気と、その後のソ連崩壊を考慮した上で。
イワン・デニーソヴィチの一日の
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ナイス!





























