異邦人 (新潮文庫)
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異邦人の感想・レビュー(2379)
ルドン展で知ったんですけどフランス人は太陽を憂愁気質の象徴と捉えるみたいで、殺したのが太陽のせいって、それは主人公から嘘が充満して憂鬱になるこの世界に対する必死の抵抗だったんだろう。不思議な小説。訳がすごく客観的、主題にあってるようで良かった。
ムルソーって今風にいうと「ぜったい空気読まない人」だよね。とはいえとはいえ、愛にも死にも神にも負けずに空気を読もうとしなかった、すなわち、自分を貫き通した姿は、優柔不断な私にとってはとても眩しく、太陽のようで。
再読して解ったことも多々。やっぱ理解出来ない本は時間を置いて再読すべきなのですね。一回読んだにも関わらず、主人公は女性だと思ってました。文章が女性的なのかしらん。無関心で自由な人間の、家族への想いや友情や恋愛や大罪。自分に素直であり過ぎると、周りを悲しませることにも繋がる。人間とは一人で生きているのではないのですな。
世の不条理さを謳った本ではあるが、私が思うにムルソーは不器用だったのではないかと。自業自得っちゃ自業自得なんだろうけど、それにしても裁判の場面は検事や陪審員の方が異常な気がしてしまう。人が人を正しく裁けるとはどういうことかを自問させたいようにも読み取れる気もする。
世の不条理について語った本だと度々紹介されている気がするが、少なからず自業自得なのではないかと思った。ただ悪い人間と付き合わなければ良かっただけなのでは?と思った。 しかし最後の主人公の独白には圧倒された。 ただその言葉のためだけに書かれたのではないかと思ったりもする。 学んだこと ・悪い人間と付き合うな ・裁判は糞面倒くさい
あらゆる場面がムルソーの景色に収斂する終幕。圧倒的な我。その先の死。ただそれしかない。知ったことか。すばらしい。文学は毒だ。味のしない毒。
三つの死。一つの死は寂しかったかもしれない、寂しくなんてなかったかもしれない、退屈な、日常的な、ぼくらの死。二つめの死は太陽のせい。最後の死は沢山のものがこんがらがっている。裁判のようすには人間の感情の代表的ムードが過不足なく書かれている。だからつらい。ガクガク震えがくるほどに腹も立つ。悲しくなる。ゾッとする。
考えさせられる作品。ムルソーより裁判の検事や陪審員たちに異常さを感じてしまうしかけが巧い。普通、あるひとつのことに、同時に背反するふたつの思いを感じることは、誰にでもあるはず。しかし、時に社会は一方的な価値観を押しつける。そして行動とか言動といった結果が、その価値観に合致しないとその人は、異常と見なされる。それは正しいのだろうか。そんなことを考えながら読んだ。
夢中になりすぎて、電車を乗り過ごしてしまったほど面白かった。序盤少し退屈でなかなか進まなかったけど、それを過ぎたらあとは一気読み! ムルソーに少し共感する部分があったのだけれど、わたし危ない?
そろそろ読み返すべきだと思って。3度目かな。これは何度でも、何度でも読み返すべき作品。不条理なのはムルソーではなく世界なのだろう。
母親の葬儀で涙を流さない男は異常者か?自分が生きる社会とのズレ。うーん、「不条理」かぁ。理解の範疇を超えたムルソーに「異邦人」という名称を与えて安心したい社会。けれど一人称だからか、それほど異邦人だとも思えなかった。分からないことは分からないけどね、悲しみを感じたりしないところとかピストルを撃った動機とか。言ってみればマリィが惹かれたのと同じ事かも。「あなたは変わっている、きっと自分はそのためにあなたを愛しているのだろうが、いつかはまた、その同じ理由からあなたがきらいになるかも知れない」
神話であった、というのが今回再読後の感想。ムルソーは己を縛る過去を持っていないが、その時々そのものに対しては純粋に、真摯に生きている。そして、そのことを糊塗しない。このような人間性格の一面を誇張した造形は、神話の登場人物を自分に思わせた。彼がオリュンポスに生きるなら、神と称されたかもしれないが、現在の社会システムに登場すると、化け物となる。ムルソーは、社会の構成員からは理解しがたいシステムに従うもの、こことは異なるしきたりに従うもの、すなわち、「異邦人」として出現する。
思弁的な罪人は永遠に理解されないだろう。しかしそれに極刑が行使される理由は誰にでも理解できるものと成り果ててしまう。これほど無意味なこともないよなムルソーさん
なぜ裁判で、殺人そのものではなく、ママンの葬儀での態度ばかりが争点になるのか?行動が世の中の常識とはずれると死刑になるのか?ムルソーは単に淡泊な精神的マイノリティなのか、異常者なのか?殺人はともかくムルソーみたいなタイプは今の世の中にいっぱいいると思うが…。
「誰でもが特権を持っているのだ。特権者しか、いないのだ。」無機質な語りから最後の独白への変化がもの凄く印象に残る作品だった。「結局において、ひとが慣れてしまえない考えなんてものはないのだ」
自分の人生に文脈を形成していく私たちと、訪れる瞬間ごとに対して忠実に生きるムルソー。第一部までは大抵の人がムルソーの生き方を理解しかねていたのに、第二部では私たちに近い価値観を持っているはずの法廷の場の人々が不気味に見える。ただ、ムルソーのような価値観の人はもう社会の中にかなり増えてきたことと思う。
母の葬儀で涙を流さず、その翌日に女性と海水浴に行き、衝動的に人を殺してしまう。太陽のせいだと主張し、死刑を宣告される。 というあらすじは知ってた。 読む前はムルソーが頭がおかしい放蕩野郎だと思っていたが、普通の人物として描写されている。 ただ、社会の同情を買うための演技をしなかっただけなのだ。 親の葬儀では涙を流す、神は信じて当然といった慣習に当てはまらない者は異邦人として扱われる。 空気が読めるのが美徳という風潮は今もあるけど、その不条理について考えさせられた。 深いのでもう一度読みたい。
ムルソーの一人称視点なのに文章が淡々として無機質。非常に読みにくいと同時に彼の空虚さが現れていたと思う。にしても難しい作品だ。前半はムルソーが不気味だったが後半は殺人事件よりママンの死に焦点当てる法廷が不気味に思えてきた。またいつか読み直したい。
ムルソーが不条理なのではなく、世間が不条理なんだろうな、と。「真実なにかを悔いるということが私にはかつてなかった-私はいつでもこれから来るべきものに、たとえば今日とか明日とかに、心を奪われていたのだ。」過去に全く重点を置かず、嘘をつけないムルソーを異端者-異邦人としてしまう世間こそが。「私は現実に何に興味があるという点には、確信がないようだったが、何に興味がないかという点には、十分に確信があったのだ」という心内文は妙に納得できた。
難解な話。自分にとっては死刑について考えさせられる話でした。母の葬儀で泣かないから、犯行の理由が、太陽のせいだ、と話すから、死刑相当だと。その逆ならそうでないかもしれない、同じ殺人でも。この主人公の心理は変わってるかもしれませんが、嘘と本当・死刑と死刑じゃない境目ってどこで、誰が定められるのでしょう。死刑は犯罪抑制に必要な事なのかもしれませんが、そんなに重要な事ではないかと思います。最後の司祭に対して憤慨してる主人公のセリフが痛烈でした。不条理な、せちがらい世の中ってのは、今も昔も・どの国でも同じなんだな
いわゆる「常識」とか「普通」とかいったものと違う考え方をする人間がいる。そしてまた、「常識」や「普通」に価値をおかない人間がいる。そういう人たちは異邦人に見える。だけど、彼らも同じ人間。不条理なのは作中の判決を下した社会のほうじゃないですか。……と思わせるのは、異邦人ムルソーの一人称で書かれているからでしょうか。ムルソーは素直な人ですね。
死刑囚が何を考えるのかということを垣間見た気がする。難しすぎて一度読んで得られた感想はこれだけだった。またいつか読みたい。
『異邦人』/カミュ/★★★☆☆/本作品は不条理をテーマにした作品と紹介されるみたいですね。ただ、ちょっとこれは理解を越えている。。僕だけかもしれませんけどね。ムルソーの考えが理解できない。処刑の日に大勢の人が憎悪の叫びをあげることが、なぜ最後の希望なんだろう?不思議な感じがする。/http://bit.ly/rH0GAm
裏に、通常の論理的な一貫性が失われている主人公、とある。それが前提だ。周囲に理解されない思考は異端に見られる。といった、上っ面の内容にも直結している。僕は、ムルソーの思考と判断に、何ら異論無く共感した為、前提そのものを受け入れ難い。判決が理解できず、強く不条理を感じる。解説の通り、ムルソーは当時の青年達の典型的人物であり、理想形でもあったがゆえに、広く共感を得たのだろう。この作品、そもそもムルソーに共感しない時点で、不条理を読み解くことはできても、感じることは無いのではないか。
カミュの処女作。ムルソーという殺人者である男の思想に、短絡的ながら、知的さを感じた。カミュ=不条理というが、わたしは、この作品は不条理というより、欠陥を描いたように思う。 と言うのも、ムルソーという恐るべき精神の持ち主をはじめとし、この作品の登場人物の思考には「何かが足りない」気がしたから。何度も繰り返される太陽のギラギラした暑さの描写と反対に、主人公の並々ならぬ冷静さが印象的。それにしても、随分と好き嫌いが多くて、殺害動機を「太陽のせい」何て言う割には考えることの多い主人公だな。
【再読】学生時代、最も好きだった小説は、25歳になった今、当時とは確かにその印象が違ってみえた。主人公のムルソーが単なる淡白な人間であるようにしか感じられなかったというか…。そんな印象も、自身が不条理とも言える社会に身を置いて久しいからなのかな。
(物語の中の殺人ではなく一般の意味で)人を殺したらなぜダメなのか?と言う問いには実は誰も答えられない。ダメなものはダメなのだ。殺人に限らず社会性を伴う倫理というものはそういうものなのである。不条理だろうが個人の信条に反しようがダメなものはダメなのだ。巧く廻していく為に嘘が必要になる事もある。それが社会だ。みんな、折り合いをつけて生きてる。折り合いを付けられないのなら「異邦人」になるしかない。そういった社会や世間というものに圧力や恐怖・不条理を感じることもあるかもしれない。まぁでもそこは賢く生きなきゃね。
すごく読みにくくて内容もさっぱり。私には10%くらいしかわかってないかと。わかったことと言えばムルソーの頭がだいぶ変なこと。けど周りの人たちは普通に彼と接してるし、マリィに至っては結婚までしたがってるし、本当に狂った人なの?とも感じた。ムルソーはとにかく感情のままに生きてて論理的に考えてる風だけど、ムルソーの考えた結果は所詮他人には感情的で突発的なことでしかなくて、だけど、感情が無な場面もいくつかあって、ムルソーって厄介な奴〜って、私は思いました。今はあらすじを知った所でしかないのでまた今後読み直したい。
無感動な態度で母の葬儀に参加し、その翌日にガールフレンドと海水浴に出かける主人公。結婚、仕事、人間関係、ひいては自らの人生に対する関心が薄く受動的な彼がある日、殺人を犯す。自分が正しいと思っている事でも、他人にとっては有り得ない事だと認識される事もある。「不条理」というよりは価値観の違いもテーマにあるように感じました。
無関心でいることは、不条理が不条理であることにさえ無関心にさせてしまうのかな。と、よく分からない感想を読んだ後、最初に浮かんだ。一切の関心を持たないこと、それは考え過ぎた結果なのか、あるいは何も考えなかった賜物なのかとか考えている自分に気づいて、自分は異邦人には成れていないと感慨が湧いた。難解でシンプルな文章が読んでいて心地よかったです。
異邦人の
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