夜の樹 (新潮文庫)
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夜の樹の感想・レビュー(279)
どの短編も不思議な空気が漂う。小さいときに感じがことがある見えない怖さや漠然とした不安感。現実?夢?空想?物語のトーンはどれも控えめで白黒やセピア色の 映像が似合う。この主人公たちが感じたようなことがカポーティの心のなかには在ったのかも。
カポーティの読んだ本(冷血、遠い声 遠い部屋、草の竪琴、誕生日の子どもたち)のなかで一番好きです。作家のエッセンスが凝縮されていると思います。
『ミリアム』なども面白くて二十そこそこでこんなのが書ける才能はすごいと思うがひとつだけ四十代の頃の短編が入っていてさすがにずっと良い内容だった。
ずっと気になっていた夜の樹・無頭の鷹を読めて満足。どんな話だった?と聞かれても上手く答えられないような話が多かった。ふとした瞬間に襲ってくる漠然とした恐怖や不安が見事に表現されているので、どうしても引っ張られてしまい1つ読み終わる頃には酷く疲れている自分がいる。エネルギーが吸い取られる感じがした。だけど、それも終盤にいくにつれて少し救われる。スックおばちゃんのフルーツケーキが食べたい。
『夜の樹』~『無頭の鷹』までの暗めの話が好み。きっと誰もが知らないうちに暗闇に足を踏み入れてしまって、気付いたときにはそこから出られなくなってしまうような、そんなすぐ傍にある恐怖(で良いのかな?別の可能性がある世界と言うか…)を感じる。想像以上に文章が綺麗で、翻訳も素敵だった。
田舎町で起こったちょっとしたお祭り騒ぎを描いた2作には期待感やおかし味の視線があり懐かしい魅力を感じた(銀の壜、誕生日の子どもたち)。が、他の作品は人間関係のざらざらした嫌らしさが押し出され読んでいて不快でしかなかった。
都会と孤独にまつわる物哀しいお話が多い短編集。幻想ホラーチックな「ミリアム」、おばさんたちから理不尽な目に遭うちょっと筒井康隆っぽい「ぼくにだって言いぶんはある」(タイトルから示唆されるように「向こうにだって言いぶんはある」のだろうけど)、感謝祭の日に悪ガキが起こした事件を巡る「感謝祭のお客」が印象に残りました。
短編集。重たい、冴え冴えした才能が迫ってくる感じ。
個人的ベストは、『感謝祭のお客』。こういうストレートな感動を本で味わうのは本当に久しぶり。抱きしめたくなるような短編でした。
「無頭の鷹」の不穏な描写の数々が好き。まさか、ポップコーンが“狂った蛾のように”と表現されるとはビックリ。カポーティをちゃんと読んだのは初めてだけれど、なかなかしんどい話を書く人だったのだなぁという印象。“すべての行為は、恐怖から生まれる”ゆえに、恐怖に寄り添ってしまうところがあるのか。しかも、その恐怖は他人には伝わらない。
『ティファニーで朝食を』はあんまり合わなかったけど、これは好き!特に『ミリアム』は傑作だと思う。全体的にひっそりしててどこか薄暗い短編集。2011/058
『ミリアム』。すごく怖い。平凡で孤独な未亡人が自分と同名の不思議な少女と出会う話。少女は美しく呪われており、子どもらしいイノセンスの暗黒面だけを具象化したような存在だ。何より怖いのは、未亡人がこのつきまとう見ず知らずの少女を嫌い恐れながらも、それとは知らず、日中に彼女を迎え入れるための買い物をしてしまうところだ。一部に小説らしからぬ訳文も見受けられるが、巻末の解説については、村上春樹訳の『誕生日の子どもたち』よりも優れている。流石は本職ですね。
どの短編も面白いです。特に「ミリアム」と「夜の樹」は読んでいてドキドキします。カポーティの流麗な文章は本当に素晴らしいです。村上春樹は特に「夜の樹」が気に入っていると何かの本で読みました。僕もそう思います。
悲しい気持ちになったとき、何度も読み返す大好きな一冊。それぞれに特別で繊細なメロディが流れている。孤独な人々と辛い現実を包みこむ、幻想的で夢のように優しい描写が印象的。
ものすごい緊張感に包まれながら読んだ。「ミリアム」の、主人公のアイデンティティが揺らいでいく描写が怖くて怖くてほとんど泣きそうだった。「最後の扉を閉めて」にしても「無頭の鷹」にしても、得体の知れない不穏さが常に文章から漂っていて、はらはらしっぱなしでした。だからというわけではないけど、一行目に結末が書いてある「誕生日の子どもたち」は落ち着いて読めたのでこれが1番印象に残ったかも。最後に「感謝祭のお客」の主人公とミス・スックの関係に幸福感を抱きつつ読み終われてよかった。
カポーティというと、昔、こんな短編を読んだ記憶がある。セントラルパークで仲良くなった穏やかな老婦人。ある日、お茶に誘われて彼女のアパートメントについて行くと、冷蔵庫の中には、猫の首がずらっと並んでいた…、というもの。調べてみても何という短編かわからないので、僕が頭の中で捏造しているのかもしれない。だがカポーティという作家は、そういう、日常というのは巨大な落とし穴の上で営まれている危ういものだ、と気づいた者がその陥穽に落ちていく、というような小説を書く作家だ。「ミリアム」など、まさにそういう作品ではないか。
「あらゆるものごとのなかでいちばん悲しいことは、個人のことなどおかまいなしに世界が動いていることだ。もし誰かが恋人と別れたら、世界は彼のために動くのをやめるべきだ。もし誰かがこの世から消えたら、やはり世界は動くのをやめるべきだ。しかし実際には決してそんなことは起らない。多くの人間が朝起きる本当の理由はそこにあった。つまり、ひとは重大な意味があるからそうするのではなく、意味がないからそうするのだ。」 (夢を売る女)
表題作含め9編を収録。 『ティファニーで朝食を』のイメージとは一線を画した短編集。 ザ・アメリカ文学といった趣で、巻末で訳者の川本三郎が解説している通り、ドッペルゲンガー、アイデンティティ、パラノイア、イノセンスがキーワードとなっている。 表面的な部分しか追えなかったので、いずれは再読したい。
ティファニーのイメージがとても強かったので、こんな雰囲気の話も書かれるのかとびっくりしました。「ミリアム」から始まる衝撃に似た冷たさから抜け出せなくて、最後まで夢中になって読みました。
ミリアムという少女が1人暮らしの中年女性を訪れる「ミリアム」。スリラーと不思議な哀しさがぞわっと襲ってきて、これだけのために手にとってもよかったと思えるような短篇集。もちろん他もいい。「誕生日の子どもたち」「夜の樹」「感謝祭の訪問客」辺りが好み。孤独の胸中だとか、自分を見失って日常がひっくり返ってしまうような不安に囚われるかと思えば、ほのかな温かさを残したりもする。
明と暗の話がいくつか入ってたが、断然孤独でひっそりとした作品の比重が大きかった。僕が一番好きだったドッペルゲンガーものの「ミリアム」も老婆の孤独と狂気を切り裂いた暗部だった。映画の『ティファニーで朝食を』のイメージしか持ってなかったので、驚いたなぁ^^。
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感想・レビュー:53件














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