ティファニーで朝食を (新潮文庫)
ティファニーで朝食をを読んだ人はこんな本も読んでいます
ティファニーで朝食をを追加
ティファニーで朝食をの感想・レビュー(250)
毅然とし、媚びず、慣れず、魅力的なホリーの何と悲しく美しいことか。情景がありありと浮かびあがってくるような流麗な描写力。魅力的な登場人物たち。如何わしく、騒々しい都会の片隅の小さな物語が実に多彩な色味を伴って読み手に迫ってくる。カポーティの恐るべき才能のほんの片鱗なのだろうが素晴らしい作品。
きっとあのティファニーにこじゃれたレストランがあり、そこを舞台にしたヘップバーンのような小粋な女性のハッピーエンドの恋物語だろうという思い込みでパスしていたのだが、『猫の本棚』の書評を読むと、私のイメージは違っていたようだと分かって読んでみた。私のイメージ、じぇんじぇん違うやんか~(笑)ホリーの一見ハチャメチャな言動は、彼女なりの価値観で一貫しているし、そうやって行き抜いて辿り着いたアフリカも、とても似つかわしい。他の短編も、よかった。
オードリーヘップバーンが出演した映画の原作。 私は、映画を観たことがないので、どちらが良いか判断することは出来ないけれど、様々な本の原作・映画を観てきた観点から考えると、原作の方が良いんだと思う。 でも、いつか機会をみて、映画も観てみたいとは思うけれど。 この本には、「ティファニーで朝食を」外にも短編がいくつか入っていて、ちょっと怖いなって思ったりした物語もあったけれど、全体的には結構楽しんで読む事が出来た。
「ホリーゴライトリー トラベリング」 他に入ってるクリスマスにケーキを焼く話も好き。ピカンというものをこの話で初めて知って以来あこがれの食材で、でも実際に食べてみるとピーナツみたいなやつで驚いたというかちょっとがっかりした。なんとなく山吹色で小粒のプルーンみたいなのだと思ってたから。
食わず嫌いだったカポーティ。部屋の隅に積読してあった本作をなんとなく手に取ってみた。こんなに面白かったのか。収録作品に通底する子供っぽい無垢さが好きだ。『クリスマスの思い出』は村上春樹の翻訳と山本容子の挿絵で単行本化されている。そっちもちらっと読んだけど、翻訳に関しては瀧口さんのほうが好きかも(一冊の本としてはとても素敵)。
「夜の樹」に続き2冊目。カポーティ作品は、温かくも切ないというか、切ないけど温かいというかそういった読了後のノスタルジー溢れる余韻が素晴らしい。映画は未見だけど、あとがきを読んだ後では見ない方がいいかも。とはいってもホリーはヘップバーンのイメージで読んだのですが…ユニオシさんがアフリカでホリーの偶像を発見したのがクリスマス。最後の短編はクリスマスが舞台。「わが家は花ざかり」のオティリーもホリーの対極として書かれているし、表題作以外の編選も含めて1冊の作品である。
最初の3つは「自由」に巻する話なのに、主人公のスタンスがバラバラなのが面白い。ホリーが一番自由なはずなのに、いろんなものに追いまわされて不幸にも見える。最後のクリスマスの話は他とは違う毛色だけれど、とても暖かくて切なかった。
映画を観ているようだった。これぞ米文学といったかんじで「自由」への関心が強い。若さと自由が織りなす眩しい輝き、それを傍観するほかない老いの寂しさ、憂い。名刺にtraveling、主人公の無邪気さと憎めなさがよく表れている。
いや男ってなんか愛しいほどに情けないよね。あぁリアルにカリフォルニアガールに出会ってしまった男のペーソスよ。表題作の他はクリスマスの思い出がよかった。これもなんだか失われたものに対する絶望的な希求の話。
どれも少し胸が痛くなるアメリカらしい物語。 特に“クリスマスの思い出”は、子供の頃に初めて読んで印象深かった話。けれど今回割と冷静に読めたのは、私もそれなりに成長して、人生ってこういうものだと悟ってしまったからだろう。 大切な人や動物が年を取ること、新しい生活を始めること、当たり前の生活が思い出になってしまうこと、大人になること。 これの全てと、アメリカの田舎の情緒をこんなに美しく文章にしてしまうカポーティは文字通りenfant terrible。
ホリーは束縛を嫌悪し、住所も心も常に traveling だった。「あたしがお金持ちになり、有名になることを望まないというじゃないの。むしろ、そうなることがあたしの目的で、いつかはまわり道してでも、そこまで達するようにつとめるつもり。ただ、たとえそうなっても、あたしの自我だけはあくまで捨てたくないのよ。ある晴れた朝、目をさまし、ティファニーで朝食を食べるようになっても、あたし自身というものは失いたくないのね」p.58 表題作他三編も素晴らしい。
カポーティを読むのは初めて。こんなにいいと思わなかったので、読みながら驚いていた。読みやすいし。表題作もかなりよかったけれど、ダイヤのギターも、クリスマスの思い出も。ホリーは今でもどこかを旅してるのかな?
ホリーの虚言?と「わたし」の匿名性が気になる。他の三編のほうがずっと好き。「わが家は花ざかり」自由と抑制(制限)の実情。オティリーのホリーとの好対照「ダイヤのギター」『自分ではまだ走っているつもりだったが、足の方でいうことをきかず、ただバタバタと水を打っているきりだった』「クリスマスの思い出」最高!読んでて笑顔になる。わくわくする。なのに終盤たたみかけるように…追記:解説がとんだ女性蔑視で笑える。まあ1968年じゃ仕方ないのか
。4編中、3編は自由という言葉の意味を感じさせる作品になっており、登場人物が体現する束縛や支配からの脱出や、思うままに生きるという事などは当時の社会を考えると風刺的な隠喩もあっただろう。活き活きと動き回るキャラクタはいずれも不思議な魅力に溢れており、彼らの生き方自体は時代を経ても色褪せはしないだろう。表題作はそんなに絶賛される程のものかな、というのが正直な感想であり、個人的には温かくも郷愁を感じさせる「クリスマスの思い出」をむしろ推したい。
住所はいつも旅行中。奔放なホリー・ゴライトリーが魅力的な1冊。だけどちょっと読みにくかった。村上春樹訳のほうも読んでみようかなぁ…と思った。2010/087
ホリー・ゴライトリーって、悪女だと思う。もちろんこれは褒め言葉。ホリーと出会ったが最後、男たちは皆、彼女に夢中になってしまう。強烈な第一印象、少女の面影の残るあどけなさ、黒いタイトなワンピースに真珠のネックレスという上品なスタイル、ナイトクラブで男たちと夜遊びする生活・・・。彼女は自由な動物で誰のものでもない。テキサスからニューヨークへ、そして捕まるかと思いきや、ブラジル、そしてアフリカへと、ホリーの果てしない自由への冒険は続くのである。
もう、ホリーの言葉はどこまで本当なの!? 住所は旅行中だし、一見誰が好きかもわからない。でも、「ティファニーで朝食を食べる…」の部分を読むと、彼女は自分に嘘がつけない人だと思った。自由って難しい。あとは『クリスマスの思い出』が良かった。ほっこりするけど、物悲しい。
この本の中の4編には共通した独特の雰囲気を感じる。モダンな匂いのするロマンとノスタルジックな人間の原風景の混ざり合ったような、爽やかでかつどこか滋味のある雰囲気。瀟洒、都会的なもの一辺倒じゃない感じがすごい好み
この映画を観ようとした矢先、友人に待ったをかけられ、こちらの本を渡されました。おもしろいから先に呼んでとのこと。感想は、ミス・ゴライトリーの奔放で情緒不安定女王キャラは刺激的。でも、他の短編3つのほうがよっぽど好みでした。カポーティは年老いていく人の描写がうまい。
はっきり言ってこの本はカポーティの作品が4つ収録されてます、はい。私にとっての『ティファニーで朝食を』はホリーがあまりにも自由奔放すぎて語り手であり、無名の小説家でもある『私』はそんな彼女とよく付き合えたものだと思わず関心してしまう程だ。でもそんな彼女の鳥のように飛び立とうとする所は私としてはちょっと羨ましかったりもする。最終的には彼女の猫は安静の地を見つけたけど彼女はブラジルでそれを見つけたのだろうか?そこは多分想像にお任せされているのだろうな。他にも『クリスマスの思い出』は切なさが込みあげてしまった。
ホリー・ゴライトリーの勝手すぎる日々について書かれた「ティファニーで朝食を」なのですが、こんな女いたら絶対に迷惑だろうなあと思いながら、いつしか私もホリーを目で追っているんですよね。最後の最後まで、羽をもがれるくらいならば破滅的でも自由の方向に飛び立とうとするホリーの鳥のようなエネルギーが私は好きでなりません。
表題作はずいぶん前に読んだけれど、文庫本として再読。ホリーといいオティリーといい素晴らしく魅力的。脱獄話はどうしたってリタヘイワースに勝てないな笑。
最初、人物の名前が次々登場して支離滅裂なことを喋りまくるので、読みにくいなあとか思ってたんですけど、他の短編も含めて最後には号泣してました(涙もろすぎ)「クリスマスの思い出」は反則^^
映画も好きだけど、原作はもっと面白い。主人公ホリーの人物造型が深く、登場人物との関係や起こる出来事も主人公の存在感を際立たせている。ラブストーリーに終始した映画作品に対して、原作はその最大のアンチになっている点が味わい深い。
ティファニーで朝食をの
%
感想・レビュー:59件














ナイス!































