ねじの回転 (新潮文庫)
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ねじの回転の感想・レビュー(148)
オバケは本当にいたのか?なんだかモヤモヤーっとしたまま終わってしまった。女家庭教師も思い込みが激しいお方のようで、妄想・幻覚・発狂、といったほうがしっくりくる。そういう意味では、家庭教師も当然孤独だっただろうし周りの人々も家庭教師が奇妙に見えただろう。あまり本筋とは関係ないかもしれないが、家庭教師とグロースさんの関係がやたら近く感じてしまう。どこか病んでる。
少しばかり冗長に感じて、そこまで面白いとは思えなかった。たぶん、自分の好みに合わなかっただけだとは思うけど……。が、冒頭を除いてほぼ主人公である家庭教師の視点による一人称なので、暗中模索するようなスリリングさがある。もしかしたら自分は何かミスリードされながら読んでいたのか、それともミスリードされたことにすら気づいていなかったのか?
映画「妖精の森」を先に観てから読んだので、どうしても映画のイメージがつきまとってしまった。さてこのお話、主人公の女教師がイマイチ信用できない人物なので、全ては女の妄想かと感じてしまう。自らを疑うことなく周りを巻き込んで突き進む様が恐ろしいっちゃあ恐ろしい。善意のつもりがあのラスト。結局なにもかもが曖昧のまま終わってしまった。そして美しい兄妹は失われてしまった。
怪異の顕現を、専ら若い女家庭教師の目に映ったものとして描いたのが、この小説の勘所だから、まずはそれを念頭に置く必要がある。信じやすく、おそらくは当時としても厳格な倫理観を持ち、子供に過度の愛情(「天使のような」「麒麟児」「聖なる御子」)を向ける家庭教師の明らかに異常な独白(幽霊を見ました!)を、果たして信用できるだろうか。本書が怖いとすれば、それはその曖昧さが怖いのであって、描かれている幽霊はといえば、現代の読者からすれば怖くもなんともない代物なので、尋常の恐怖小説のつもりで読むと拍子抜けするだろう。
ヘンリー・ジェイムズなんて、英文学の授業で聞いた以来だな。まさか自分が読むとは。読む気になったのは、先日読んだ『時の地図』に本人が登場していたから。幽霊が出てくるんだけど、その幽霊が子ども達に具体的に何をしているのかが、はっきりしない。それだけでなく、家庭教師が子どもたちを恐れる理由も、マイルズが退学になった理由も、その他色々はっきりとは描かれていない。それでいて全体に漂う恐怖は伝わってくるが。最後は唐突?
幽霊譚の皮をかぶったサスペンス。数年ぶりの再読ですがやはり面白い。全編うっすら不気味な空気が漂うだけでいかにもなホラー描写はほとんどなく、読者視点では全く怖くありません。でも主人公はヒステリックな恐怖にとりつかれている…。この温度差が面白さの肝なのですね。問題の幽霊については実在/妄想のどちらとも取れますが、真相究明はこの作品ではそれほど重要ではないと思います。主人公視点での恐怖の心理描写がとにかく凄い。読者は観察者となって主人公の“恐怖”をひたすら追跡する…シンプルですが面白い心理小説です。
ホラーかと思っていたのだけれど、そうではなかったらしい。・・・わからないのである。主人公の女教師がお手伝いさんに「ね、言わなくてもわかるでしょ?」と強要したり、「あなたの考えていることはよくわかるわ」なんて話を進めてしまうので、置いてけぼりにされた感じで切なかった。そういう意味での不安感は始終ついてきて、この主人公が狂人なのか否かで判断ができない。彼女の恐怖をそのまま追体験できたら、ホントにホラーだろうなっていう怖がりようである。
先日読み終えた「最初の刑事」の中でも何度か言及されていたので、これを機会に積読消化。以前読んだのは図書館で借りた審美社版でした。全編に漂う不穏な雰囲気はひしひし感じますが、個人的に怖さを感じない。それよりも家庭教師の思い込みの強さとどのようにも読み取れる曖昧模糊とした空気に辟易する。登場人物が皆、核心をつかずどうとでも取れる言葉しか使わないので、互いに同一のことを語っていると了解を取っているようで、実はそれぞれまったく違うことを話してるのでないかと感じてストレスになる。でも読みだすと最後まで読んじゃうんだ
翻訳が拙く、主人公の考え方に特に根拠が示されないので、主人公の語りを信用できなかった。つまり、語られていることが主人公の妄想でしかないと読めてしまう。後になって、主人公の語ったことがどうやら確からしいことが分かるが、上記のようなことで悩んでしまったこともあり、素直に作者の意図するような楽しみ方ができなかった。
家庭教師が雇われた館で亡霊と遭遇し…という恐怖譚。亡霊は家庭教師の幻覚とも読めるが、すると最後の場面に謎が残る。
怖くはないが、不安定な世界に放り出されるような不気味さがある。
表情の読みと解釈、視線についての描写、それから幻覚なんかは怪談のようにも取れるけれど、どちらかというと統合失調症の妄想のように思える。知覚と妄想、想像なんかについて考えるきっかけにもなるんじゃないかと思う。
最初から「すごく怖い!」という人は、現代日本の読者には少ないと思う。悪徳によって聖性が侵略されるという恐怖は、実感としてとても理解しにくいのではないか。そうなるとこれは、子供を悪に誘う幽霊が出てくるというだけの、非常にレトロな怪談である。クラシックすぎるのだ。ただし、この古い話がすべて主人公の女性の妄想であると仮定すると、とたんにこの小説は現代にも通じるサイコホラーとして読むことが可能になり、これは、非常に、怖い。そして、そのような二方向からの(しかも後付けの)解釈を受け入れられる懐の深さが、さすが。
【図書館】けっこう怖かった。唐突なラストに、よけい混乱させられる。
子供達と亡霊を結びつけた悪徳が結局解らずじまいなところが色々な想像を掻き立てる。作品内で疑いようもなく存在する幽霊が何を指しているか、人の心の闇を思う。ホラーというよりサイコ。残酷な神が支配するという漫画で、死者が姿を持って描かれているのを思い出した。
ここで語られてるのは正確で克明な事実の記録であるが、但しそれは主人公の女家庭教師というレンズを通した事実であり、神の視点の真実ではない。「主観」がこれほど薄気味悪く、想像力を煽るとは。正解がわからないままに盛り上がり、唐突に幕を閉じるのにゾッとした(窓を見れない…)。この時代の知識を増やした上でまた別訳も読んでみたいが、まずは船戸明里のアンダー&ハニーローズを読み返したくなった。
当時の家庭教師は、結婚できなかった余り物の女性の職業。この物語の家庭教師もまた、自らの女性性を否定された存在であり、魅力的な独身の雇用主に対する彼女の欲望が、亡霊となって現れている。亡霊の姿を見ているの彼女だけであり、現れる場面は常に「性」を意識したシーン(雇用主の事を考えている時、穴のあいた板に棒を差し込もうとしている時など)である。表面的には、亡霊から子供達を守ろうとする勇敢な家庭教師の物語だが、実際には抑圧された性的感情のもたらした悲劇を描いている。まさに「ねじの回転」の様に「ひねり」のある物語。
ホラーとまでは言わないが幽霊とか心霊とかの話なので怪奇小説というレッテルが貼られているのも仕方ない。 一読した印象はカフカに似ているでした。 人の心を描くところが実に同じような感触。 なるほどヘンリー・ジェイムズの影響は大きいんだなと認識せざるを得ません。ハイライトで主人公が悪に対峙する部分の心理描写は結構スリリングでした。
んー。 どこらへんが、「ねじの回転」なんだろう。。 読解力の無さを痛感します。 イメージの喚起力はなかなかのものでしたが、文学史に占める位置とかが分からないと、面白さがわからないのかなぁ。。うーん。。。
これをベースにした小説「抱擁」(辻原登)を読んだので再読してみましたが、違いがわかって面白かったです。こちらはもう「幽霊そのもの」を語り手が見ている、というのが一番の違いでした。二人の兄妹が幽霊に取り付かれている、それを何とかしたいと思っている主人公の「わたし」。じわじわと恐怖があおられた挙句の突き放されたようなラスト。心理描写が細かく描かれているところはやはり楽しめました。
中谷宇吉郎がエッセイの中で読んでいたのでつられて読んだ。面白かった。アラスカで読むのと東京で読むのとでは気分がだいぶ違うかもしれないと思った。
創元推理文庫版を先に読んだためか、いくつか表現が古いことろがあったがこちらのほうが読みやすかった。しかしそのためか全然怖くなく、普通の純文学として読んでしまった。でもやっぱり心理描写はすごいの一言に尽きるが。(コーラ)
ゴシックロマン系ホラー(?)で、モチーフなんかは好みだったけど、微妙に響いてこなかった。亡霊の迫力が「わたし」の視点を通ることで半減してないかしら…。だって厳密に言えば「わたし」以外に亡霊を見た人、いないですよね?
英国ゴシックロマンを踏襲した郊外の屋敷で暮らす子供とそれを救おうとする〔わたし〕の話。手記の体裁で語られておりどこまでが現実でどこまでが虚構なのかすら判断しかねる内容である。それゆえに読み解き方がいっぱいあるみたいだが、自分の中ではやはり〔わたし〕の妄想と読んだほうが恐かった。幽霊譚としては全然恐怖感は煽られないなぁ^^。
怖いですね。だけど主人公の女家庭教師、亡霊に良くたちむかえましたね。凄いですね。幼い兄妹を守ることが使命だとおもって行動してます。最後マイルズは亡霊に連れて行かれてしまったのですね。
ねじの回転の
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感想・レビュー:48件














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