カラマーゾフの兄弟〈下〉 (新潮文庫)
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カラマーゾフの兄弟〈下〉の感想・レビュー(766)
本を閉じると同時に興奮の余り大きな溜息が。筋は端的には火サス的殺人事件だと思うのですが、カラマーゾフの息子3人の運命と同時に語られる、彼らの内にある思想世界と彼らを育んだロシアの大地の大きさを感じて、なんだか判らないけど大いに圧倒されました。特に、イワンと悪魔の会話の、一兆キロの孤独な歩みや宇宙を凍えながら飛翔する悪魔の話などは特に凄かった。ラストのアレクセイと子供達の美しい会話にも感涙。読んでよかった、死ぬ前に読めてよかった。そしてこの本を誰にも彼にも是非とも薦めたい、そんな気分で一杯です。
期待を裏切らず重厚かつ諧謔のある作品だった。ウィトゲンシュタインをはじめ、多くの知識人がこの作品を愛し、現在まで読まれ続けていることからも、特別なものであることに何ら疑いはない。問題なのは読者自身がこの作品に対して何を発見するかである。個人単位で、或いは社会全体において、限りなく偉大な教材であり、また、それは極めて普遍的なものなのである。この作品に触れて最初に抱いた感情は他でもない、喜びであった。
ナポレオン戦争、ウィーン体制、農奴解放、東方問題、そして科学の大発展などを経験し、ヨーロッパの価値観が大きく揺らいだ19世紀。フョードル殺しがロシア中の関心を喚んだのは、その不安定な時代背景に象徴的な事件であったからだという事が、イッポリートとフェチュコーウィチの弁論あたりでやっとわかった。文学史的にも思想史的にも世界史的にも再び読む価値があると思う。西欧と一線を画したロシアに興味が湧きました。結論:勉強しろ
様々な対立に彩られた物語。父と子、弟と兄、聖と俗、愛と憎、信仰と不信、現実と幻想、理性と狂気、令嬢と愛人、嫡出子と非嫡出子、正と誤、賛と否…こうした対比の図式は乗り越えられない事象の両側面として在り続け、決して融和には至らない。そのシビアさに凍える。見事だが、最後まで読み進むリズムに乗れず読了まで予想以上に時間がかかった。心情吐露がほぼ会話による点と、デフォルメの強い人物造形がどうも…
続きが、続きが気になる!これはもう一度読み直さなければならない。さらっと読んでも充分素晴らしく感じるが、細部を理解できていないと思うからだ。子供たちについてよく考えるようになった。不幸な子供たちが存在するのは何故か。他にも色々考えた。考えさせられる小説だった。解説にあるような第二部なら読みたくない気もするけどやっぱり気になる。
学生時代に読んだ『魔の山』と、最近読みまくった漱石(特に『明暗』)に感謝を。それと、同じ19世紀の文豪という意味で大デュマにも感謝を。過去の読書がなければ読み通せない種類の小説でした。まだラジオすらない、映画すらない時代、小説が娯楽の最先端だった時代の、まぎれもない最高級の逸品を堪能しました。小説の持つあらゆる要素(SFの要素すらある)がぶちこまれ、なおかつ「人間って何だろう」という根源の問いに向き合い、フルマラソンを完走してしまった、そんな作品です。
ドストエフスキーは、人の持つ良心を力強く信じていた人だったんだなあ・・ラストの子供たちに対するアリョーシャの言葉に涙が出た。父と三兄弟4人併せてひとりの人間のいろいろな面を描こうとしたのかもしれない。
面白かった……という感想は違う気がしますが、この本、今まで読んだ中での十位以内に入ります。どこがどう好き、と聞かれてもよく分からないんですが(汗)確かに長いし、グダグダし過ぎて分かりにくい部分も多いですが。流石名作なんだな、と思いました。これが未完。もったいないとも思うし、続きを読んでみたかったとも感じますが、ここで終わるからこそ、と思う部分もあります。
小説の最高峰とまで言われているこの本を1年前に購入し、その分厚さからずっと読めずにいました。読もうと決意し11月18日~12月8日まで22日間。読み終わった後、しっかりと感想を書こうと思っていたが、全く感想が浮かばなかった。「分からなかった、でもすごかった」としか言えない自分の低能さ、未熟さを思い知らされた。またすぐにでも初めから読み返したい。
これって未完の小説なんですね…。それを知るとすごく続きが気になってしまった。アリョーシャは今後どのような人生を送り、どんな最期を遂げたのだろう。それはおいといて、高校時代に一度諦めてしまった小説だったので、今回完読できたことに大きな達成感があった。内容は、理解できた部分とできなかった部分と半々といった感じ。内容が深くて、私の浅い読解力では無理なとこがあったな…。これからも読み直していく。
大審問官、ゾシマ長老の説教、検事と弁護士の主張など、おそろしく引き込まれる話があまりにも多い。消化に時間がかかりそうだが、読んで損はなかった。とても面白く、示唆に富んでいて重厚な物語だった。
5月に上巻を読みだして、3冊読み終わるのに、ほぼ半年かかりました。何もかもが暗示的で、宗教やロシアの歴史、世界の文学など多くのことを理解せずには、この物語の本当のところは、わからないと痛感。とてもとっつきにくく、くどい言い回しながら、なぜか引き込まれていくのは、物語のすごさ故なのでしょう。まだまだ未熟で読み込めませんでした。いつか再読をしたいと思います。
的外れかもしれないがミーチャは太宰的だと思った。男らしくなった太宰。でも、太宰。「僕は放埓ではありましたが、善を愛していました。一瞬一瞬、更正しようと切望しながら、野獣にひとしい生き方をしてきたのです」ここを読んだ時に胸を衝かれるものがあった。苦悩まみれの人間そのものの慟哭じゃん。汚辱や恥辱にまみれて人は生きていく。アリョーシャは「理想像」であって実は人間的でない気がする。現実に敗れるアリョーシャを見てみたい。グルーシェンカとカーチャの関係性も面白かった。君もつらいよな、女だもの。本当に凄い小説だ。
イワンに纏わるエピソードが好きで、まずは私生児というか悪魔の召使いスメルジャコフ。内に秘めた不気味さが恐ろしく、当初はイワンのある論理に陶酔していたが苦しめていく、というか楽しんでいる。そして圧巻なのがジェントルマン、悪魔との対面。『ファウスト』のメフィストフェレスを思わせるような語り口。このやりとりが別世界にいるような錯覚を感じ、ウオッカを呑んでいるみたいに酔う。頭痛と吐き気がする。でも病みつきになり神の存在云々より此方の方が面白い。長編で体力気力共に大幅に消耗するのだが、次回は別の訳で読んでみたい。
イワンとミーチャの悪い部分は、これ自分のこと言ってるな、と思い当たる節があるのでは?登場人物のだれもが幸せにならなかったのに、みなきちんと前を向けたのはなぜだろうか。カラマーゾフ万歳!
不思議なんだけれど、ここに書かれていることすべてが、どうにも僕自身の問題そのものとしか思えない。ここにかかれたロシアは、僕の住む場所と地続きなのだ、と強く感じるのだ。
最後の解説で大審問官のくだりは(理論的には)だいぶ理解できたけれど、この多面的すぎるほど多面的なこの小説の大きな一面を占める「宗教」という問題は、もっと宗教に頭から身体までどっぷりつかっているような人間でないと到底理解できないと思った。でもその他の部分、特に人間の本性的とも言えるような心理の描き出し方は本当に見事で、まるで人間のあらゆる要素をこの小説の登場人物たち、特にカラマーゾフ家の人々に集約してしまったかのようで、まさに世界文学上の最高傑作と言われるに相応しい作品だと思う。人生で何度も再読していきたい
全てのエビソードを極論的に煽りながら両議的な物語にしているような気がします。人間の心理の真相を徹底的に掘り下げてあばいて咀嚼して吟味する。読んでいて何が正しいのか、何が悪いのか、だんだん分からなくなってきます。混乱します。さまざまな概念やら信仰やらが入り乱れて物語がすすむ。それもまた単純で分かりやすい明快な物語で「暗示」するから始末におえません。答えがないです。答えのない物語のような気がする。全てはその「不定方程式のX」なのかもしれない。ミーチャはそんなどっちにでも転がる「人間」なのかもしれない。
諸説にはこのあとにアリョーシャの後日談のような続編があったのではないか、とよくいわれるがここまででも十分な深みを内包している。神を信じないイワンに対してイワンを信じたスメルジャコフの葛藤、本筋としてはちょい役(?)だったスメルジャコフ大活躍というのが主だった内容か…深すぎるのでうまくまとめることは困難を極めるが、何度読んでも発見がある名作
コーリャのような少年が、長じてイワンになりつつある俺のように、誰もが登場人物の誰かに似るような地獄を生きていると思い知らされる。
シニスム(冷笑性)を打破しなければならないという主張には共感を持った、また、幼いころの思い出ほど大切なものはないという最後の主張にも同様である。カーチャとミーチャが病床で抱き合うシーン、グルーシェニカとカーチャの友情ともつかない奇妙な関係。中々よかった。 /追記:カーチャのミーチャに対する病的(発作的)な恋愛感情にはリアリティがあるように思われる
裁判なんてこんなものかもしれない。法廷での真実追求なんて望めるわけもなく、市民に話題を提供するだけのただの見せ物と化している。思想の姦通者たる弁護士が言うような「人間の一生がかかっている」場とはとても思えない。それに加え、流刑に処されても買収によって脱走および国外逃亡は容易にできるようである。とすると裁判とは何のためにあるのか、そしてロシア人的な精神とは何なのか、甚だ疑問。尤もらしいことを述べる軽薄な人間ばかりな気がする。
上中下読み終わるまでにかな~り時間がかかったので、旨くまとめられませんが、大審判に入ってからがなんだかんだ一番分かりやすかったように思います。結局殺したのかどうなのかと、殺人と父殺しとの違いと。カラマーゾフ一家には、アリョーシャしかまともな人間はいないのか・・・もう一回、最初から読みたいと思います。
最後の方の論告によって、ドミートリィ:情熱的ロシアの象徴、イワン:ヨーロッパ的な進歩主義の象徴、アレクセイ:正しい信仰者の象徴、という感じでこの兄弟が説明される。まさに混沌の時代のロシアの状況を体現しており、一番最初の、カラマーゾフという極端な一家族を描くことで、結果的にその時代の在りようを浮かび上がらせるという前書きにぴったりたどり着く。 個人的にイワンに共感。神を理論的に否定しながらも実は信じさせてほしいと思っている。上巻の大審問官の話は圧巻。
宗教の知識に乏しいので作者の言わんとしていることは大分見落としていると思うけれど、時々はっとする台詞や文章が出てきて、断片的に焼き付いている。テーマ的には十分消化されて完璧な作品と言われてるけど、個人的にアリョーシャの死まで見届けたかった。あれだけのカオスから異様に清々しい終わり方で、その温度差ゆえに感動も大きかった。読んでいて時々広大な大地に一人佇み腕を広げて空を仰ぎ見るような感覚に襲われた。これがロシア文学というかドストエフスキーの力なのか。
カラマーゾフの兄弟〈下〉の
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ナイス!


































