第三阿房列車 (新潮文庫)
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第三阿房列車の感想・レビュー(51)
02/11:弥生
12/29:阿修羅
『水曜どうでしょう』みたいだなあと思って読んでいると、同じように感じている人がいた。このだらだら感は癖になる。やっぱり旅行は気負わずこんなスタイルで過ごしたい。
09/23:グリコ
09/10:Junji Ogawa
06/23:なか
いつものごとく、何も用がないのに百聞先生が汽車に乗って旅に出る。先生、段々阿房列車の旅自体に飽いてきたのか、『第一』『第二』ほどのテンションはない。しかし、『阿房列車』がシリーズになってしまった以上、先生、どうしても何か書かなければならない。そこで、鉄道旅行以外の部分、つまり「何もすることがない」ということを突き詰めて(無理に)書いたのだ。結果、先生とヒマラヤ山系の2人によって『水曜どうでしょう』の如き、絶妙のだらだら感をかもし出すことに成功。読者はこれに引っ張られ、「はあー」と頭の空気が抜けるのである。
01/01:kojima_pothos
01/01:subtledays
10/22:sabamiso
10/14:兎男
目的の無い列車の旅も、早三巻。近作は、旅程を最初に示さなかったり、時間軸が前後したりするあたり、これまでになく、おやと思った。山系氏が持ち込んだカメラを巡るやりとりが、何ともほほえましい。
今回は体調不良というアクシデントが降りかかる。最後の阿房列車、「不知火阿房列車」は作品中、最も完成度が高い。最後も八代から「きりしま」で帰京する当たり、よほど八代に引かれるものがあったのだろう。
07/18:たかゆき
07/01:やまや
05/10:k_kane
何度読み返しても、読み終わりたくないと思う。そして最後がまだ旅の途中の描写であることで、今でも百けん先生の阿房列車旅はどこかで続いてるのだ、と思うことにしている。
あんな厳つい面相のお爺さんが「あっちこっちに露出した池の泥を眺めて、つまんないの、と思うばかりである」なんて言ってしまうんだからもう好きにならずにいられない。多くの人に慕われるのもよく分かる。実際付き合うとなると相当面倒くさそうだけど。おまけのマンガも結構面白かった。いつか自分も鉄道の旅に出よう。鞄の隙間に百鬼園先生を詰めるのを忘れないでおこう。狭い所にすいませんが。「なまけるには体力が必要である」
03/23:LOHASPO
03/03:かまわない
12/24:Kimoto Tsuyoshi
12/02:カスミの哲
08/16:ほくと
08/01:どう たあ
07/17:ジョン・テンダ
07/15:gariken
大事に読んでいたのだけれどとうとう完結。百けん先生が師の小説「坊ちゃん」に出てくる延岡に至り、50年前との違いに思いを馳せて「往時は渺茫として夢に似ていると思うばかりだ」と感慨を述べる。それは今の自分が阿房列車を読むのと似ている。百けん先生が頻繁に訪れた八代の松浜軒に行ってみたくなるが、九州まで一日以上かかった頃の八代と今の八代はきっと違うだろうしなぁ。
02/02:竹
「そう云えば郵税もいつの間にか郵便料金と変わっている。今に世の中がもっと民主主義的になると、税と云う言葉の感じは人民に失礼であるから、所得税などと云わず、所得料金と称することになるに違いない。」(p.272) 内田百閒の読みがはずれたのか、民主主義が未発達なのか。;-p
09/02:masamichi
06/30:tekesuta
02/04:いぬのすけ
10/03:madhatter
第三阿房列車の
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感想・レビュー:13件














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