散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道 (新潮文庫)
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散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道を追加
散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道の感想・レビュー(117)
硫黄島という過酷な状況の中でも、感情的な判断や行動を排除、目的に向かって冷静に事実を分析、徹底的な合理戦術。「世間普通の見栄とか外聞とかに余り屈託せず、自分独自の立場で信念を持ってやっていくことが肝要」。日本でよりアメリカで尊敬を受けている栗林忠道。海軍の五十六とならんで、現場をまとめる究極のリーダーだと思います。スゴイ。
栗林さんのような、潔く散ることを許さない、いい意味で「日本の軍人らしくない」生き方を、当時何人の人ができただろうと思う。合理的で自分の信念は曲げない、そして人間を大事にする、指導者の理想の姿だと思う。部下に苦しい生を強いたのも本土の民間人を守るためだし、ご家族への手紙には人間味があふれていて、とても素敵だと思った。タイトルだけでも悲痛な第七章の「骨踏む島」は梯さんが実際に硫黄島に行ったことが書かれていて、栗林さんだけでなく他の兵士の方、米軍人視点の史料も豊富。日米合同の記念式典のくだりは胸が熱くなった。
この人が陸軍の主流で発言力があったら!と思わずにいられない人柄・能力に感嘆しっぱなしでした。家族を思いやる手紙の内容にも心が打たれました。軍人としても人間としても素晴らしい人ですね。アメリカでの硫黄島が関心高いことは意外でした。いつかアメリカ側の本も読もうと思います。
現場リーダーの優れた見本です。硫黄島の戦闘が国内ではあまり知られていないことが、失敗の本質から目を逸らしてきた日本ならではと言えると思います。このような本が広く読まれることを切に願っています。
去年の今頃、水道橋博士のお勧めで単行本で読んだのですが読メ記録漏れだったようで、今回文庫本にもなったので立山−上高地家族旅行中に再読。栗林中将の人間として、軍人としての真摯な生き方に今回も心打たれました。図らずも柳田邦男氏が解説で述べているように、二度三度読んで感動がどんどん増してくる良書であると納得しました。大本営の戦術の失敗の教訓を生かせなかった歴史が今の我が国のリーダーたちの心の貧困に繋がる分析、たしかに愕然としてしまいます。来年以降もこの時期は毎年読んでみようと思いました。子供達にも勧めてみよう。
一日でも長く硫黄島を死守するためには、ゲリラ戦法が有効だったことが分かった。万歳突撃など非合理な戦術をとらなかった指揮官は、立派だと思うし、戦場の悲惨さを思うとなおすごいと思う。
映画「硫黄島からの手紙」を見て、読みました。家族宛の手紙から浮かび上がる父親・夫としての栗林中将の姿に感動しました。危機時のリーダーシップについても参考になりました。
手紙から栗林中将の人格を見ていくというのは非常に面白い。硫黄島の戦場を知りたい人にはおすすめできないが、日本軍人の一人として栗林中将を知りたい人にはおすすめ。
栗林さん、好きになりました。戦時中の指揮官なんてどうせ部下の事なんて考えもせず大本営の言いつけを守り、駒使いするだけだ、と思っていました。でも、違う、栗林さん。幹部自衛官としてわたしも見習わなければ,と思いました。
必敗の硫黄島での栗林中将の指揮官としての振舞い方、そして大変な状況の中でも、内地にいる家族への並々ならぬ愛情は、現代社会にも通じる教訓である。もしも自分が当時の日本兵だったとしたら、こういう人が上官なら硫黄島で死ぬのも悪くないなと思った。とてつもない人だ。
先の戦争にも、こんな人情味に溢れた軍人がいたんだとあらためて思う。
軍人でありながら、細やかな家庭人でもあった栗原中将。軍人であるから中将であるからこその想いの溢れた多数の手紙。改ざんされると知っていただろうに、「散るぞ悲しき」という辞世の句を詠んだ彼の気持ちがすべての手紙に溢れている。
野心でも、虚栄でも、狂信でもない、大切な人を守りたいと思い、本当に苦しい闘いを続けた兵士たちに改めて感動した。 特に戦争末期の前線の兵士の悲痛さ、無念さは忘れてはいけないことだし、翻って自分はどうなのかと自問しつづけたい
再読しました。2万人もの日本兵がなくなったから悲劇だったのか?否、皆それぞれ誰かの大事な夫であり、父であり、息子であり、愛する家族だった。愛する人が社会の流れのあがなえず、死んで行った悲劇。栗林中将を通して、作者は、その悲劇を伝えたかったのではなかろうか?玉砕という大きく括られた悲劇の向う側にある人間一人一人の悲しみを表せている。中将という立場だからこそ残せた手紙。硫黄島に赴いた兵士の心情は栗林中将の手紙から読み取って欲しかったのではないか?
これは暮らしの手帖かと問いたくなるほど、戦争最中の人々の生活と工夫が見えてくる。その子細な生活の様子を書いたのは、指揮官の妻ではなく、硫黄島の戦渦の中に生きた栗林中将その人である。彼が戦場から、内地に暮らす家族へ送った手紙。文面からは、栗林中将の、人、特に家族に対する細やかな気配りが見える。惨敗だった硫黄島。負け戦だと分かっていても、それでも最後まで生きて戦い抜いたたくさんの日本兵。彼らの手紙。
栗林中将や将兵が家族に宛てた手紙は、気遣いに溢れていて、優しくて、かなしい。どんなにか、遺された家族を支えたものだったろう。そこを取り上げたのは、女性ならではの視点だと思う。
★★★★★ 栗林中将の書いた手紙は本当に印象に残るものだ。きめ細やかな配慮と家族への愛情に満ちた内容。細かく、きれいな字で便せんにびっしりと書かれている。本書は、硫黄島において日本兵の置かれた状況や、その時の日本軍、アメリカ軍の動き、様子なども書きながら、冷静な視点で栗林中将の思いを探っている。
本書を執筆された梯さんに敬意を表したい。本書は、硫黄島で戦死した栗林中将の生涯・人柄を紹介しているだけではない。なぜ、日本軍は硫黄島で米国と戦わなければならなかったのか。なぜ、栗林中将は愛する家族を残して硫黄島に行かなければならなかったのか。なぜ、栗林中将の辞世の句の「散るぞ悲しき」が「散るぞ口惜し」に改竄されて発表されてのか。これらの「なぜ」の答えを求め続けるのが戦後世代の将来の世代に対する責任であろう。柳田邦男氏の解説も必読。
軍人の仕事は国民を守ること。栗林中将は硫黄島に赴任してまもなく島の住民をいち早く本土に避難させている。また彼は「閣下のもとで死にたい」と彼を慕って硫黄島へ向かおうとした軍属の元部下に対し合流を許していない。彼が軍人ではなく軍属であったからである。軍人であるからには命を賭して民を守る。配下の者には心中慟哭しながら死を命ずる。そう命ずるからには自らも殉ずる。陸軍大将自らが敵陣へ突撃し、戦死したのは日本軍戦史上初めてといわれている。まさに鬼神を哭しむるものあり。
国の為重きつとめを果し得で 矢弾尽き果て散るぞ悲しき-日本が日本に何をしてきたのか、硫黄島を通してよく見えてくる。まだ「戦後」は終わっていないことを痛感させられた。組織に属する者として、組織を束ねる者として、父親として、夫として、家人として、人として。栗林忠道という人間に心から敬意を払い、その散り方を憂う。現代のこの国を見て彼は喜んでくれるだろうか?
手紙には家族への愛が満ちあふれ、あたたかさがある。軍人に対する私のイメージが覆された。すごく驚いて、あたたかい気持ちになり、彼の人となりを知ることができたということが嬉しくなった。読んでよかった。
本文にもありますが、戦地から送った家族への手紙はどこかほのぼのとしたものが多く、お人柄がしのばれます。戦場での彼の振る舞いは常に清廉で、私の持っていた軍人のイメージは簡単に崩れました。 無念の死であったでしょうが、生きるに値した彼の人生だったと思いたいです。
生還はおろか玉砕すら禁じられた硫黄島で、合理的な戦局判断と愚直なまでの責任感を失うことなく任務を全うした栗林中将。一方で、国に残した妻子へは、非日常の極みともいえる戦いの最前線にありながらも、愛情あふれる手紙を書き続ける。 最期に総攻撃を決意し司令部壕を脱出する際に「ずっと元気だった栗林閣下が、そのときは見る影もなく憔悴し、疲れきった表情だった」「一見田舎の老爺が子供らに連れられていく状態であった」という記述に胸を突かれた。 極限状態に置かれた人間だけが見せる崇高さ。そしてうらはらな、脆さ。
戦争もののノンフィクションを今まで何となく避けてきたけれども、この本には避けてきた理由となる部分が見当たらなかった。それだけでもよかったけど、何より戦争をしていたのは兵器や戦艦ではなくて人間なんだということを、「ほんとにわかってる?」とこちらに問いかけてくる本だった。
散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道の
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