夫婦茶碗 (新潮文庫)
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夫婦茶碗の感想・レビュー(517)
パンクはオナニーと一緒。ガキだ。って泉谷しげるあたりが良いそう。町田康がパンク?パンクだけど、ものすごくピュアwな人にしか思えない。自分でもうんざりする様な自分のダメな部分や考えを、当たり前の様にみんな持ってるんだなって思うと安心する。
これは面白い本だなー。町田康さんの本初めて読んだけど、独特な癖があるように感じた。難しい表現、分かりにくい部分もあるけどテンポが良いから読めてしまう。一文が長いのも特徴的。夫婦茶碗の夫婦の掛け合いは最高。「永井荷風」って言い捨てて家を飛び出したときは噴いてしまった。人間の屑は、登場人物がほんとに屑野郎だった。とてもリアル。面白く、楽な方向に流され続けた結果、ラストは怖かった。
町田康ってのは、をかしなひとだよう、ほんたうに。このいい加減さは罵倒しながら大いに笑うべきところなんだが、私自身もダメ人間、堕落は縁遠い話ではないので手放しには笑えないというか、むしろ夫婦茶碗のラストなんかはわりと泣ける方である。しかしこの人の書く猫のようなくにゃりとした文体は本当にすごいなあ。真似できないなあ。面白くて嬉しくなっちゃいますね。
あとがきが筒井康孝なんですが、作者とは似ても似つかずのコメントに驚いた。ほんとかいな。しかしまあこの主人公どもの屑っぷりは、自分のことのようでとてもみなのように笑って読めません。ひやひやしながら読んでましたわちゃあ・・・。
最後の最後まで“なんでそうなるの”という展開で結末が読めなかった。非現実的なのに屑っぷりがリアル。こういう底辺いるいる!私のことなんですけどね!
『君は鶏卵を前から使ったね』
小さな拘りから自堕落に過ごしてしまう男の話。くっすん大黒の流れを踏襲しているが何処かほっこりしてしまう作風に作者の懐の深さを感じてしまう。
収録されている作品はどちらも面白いと思う。エンタメとして読んでも文学として読んでも面白い。問題は自堕落な主人公を通して現代日本に生きる人間の闘争を描くというメタファが僕にとってはどうしても好ましいとは思えないところにあって、つまるところ僕は町田康の良い読者には成り得ないのだった。
本読んでこれほど笑わされたことはこれまで一度もなかった。 内容は、もう、2編ともバカバカしいの一言につきるけど、これ以上笑わされる本を他には知らない。 犬の家族についてのくだりや、小熊のゾルバ、婆との不毛な応酬などなど。 語りがもうすごい。
相変わらずので腑抜けで駄目駄目な主人公に高揚しつつ一気に読み上げてしまった。 文章、登場人物、展開、ギャグ感・・・はまればきっと抜け出せない。
もう最高、傑作!表題作「夫婦茶碗」はつつましく妻と幸せにくらすためにあれこれ奔走空回りする屑人間。「人間の屑」は何をやっても失敗、失敗の連続で最後は自己破壊する超ド級の屑人間。両者ともけっして救われることのない哀れで、愛すべきクソ人間模様。人は誰しももがき苦しんで生きている。結局ぐるぐるまわり続ける道化師に過ぎないんだよ。正味ね。
残念ながら、表題作はそこまで面白くはなかった(汗) 日本語破壊の妙を堪能したが、作品の核となる部分にダイナミズムが欠ける気がする。『人間の屑』はこれから読みますよー
コロコロ流転してからの、静止。台詞を言うがごときの独白。結局流転。どちらの男も子ができて、その現実感、他人をおう責任感と将来が見えはじめて、パーン!。はじける。『夫婦茶碗』の最後の場面、静かな部屋で希望らしきものが見える感じもするが、思い込みの中に強迫観念的な狂気を感じホラーだし。『人間の屑』、カラオケ店でイパネマの娘を選曲するあたり、新幹線のくだり、くだらなすぎて笑えた。たぶんしっかり解釈できてないですが、始終悲しい笑いでした。
まー、惚れてまうわ町田はん。このふざけているのか真剣なのかわからない珍妙さが絶妙。表題作はこれ、かなりひねくれているけれどめちゃくちゃ愛妻家の話のように読める。「人間の屑」はここまでやるかというのらくらぶり、常に何者かに追われているような狂気が素晴らしい。ところでわたしは、かっこうの替え歌、ぶかっこうが頭から離れない。
あぁ、これが一人称の持つ表現の楽しさか。文章が饒舌!作者は絶好調!ホント馬鹿馬鹿しい!!―「ちゃわおっしゃーっ、ちゃわおっしゃー」―こんな主人公いるかぁー!!ぐるぐるぐるぐると勝手な空想と奔放を繰り返す駄目人間。狂気である!!しかし夫婦間は独特なほのぼの。だが切ない。はぁー、面白い。終わってみればなぜか、狂喜である!!こういうの大好きなんだよな。純愛文学!?堕落の美学??いやいや、屈折しすぎ!!はい、百二○点。うひゃひゃひゃひゃ。
下には下があってどこまでも落ちていく。自然主義や私小説とは違う「屑人間」です。 筒井康隆が解説なのでニヤリとした。町田康ぜったい影響受けてるでしょう!
笑える。堕落、負のスパイラル。主人公が活きている。主人公が可愛い。この堕落的で笑える小説は町田氏しか書けないだろうと思う。表題作夫婦茶碗よりも人間の屑が非常におもしろくて、読んでいて止まらなくなったしニヤけが止まらなかった。
知性があって始めて狂気の線引きができる。その「いい加減さ」がある一定の度合いを超えるとたちまち狂気に移りかわるというわけではなく、突き詰めた「いい加減さ」の仮面がつまり狂気のように見えるだけであって、ただただいい加減、いい加減、いい加減。って、自分も適当なこと言ってぇと目にもの見るぜ、あんけらそ、ってなわけ。ヅラかるぜぇ。
駄目人間だ。夫婦茶碗、人間の屑どちらも揃って徹頭徹尾駄目な屑主人公で、周りの登場人物も世界もええかげんでおかしい。その駄目さに開き直ってものすごいリズムの文章で突き進んでいき、気づいたらすべて読まされる。駄目さのパンク、破滅の美学極まれり。なのに泣けるシーンもくるのが妙におかしい
4 くすくす笑って油断していると、突如として暗転、落ちていくのがわかる。怖い。 思わず短歌を詠もうとするができない、というのは、私的あるあるだった。笑
初町田康。タイトルから勝手に、昼ドラみたいな話だと思ってたら大間違いだった…(笑)。私小説なんだな、と思いながら読んで最後に解説を読み、なかなか深いなと思いました。しかしまた再び町田康を読むことがあるかは微妙。けして好きなタイプではないな…。
「人間の屑」が特に秀逸。だめな主人公を描くことに意義がある、というのは現代文学の常識的なお話になってきますが、町田康はそのやるせなさに立ちすくむ、あるいは開き直るところを着地点とする作家でありました。ところがここで彼はその中途半端な救いを一度取っ払ってしまった。そうして暗示されるのは破滅であるが、彼はその破滅によって人間存在をより力強く描いた。終盤のビデオレターのシーンなど、泣けてしょうがない。ラストシーンは筒井康隆の『夢の木分岐点』を彷彿させるすばらしさ。名作です。読んでください。
自分が「権現の踊り子」を高く評価するのは、矢細君にしても減さんにしても、落伍者たちを客体化していたからだ。その落伍者が、町田自身の教養とセンスをそのまま反映した語り手となった時、致命的にリアリティが削がれてしまった。紡がれた文章から滲み出る知性との整合性が無い、わざとらしい紛い物の堕落。後書で筒井が言うように、「常識と非常識の境を熟知するがゆえの演じられた破天荒さ」に過ぎないならば、根っから魯鈍な人間を演じきるべきだった。こんな男に、わりと聡明で実際的な妻がいる設定もナシだろう。
読書家さんたちの感想にもあるように、おっと・・・落語の世界かい?と思いながら読み始めました。読んでいる私を置いてどんどん話は進んでしまう。置いていかれないように・・・必死になってついていく。物語がドンドンぶっ飛ぶので途中で引き返して再確認したり。でも、この作品はそんな事しないでどんどん読み進めたほうが面白いというか、物語に参加できるのかもしれない。何かを求めて読むと苦い味しか残らないかもしれない。茶柱を立てたい・・・そういう思い・・・最近の世の中忘れていませんか?
所々句読点の位置の関係で読みにくいところがありましたが、基本的には饒舌な語り口で面白かったです。近代の私小説の系譜を上手く引き継いでいる二編だと感じました。「堕落していく男」というモチーフも如何にもそれらしいですね。主人公は二編ともどうしようもないダメ男なのですが、そのダメさ加減が行くとこまで行き着いて逆に愛嬌すら感じました。
夫婦茶碗の
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感想・レビュー:105件














ナイス!































